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太鼓台奉納
太鼓台奉納
神社の境内で太鼓台を担いで奉納する。抜けるような晴天のもと若者達(若くない者も多い)は気持ちを1つにして。酒が入り気持ちが高揚しているので時々感情が抑えられなくなる者も出てくる。サッカーのフーリガンに似た現象が現われることがある。祭りの場では大きな集合意識が発生しそれに飲み込まれ易い。ともあれ祭りは人々が喜びを発散させる場、地域というものを1つの意識体として見た場合、年周期での1つの大きなリズムになっているのだろう。
ダイナミックに
ダイナミックに
このように太鼓台を思い切り左右にひっくり返すのがここ亀山神宮秋の大祭での特徴。太鼓台の重さは大きいもので2トンくらいあり全員の呼吸が合わないと危険だ。乗り子は落ちないようにさらしの布で太鼓台に縛り付ける。私は今から48年ほど前に乗り子になったことがあるが当時は貧しい時代、他に遊ぶものも少なく感動的な体験だった。あれから約半世紀にもなる。
勢い余って!
勢い余って!
時々勢いよく倒しすぎてこのようになり太鼓台の布団が地面につく。以前に横棒の5色のたすき掛けの若者が前方に吹っ飛んで怪我をしたことがあった。おーい、少しは加減せーや、勢い良過ぎるやんか!
大名行列?
大名行列?
昔から続いている”練り”を演じる若者達。「おい、今時こんな格好するのはちょっと恥ずかしいな」。「今日だけじゃ、我慢しようぜ」。そんな声が聞こえてきそう。
お稚児さん
お稚児さん
めっきり数が減ってしまった。私の娘も20年くらい前にお稚児さんに出たことがあるがその当時はもっと多かった。少女達は何を思う?
石鎚山
石鎚山
一日半でどこに行けるか?思い立った所が石鎚山、5年ぶりに石鎚山に来てみた。山は中腹あたりから紅葉が始まっている。石鎚は信仰の山、日本の七霊山と言われ役行者が開いたという。確かに霊気を持った山だ。遍路姿の登山者もよく見かける。今回は時間がなかったので登山ルートの行程3分の1ほどを歩くだけに終わった。あと一月もすると山は冬を迎える。
石鎚神社遥拝殿
石鎚神社遥拝殿
 
山が御神体で素朴そのもので日本の神社の原点。如何なる経典、聖書の類も森羅万象の前ではその存在意義が薄れてしまう。森羅万象こそが宇宙生命の顕現だ。ここは清浄なエネルギーを感じられる。隣に神社の本殿があるがこの遥拝殿のほうがはるかに良い。
蔵王権現
蔵王権現
 
石鎚山の主神である蔵王権現、そして前には役行者、天狗、庚申、観音、弘法大師の面々が勢ぞろい、ユニークな場所である。ロープウエイ駅への道中にある。
前神寺
前神寺
 
石鎚山麓にある四国64番札所前神寺は石鎚修験道の本部、本尊は阿弥陀如来。寺というのは総じて空気が重く人の念を強く感じる所である。死者、生者の思念が漂っていて神霊の息吹というのは感じにくい。この寺の奥の院が石鎚山中腹にもある。
過ちを諫めるために
過ちを諫めるために
毎年平和祈念の式典が開かれこの石碑に向かって総理大臣が犠牲者追悼をする場所である。これほどの犠牲者が出た場所はさぞかし重苦しく胸が締め付けられるだろうと思っていたが意外にそういうものは感じなかった。沖縄戦跡で感じた何ともいえない重苦しさがここにはなく、すでにかなり浄化されているように感じた。ヒロシマは長崎と共にその後の核戦争の大きな抑止力として今まで働いてきたのではないかと思う。あの米ソの核競争の時代にこの教訓がなかったとしたら今頃人類は核戦争で滅亡していたかもしれない。こういうことを言えば不謹慎と取られかねないが犠牲者の方々は今は霊界で幸せに暮らしておられるはずである。絶対公正の宇宙の法則のもと理不尽な死に方をした人は必ず死後はその補償を受けることが出来るのである。そして彼らは世界平和のために尽力くださっていると信じている。
人類の足跡
人類の足跡
 
63年前の8月6日朝8時15分、この上空600mで人類史上初めての原子爆弾が炸裂した。建物は保存され当時の状態を維持している。ヒロシマのシンボルとなっているが外国人観光客が非常に多いのが目立つ。
記憶は永遠に
記憶は永遠に
 
人類の残した巨大な愚行の証明。永遠に宇宙の記憶に残り続けるだろう。
平和への祈りをこめて
平和への祈りをこめて
 
2歳の時に被爆し12歳で白血病で亡くなった少女の平和への祈りのモニュメント。全国から千羽鶴が送られている。
世界に届け!
世界に届け!
 
ここに佇んでみると唯々悲しい。あまりに悲しい。人類は破壊と殺戮の悲劇を体験しなければ学べないのか?何故こんなにも愚かなのか!涙が溢れてきた。
厳島神社社殿
厳島神社社殿
朝は干潮で干上がっていたが午後から潮が上がってきて写真でよくみる風景になる。後ろの山は弥山(みせん)、山頂近くまでロープウエイがあり秋は紅葉の名所でそこからは広島市や海軍兵学校のあった江田島が見渡せる。
鹿は神の使い
鹿は神の使い
宮島では一杯鹿を見かける。鹿は神の使いとかで昔から大事にされてきたらしい。全く人間に警戒心はなく子供達のアイドルになっているが人に寄ってくる鹿は食べ物目当て。
宮島の大鳥居
宮島の大鳥居
秋分の日に中学校の修学旅行以来45年ぶりに宮島を訪れた。島に渡るフェリーから眺めてもこの島の持つ独特のエネルギーを感じる。島というものはそれぞれに個性を持っていて地形がそれを表現しているものだ。この写真を写した後でアメリカ人の学生達が海に入って泳ぎ始めた。宮島は外国人が非常に多い。
厳島神社拝殿
厳島神社拝殿
拝殿の前にくると清浄な神霊の息吹を感じる。3人の女神が主祭神であるが海の浄化のパワーと裏山から降りてくる山の気がここで交わり素晴らしいエネルギーが生まれているようだ。伊勢や出雲大社と比べても遜色ない気を感じる。「人間はもっと洗心しないといけません」という声が響いてきた。
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Last updated: 2011/10/7