戻る

和漢三才図会

「和漢三才図会」
秋田県能代出身の医学者寺島良安が、正徳2年(1712年)に中国・明の王圻の書『三才図会』を参考に、天文部から醸造部まで105部に分けた挿し絵入り辞典で、30年の歳月をかけて出版した江戸時時代中期の百科事典

そうめんづくり江戸中期
「日本山海名物図鑑」より



昔は今のように短い素麺(殆どが19cmに切断している。)ではなく長素麺であった。
図のように長〜く引っ張って食べたかもしれない。今ならきっと「ハシゴ持ってこい!」とか「二階から食べなあかんな。」とか言っていたでしょう。
それよりも昔は生麺ではなく乾麺でしたから、折れずに長いままで湯がくことの方が難しかったことでしょう。とはいえ、この図が大げさに書き表していたと思われ、実際は茹でるときに適当な長さに手で折って湯がいたのではないでしょうか。
でもね、この絵を見ていると「いっぺんこんな風にして食べてみようかなあ。」なんて思ってしまうよねえ。
私素麺造っているからやろうと思えばできるんだけれど…。