遍路の話

4    歩き遍路体験記 その3
翌朝、朝風呂の好きな私はもう一度露天風呂へ、空を見ると今にも雨が降り出しそうでこれは今日もまた雨中の遍路行かと覚悟を決めます。9番の法輪寺までタクシーで(歩いていては間に合わない)行き、そこのお参りを済ませるとポツリポツリと雨が降り出しました。次の札所は切幡寺で約4kmあります。また傘を差しウインドブレーカーを来て田んぼの中の遍路道を歩いて行きます。進むほどに雨脚は強まってきます。やがて切幡寺にたどり着きました。ここには次のような伝説があります。「この地を訪れた弘法大師は機織の娘と出会う。大師は着物がほころびて困っていたのでつくろいの布を求めた所、娘は織りかけの布を惜しげもなく切り差し出した。感動した大師はお礼として千手観音像を刻む、さらに得度させると娘は一瞬のうちに千手観音に姿を変えた」そこから切幡寺という名がついたのだそうです。雨の中を333段の石段を登り本堂へ行きお参りを済ませます。
 
“雨の切幡”この寺は何故か印象に残っています。次の札所までは約10km、藤井寺に向けてひたすら歩きます。この頃になるとお参りの作法、手順にも慣れて自然に出来るようになります。心経もスムースに唱えられるようになってきました。農道が遍路道になっているのですが無数のカエルが車に轢かれてぺしゃんこになっています。
それを見ると可愛そうになりました。今までなら気持ち悪いなとしか感じなかったことでしょうが、こうして歩いていると物の見方が少しずつ変わってきます。自分の中で変化が起こり始めているのが分かります。県道12号線まで来ると道路沿いに八幡という名の旅館がありうどん店もやっているのでそこで昼食を食べることにしました。
 
私と同じルートを歩き先になったり後になったりしていた若い女性も店に入ってきました。彼女は途中で車に乗ることを誘われていましたが断わっていました。その車は私には目もくれず追い越すと彼女の横に来て泊まり声を掛けていました。こういうのは四国で時々見かける風景です。中年男性が車に乗りませんかと誘われることは極めて稀であり私は今治の山寺を目指して必死で歩いていた時に消防車に声をかけられた事があります。今思えば乗せてもらったらよかったのに丁重にお断りをしてしまいました。その時は歩き通したかったからです。でも消防車に乗れることなど生涯にあるものではありません。乗車を誘われたのは後にも先にも一回きりでしたが消防車が横に来て止まるのでビックリしました。ともあれ若い女性の歩き遍路を狙う善からぬ心掛けの者がいることは事実なので若い女性は気をつけなければなりません。
 
何が何でも歩き通したいと考えるならば乗車は断わるべきでしょうが、好意から誘ってくれる人も多く、そういう時は素直に受けるのもいいのではないかと思います。
私はその店でうどんを食べ、お茶を飲みましたが本当に美味しいなと感じました。そして暖かい店の中の空気に癒されたのです。若い男性の店員とも色々話をしましたが普通、初老の男と若い男性というのは会話がはずむものではありません。そういうことになるのも私が歩き遍路をしている故であります。
 
再び濡れたウインドブレーカーを身にまとい傘をさし、ザックを背負って私は歩き始めました。目指すは藤井寺、これから吉野川を渡ります。橋が2つあり最初の橋を渡ると広大な河川敷に出ます。ここはだだっ広く野菜畑が広がっているところです。
雨は一層強まり雨のザー、ザーという音と杖に付いた鈴のチリン、チリリンという音だけが聞こえてきます。鈴の音の何と心地よいことか、同じリズムでその音を聞き続けると何時しか心は瞑想状態になります。チリン、チリリン、鈴の音に合わせて自分の煩悩が浄化されていくような、そんな感じになります。今まで自分は実につまらぬことに悩んでいたのだな、あの時もっと人に優しくすればよかったのに、何であんな事に腹を立てていたのだろうか。こうして雨の中を無心に歩き続けていると今までの自分は本当に恵まれていたんだ、これ以上何を望むのかと考えるようになります。
 
歩き遍路の姿も無く雨なので農作業をする人も見えず、たまに農業用の軽トラックとすれ違うだけ、話し相手は自分だけというそのときの状況は素晴らしいものでした。日常生活でそういう環境はまず作れません。これが歩き遍路のいいところなのです。私はこの歩き遍路が終わってからも数ヶ月くらいはこの時の鈴の音とこの雨の野菜畑の光景を忘れる事が出来なかったのです。異次元にいたかのような河川敷の野菜畑も何時しか終わり目の前に橋が見えてきました。その橋は川島の潜水橋と呼ばれ欄干がありません。
川の水量が増えると水中に没してしまうので潜水橋と呼ばれています。橋の幅は狭く車が来ると傘を差していることもあり身をかわすのが大変です。私は橋の端っこのブロックの上に上がって車を避けましたがバランスを崩すと吉野川に飛び込む以外にはありません。車に轢かれるよりはましか?はらはらしながら橋を渡り川島というところに出ました。橋の近くに無人の遍路の休憩所があり私はそこで雨を避けしばしの休憩をしました。すでにズボンは膝から下はびしょびしょ、ザックも完全に濡れて色が変わっています。靴は月星のウォーキングシューズを新調してきましたが防水ではないので足は完全に濡れています。ザックは来る前にスーパーで20L入りの安物(2980円也、島にはアウトドアの店がありません)を買ってきましたが何やら濡れて変形しているような感じがしました。ここで私はバイクに使っていたレインウエアーに着替えました。昔よくツーリングに使ったものです。
 
一向に止む気配の無い雨の中を再び藤井寺に向けて歩きはじめました。道は住宅街を通っていますが雨なので外にでている人はいません。ああ家の中に入りたいな、中は暖かいだろうなと思いながら歩き続けましたが濡れているので次第に体が冷えてきてがたがた震えがきました。よく見るとバイクのレインウエアーは古くなっていて水が滲んで入ってきているのです。ああやっぱり古いものは駄目だ、きちんとした物を揃えてくるべきだったなと後悔しても始まりません。歩いても歩いても寺まで随分あるなー、思えばこの雨の中を10数キロ歩いて来たんだね。こんな事普段じゃ考えられないなーと思いながら体を温められる場所も無くとにかく寺までたどり着くしかありません。ずっと我慢していたおしっこをする所もないので人の居ないのを見計らって畑の隅で用を足しました。ふるえながら。さっきまでの陶酔感はどこかに消し飛び何だか自分がみじめに思えてきます。
 
 
ようやく藤井寺にたどり着きました。お参りを済ませましたが今晩の宿泊は全く未定です。寺の宿坊は満室だそうで来た道を空しく引き返して鴨島の駅のほうまで行く以外ありません。もう時刻は5時近く次第に薄暗くなってきます。雨は依然として衰えることなく降り続き歩道の上の所々を水が川のように流れています。丁度横浜から来た夫婦も私と同じ状況にありとぼとぼと鴨島目指して道を下っていきます。彼らも無言、私も無言、ひたすら雨の中を疲れた体に鞭打って泊まれるところを探して歩き続けました。
 
やっとのことでビジネスホテルを見つけそこに入る事ができました。「歩き遍路の方ですね」とホテルの受付が私を見て言います。歩き遍路だと宿泊料が割引になるのです。
部屋に入り持ち物をチェックすると濡れていないものは殆どなく経本までもが濡れて般若心経の字がにじんでいました。濡れたものを全て部屋に広げてみると足の踏み場も無いほどになりました。今日の歩行距離は約17km、雨の中お疲れ様でした!
 
 
 
更新日時:
2008/02/14

PAST INDEX FUTURE

ホーム 真理を求めて インスピレーション 死後の世界 随筆集 意識の世界 プロフィール 遊びの話
フォトギャラリー 聖地を訪ねて 遍路の話 リンク集


Last updated: 2008/2/26