死後の世界

 33      礼節に生きた人
 
10月も終わりに近い雨の夕方、私は夜の会合に備えてその前にその会場となっている施設にある温泉に入ることにした。まだ会合までに充分時間があるので露天風呂に入り手足を伸ばしてリラックスする事が出来た。雨が頭上から降ってくるが頭が適度に冷やされてむしろ心地良い。そうしていると不意にこの間他界した伯父の気配を感じたのである。彼の顔、声、しぐさ、そして言葉で言い表わすには苦労するが体臭のようなもの(厳密にいえば違うが他に適度な言葉が見当たらない)が私の感覚域に入ってきた。双方の霊体やオーラが触れ合う、感じ合うと言えば良いかもしれない。
 
彼のメッセージは主に私に向けてのものであったがその一部を記してみたい。
「お前はこちらの人たちから護られている。特にお前のお父さんが気にかけてくれている。お前はその今いる世界よりむしろこちらの世界(霊界)で存在価値が認められているようだ。それはそちらの世界の人たちには分からないし、知られていないことだが今はそれで良い。お前のような人間にはそれなりの使命があるようだが普段は泰然自若としておれば良い。無欲で、でしゃばらず、自然に生きていればいい。お前は本当に恵まれているのだ」。
 
そしてそれから一月ほど経ったつい数日前私は仕事で疲れた神経を休めようと自室で数年ぶりかでヘミシンクを聞いてみた。近年私は視力が弱り、歯科医の細かい仕事は一段とストレスを感じるようになってきている。ヘミシンクは音響効果によって意識を日常のレベルから変性意識(彼らはそう呼んでいる)に誘導する、要するに深い瞑想状態を作るものである。その効果に対しては少々疑問があるが、その時は波の音を聞きたかったのである。あの波の音はリラクゼーションにはとても良い。するとザー、ザー、という波の音とともに不意に伯父の姿が現われたのである。波の音はヘミシンクでは瞑想状態を作る前段階であり始まったばかりのところである。
 
最初は彼はチェックのシャツを着て現われいつもの悠揚迫らぬ雰囲気でこちらを見て微笑み「おう、元気にやっているか!」と言う。そこで私は「うん、元気にやっているで。おっさんも元気そうやな!」と答えると彼は今度は着物に着替えて下は袴を履き完全に武士のいでたちで現われた。彼は一人で道場(剣道場)の中に立ち腰に日本刀を差している。そして居合の練習を始めたのである。彼は生前剣道と共に居合道にも勤しんでいて錬士の腕前であった。礼から始まる一連のしぐさの後、日本刀が静かに抜き放たれて鋭く空気を切り裂き、また静かに鞘に収まる。彼は何度もそれを繰り返したが私のほうからは彼の周囲360度の視界で見ているように感じた。前から、横から、後ろからの姿が見えた。剣道も居合道も礼節に始まり礼節に終わる。“礼節”彼は生前礼節に生きたのではなかっただろうか。そして今も彼は束縛のないあちらの世界でその道を追及しているのだろう。
 
更新日時:
2010/11/30
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Last updated: 2012/3/26