四万十川物語 (第5話)


文明との共生 橋本大二郎


<四万十川の屋形船>


<HP「知事のページ」>

 初めて四万十川という川を見たのは、今から十数年前、まだNHKの記者をしている時のことです。宿毛市という、高知県で一番西にある市で講演をした時のことでありました。この時、四万十川の河口にあたる中村市にも立ち寄って、橋の上から四万十川の姿を見せてもらいましたし、また、屋形船にも乗って、のんびりと鮎や川えびなどの入った昼食もご馳走になったことでした。その時の第一印象は、「うーん、とてもきれいな川だ・・、だけど、あちこちコンクリートの地肌も見えて、随分人の手も入ってるな・・」そんなことを思いました。

 それから間もなく、縁があって高知県の知事になりましたので、この四万十川との関わり、縁というのも一層深くなりました。そして、しばしばこの周辺に来てみますと、道の幅を広げるために、河川敷にコンクリートの壁を立てていく・・、それによって、せっかくあった木漏れ日のきれいな栴檀の並木道が切られていく・・、そんな様子を見て、いくら便利さを追求するにしても、せっかくの財産を切り売りしてしまうのは勿体ないな・・、いつも、そんなことを感じていました。

 と同時に、この四万十川というのは、山奥にある渓流とは違って、そこに住む川漁師さんがいたり、また地域で農業をしている人がいたりと・・、つまり、人の営みだとか、人の息づかいが聞こえる・・、これがこの川の特徴だな、ということも感じるようになりました。つまり、自然と共生をしていく、また文明と共生をしていく、これがこの四万十川の特徴なのではないかということを強く感じるようになって・・、だからこそ、この四万十川という川を21世紀と言わず、もう22世紀まで続いていくような、そういう川として守り育てていかなければならないな・・と思うようになりました。
(2001.8.1 第2回高校生自然環境サミット基調講演「川から学ぶこと」より)
   
           話・輪・和<リレーエッセー>        
 次回は、西内燦夫氏です。ご存知「四万十川新聞」の編集長です。ペンネームはもちろん「四万十太郎」で、美人の奥さんは「花子」さんです。生まれは須崎の新庄川筋ですが、若かりし頃、その「花子」さんに誘われて、四万十川を訪れて以来、何故かそのまま四万十川に住み着くことになりました。もっぱら「カヌー」で遊びながら、子供の健全育成のためにサッカー等のスポーツ指導に明け暮れています。また、流域の民間団体の連携を発案し「行政への挑戦」も実行しています。著書に「四万十川より愛をこめて」「佐世保でお酒を」などがあります。