遍路の話

3    歩き遍路体験記 その2
降りしきる雨のなかをしばらく歩くと極楽寺が見えてきました。雨は小降りになってきました。山門をくぐるとお堂があったので決められた作法の通りにお参りを済ませました。朝早く家を出たので10時ごろになるともう空腹感を覚えます。そこで売店により何か食べるものはないか物色してみました。暖かいうどんが食べたいなと思いましたが腹の足しになるものはパック入りの寿司しかなくそれを買って食べているとそこのおばさんが来て色々話しをしました。「お参りご苦労様、どちらから?」と言うので「小豆島から来ました」というと「私も以前行きましたよ。お一人で回っておられるの?」と聞くので「ええ、妻は以前にご詠歌の仲間と四国は済ませているんです。私は行った事がなかったので今回一人で回ることにしたんですよ」。 「あらそうですか、私もご詠歌をやっているんですよ。歩くのは大変ですけどこのあたりは札所の距離が短いからまだ楽ですが後に行くほど遠くなって大変ですよ。お気をつけて」。
 
私は自分の杖にまだ名前を書いていなかったのでそこでマジックを借りて名前や住所を書き込みました。この寺の本尊は阿弥陀如来で仏足石があり樹齢1200年の長命杉があります。空腹感も癒えて雨も一層小降りになりいよいよ歩き遍路もエンジンがかかってきたように感じました。次の金泉寺までは約2.7km、歩くほどに雨も上がってきて気分がよくなります。田んぼのあぜ道のような遍路道を歩いていきます。遍路道保存協力会の努力のおかげで遍路道が保存され、親切な標識が道の分岐点には必ず置かれています。歩いているとありがたいなと心から感じます。そこで私は何かやりのこした事があるように感じました。振り返ってみると大師堂だけ参って肝心の本堂にお参りするのを忘れていたのです。しまった!
まあいいか、お参り初心者だからね、仏様も怒ったりしないだろう。と一人で解釈して3番の金泉寺に入りました。雨も上がりそこには中年の歩き遍路ベテラン風の夫婦(私よりはかなんり若い)がベンチのところで合羽を脱ぎ一休みしています。お互いに会釈をして会話が始まります。
 
私:「歩きですか?」
彼:「ええ、お宅も歩いていらっしゃるんですんね。格好を見たらすぐ分かりますよ」
私:心の中で「そうか、自分は歩き遍路に見えるのか.。」
彼:「我々は東京から来たのですが私は前に一度通しで回りました。今回は妻と一緒に逆周りをしているんです」
私:「ほう、そうですか。私は小豆島から来ましたが四国は近いのに今回初めてなんですよ」。
彼:「そうですか。屋島寺に行った時、小豆島がきれいに見えましたよ。今度行ってみたいですね。島88箇所があるそうですね」。
私:「そのうちに是非来てください。景色は素晴らしいですよ。ところでこの先12番の焼山寺は遍路ころがしで有名ですね。あそこに行くのは大変ですか?」
彼:「ああ、あそこは途中に庵があって水など補給できるし、ゆっくり行けばどうってことないですよ。唯、あそこに行ったら泊まりは近くに宿があるのでそこで必ず泊まったほうがいいです。次の大日寺までその日のうちに下るのは無理ですから。宿の電話番号を教えてあげましょう。それから良かったらこのパンを食べませんか?」と言って豆パンをくれました。
向こうから大き目のザックを背負った30前半と見受けられる若者が近づいてきました。
彼は話の輪に入りましたが北海道から来ていて、すでに一度四国を回っていて今回は逆周り、もうすぐ結願なのだそうです。
 
四国を歩いているとこういう風に誰とでも気軽に打ち解けて話をする事ができます。道中で先になったり後になったり、道連れが出来ますが付かず離れずで皆自由を満喫しています。彼らと別れて私は4番の大日寺に向かいました。歩いて5kmちょっとですが登りが多く高速道路の下をくぐって寺に着くころにはザックが肩に食い込んできて次第に苦しくなってきました。喘ぎながら坂道を登っていくとお寺が見えてきました。
大型バスが何台か来ていて遍路の団体が大勢見えます。参道に目立たない橋が架かっていて私がそこを通過中に添乗員が団体の遍路に大声で説明しています。「えー、皆様、橋の上を歩く時は杖をつかないようにお願いします。四国ではお大師さんが橋の下で寝ているかもしれないので橋の上で杖をつくことは失礼になりますので」。大勢の遍路が私のほうを見ています。その時私はコツンコツンと橋の上を杖をついて歩いていたのです。ありゃ、ここは橋だったのか!お大師様ごめんなさい。
 
大日寺の参拝を終え、来た道を引き返します。今度は下りなので楽です。喘ぎながら登ってくる歩き遍路を涼しそうに眺めながら暫く歩くと5番の地蔵寺が見えてきました。ここは奥の院「羅漢堂」があり、あらゆる表情をした五百羅漢像が置かれています。そこの案内の窓口にいるおばあちゃんが私に言います。「にいちゃん若いのに感心やなー、四国を回ってるの?」本当は若くはないんだけどおばあちゃんから見ると“にいちゃん”なんだろうね。ま、悪くないか。五百羅漢を見てお参りをするうちに時間はどんどん経っていきます。納経所に行くと列が出来ていてバスの添乗員が団体の大量の納経帖をカウンターの上に積み重ねています。うわー、これは大変だ、これを全部書き終わって自分の番がくるのにどれくらいの時間がかかるんだろう?ドッと疲労を感じました。納経を終わって時計をみるともう3時を大きくまわっていました。
 
当日の宿は御所温泉観光ホテルを予約していましたが計画ではそれまでに6,7,8と3つの寺を回らなくてはいけません。8番まで10km、そして宿まではそれに加えること5kmはありそうです。納経所は5時に閉まるし..。慣れない事で体はそうとう疲れているし、こりゃ駄目だな、最初の計画が甘かった。そう思うと私は気分転換が早いのです。仏教の教えでは物事にこだわるなと言っているじゃないか、無理に歩く事にこだわる必要はないんだ。すぐに携帯電話を取り出しタクシー会社に電話をしました。6,7,8番とタクシーであっという間に回ってしまいました。今回の計画は甘かったな、最初はこんなものだ、体験版なんだからと自分に言い聞かせました。タクシーでの宿への道のりを見るにつけ、もしこれを全部歩くとしたら宿に着くのは一体何時になっていたことか。やれやれ、しかし車は便利やな、ありがたい。
 
タクシーの運転手の言葉
「あんた今日のうちにあそこからこの距離を歩いてここまで来るいうのはとうてい無理やで。明日はどこへ行くん?電話してくれたら迎えにくるで。焼山寺?明日のうちに焼山寺まで行く気かいな?歩いてあそこまで行くいうのは絶対無理や。山道入ってからでも12kmあるんやで。明日あそこへ行くなら18000円くらいで行ってあげるわ、また電話して」道中こういう会話をしながら宿に着きました。
 
その宿には私の大好きな露天風呂がありその湯船に浸かって思い切り体を伸ばし、疲労した足の裏や肩を揉みほぐしました。足の裏はもうひりひりしています。夕食にはビールを飲んで少し酔って早めに布団に入りました。隣の部屋の客が大声で話すのでガンガン響いてきます。耳障りなので部屋のテレビをつけボリュームを思い切り上げました。すると急に隣が静かになったので(自分たちの声が隣に響くのがわかったのでしょう)私はテレビを消しました。疲れがすぐに深い眠りに導いてくれました。
 
 
 
 
更新日時:
2008/02/14

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Last updated: 2008/2/26