1      晩秋のツーリング その3  2010/11/21
 
翌朝、部屋の窓から明るくなってきた外を見ると、この宿のすぐ下は磯になっていてその向こうには夜が明けたばかりのちょっと重たそうな日本海が広がっている。そしてこの寒さの中で早朝から玄関前の広場でダイバーがダイビングの器材を準備している様子が見える。ここは夏場はダイバー専用の宿になっているようで、我々も宿の人から来年の夏は是非潜りに来て下さいと誘われた。実は我々はこの秋10年近くもブランクがあったダイビングを恐る恐る再開して見たところなのだが。今回は城崎温泉の宿を探したがどこも満館、しかも蟹のシーズンで料金も驚くほど高い。かろうじて温泉街から離れたこの宿が取れたのであった。来年の夏か、ここの海はきれいだし今まで日本海で潜った事がないのでそれも悪くないと思う。
 
ダイビングはさほど体力を使うスポーツではないが生命維持を担う器材を扱うため、チェック項目を一つずつ確実にチェックしていないと何か一つ忘れると海底でパニックになり、重大な結果を招きかねない。歳をとると物忘れも多くなるし、私くらいの年齢になると何事も無理は禁物である。水中で何かあった時のリカバリーは陸上の他のスポーツのようなわけにはいかないし、ダイビングは基本的に慎重な性格の人間のほうが向いているようだ。見たことのない水中の生物を観察し海という大自然と器材を通して触れ合う、スポーツというよりも人間が住めない水中という非日常的世界を探検する要素が強いものであろう。唯、私は海は好きだが初心者のブランクダイバーに過ぎず、一応ダイビングもやりますという程度である。
 
朝食の時部屋に猫が入ってきた。というより子供達が招き入れたようなものだが。我々が動物好きの客であることは猫にはよく分かっているのである。高知にダイビングに行った時も外で日向ぼっこをしていると野良猫が数匹集まってきた。猫たちにもそれぞれ個性がありこちらとの距離の置き方に彼らの心情が現われている。チェックアウトを済ませ例によってバイクの荷造りやアイドリングをしていると宿の人が近づいてきて次男のバイクを見入っている。「WRですか?良いですねー、私はカワサキのD-trackerなんですよ」とバイク談義に花が咲く。バイクにダイビング、同じ波長の者同士は引き合うというわけか。
 
彼らに見送られて我々3人は海辺の宿を出発、山陰海岸を西に向かう。この辺の海岸線も素晴らしい。また人や車が少なくバイクで走るには気分が良い。間もなく香住というところに来たがここは20数年前に当時幼かった次男がここの漁港でテトラポットの隙間に落ち込んだ所でもある。幸運にも(実際は幸運というものはなく必然)かすり傷ですんだが、あの日の出来事は子供達にとっても一生の思い出になっているのだろう。香住はカニ漁で知られた田舎町であり今はカニの出荷で忙しそうだ。我々はさらに西へ向かい浜坂、岩美を通過してよくガイドブックの表紙を飾る美しい海岸美で知られた浦富海岸に出る。この辺には浜坂温泉、湯村温泉、岩井温泉という山陰の素朴でこじんまりした温泉がある。吉永小百合さん主演の「夢千代日記」という浜坂温泉を舞台にしたドラマがあったのを思い出す。
 
今回は次男のガイドのお陰で良いスポットに寄れたし道に迷う事もなかった。彼は慎重にコースを選び細やかな気配りで名ガイドぶりを発揮してくれた。浦富海岸でその次男と別れ長女と私は鳥取市内を迂回して53号線に入り津山経由で岡山に向かう事にした。鳥取砂丘に寄っていると夕方の岡山発のフェリーに乗れるかどうかわからないので砂丘はパスしてひたすら岡山目指して走り続ける。目的は帰るだけという行程はことさら単調なものに思えてくる。事実このルートは変化に乏しく眠気を誘う。暖かく快適な車の旅の場合、ドライバー以外全員が寝ているという状態になることは珍しくないが寒風にさらされるバイクの旅でも単調な道はやはり眠くなるものである。
 
小豆島に住んでいるとどこか島外に出た場合、帰りは必ずフェリーの時間を気にしなければならない。下手をして最終便に乗り遅れればその日は家に帰れなくなるからである。島に住んでいる以上この条件から逃れる事はできない。何度か襲い来る眠気と戦いながらようやく岡山市内までくると市内の道路は車でびっしり埋め尽くされている。休日を郊外で過ごしたファミリーの車の帰宅ラッシュに巻き込まれてしまったのである。排ガスの臭いが充満していてそこにいるだけで息苦しくなってくる。ほぼ一日中走りっ放しで疲れの溜まっている身にはこういうのは一層こたえる。そしてこのまま車の後ろに付いていては予定したフェリーに乗る事は不可能である。
 
こうなったら奥の手を使うしかない。我々は信号で止まっている何十台という車の列の横をスルスルとすり抜けて前に出る。信号で止まる度に、あるいは車の列がのろのろと動いている時にそれを繰り返す。車がスピードを上げてきたらこういう事は危険である。またこういう場面ではオフロードバイクは軽くて車体が細いので僅かなスペースでもすり抜けられるし、背が高くて前方がよく見渡せるので有利だ。伏せたポジションのロードスポーツバイクはそういう時、視界が悪くなるし前傾姿勢が苦しい。あの手のバイクは走っている時はいいが、信号待ちでゴーストップを繰り返すような市街地ではエンジンの機嫌も悪くストレスを感じるだけである。混雑した市内で時々道を間違えながらも我々は予定の便の出航2分前に港に着いた。やれやれ、今までに何回こういう気分を味わっただろうか。船の中では旅の疲れと安堵、単調な船のエンジン音と振動が速やかに私を眠りに導いた。
 
今回はツーリングの中日は雨の予報が出ていたが3日間とも快晴に恵まれたし、それまでの寒さは峠を越し日中はポカポカ陽気になった。寒がりの長女は寒さを予測して防寒具をバッグに入れたり出したりしていたようだ。高知にダイビングに行った時も丁度沖から黒潮が入ってきて透明度が上がったり前日まで肌寒かったのが暖かくなったり、2度目に行った時ダイブショップの人から「あなた方が来るからきっと今回もいいコンディションに恵まれると思っていました」。と言われた。遊びに行くのも自然の恵みを受けに行くようなもの、日頃から自然のリズムと調和した生活をすることが大切だろう。島の生活は多少の不便はあるものの自然との調和という意味ではとても恵まれていると思う。自然は神の現れであり人類はそこに調和していくしかないのだから。絶好のコンディションを恵んでくれた自然に感謝してファミリーツーリングの手記を終えたい。
 
 
浦島太郎と乙姫様の出会い(浦島神社で)
 

更新日時:
2010/12/17
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Last updated: 2010/12/17