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素麺記 2006年3月
3月31日
午前中に「太口素麺」を仕上げて急いで明日の用意をして、万端ぬかりなくつぶしよし!機械の交換よし!掃除よし!あれもこれもよし!

「貝掘りに行ってくるわ!」

午後6時半頃が干床。
なので3時過ぎに出発。
おお、もうかなり潮が引いている。
「貝が俺を呼んでるぜ!」(呼んでへんちゅうねん!)
ポイントは極秘事項。

いつものポイントはまだそんなに潮が引いていないので入れない。少し手前のところで1時間程時間つぶしをしてからポイントに行ってみるとまだ全然引いていない。貝が掘れるところまで引いていないのです。

「な〜ぜ〜?」

それはね、西風が強く、湾内に潮が吹き寄せられて潮位が下がらんのです。その上風で波があって砕けた波が上がってくる。
戦意喪失…。
5時半に(まだ干潮まで1時間もあるというのに)諦めて引き上げました。
今ものすごうブルーな気分や。1年ぶりに行ったというのに…。

この時期南風が吹くんじゃ!西は吹かん!
4月にも5月にも潮はよく引くけれど行けるかどうか分からん…。(仕事が忙しい時期なので休めん。)


「ツバメが小豆島にやってきた。」

今日昼に素麺乾し場の空をツバメが飛んだ。
今年始めてツバメがやってきた。
南風に乗って飛んできた。(のに西が吹いて、ぶつぶつぶつ………。)
まだまだ寒い日があるで。餌の虫もそんなにおらんで。もっとゆっくり来たらエエのに。
いつもそう思う。
太古より続いてきたこと。渡りの習性はツバメにとって大事なことなんですね。早く卵を産み、育てて秋に南に帰らなくてはいけないんです。
秋に高知県の南の方に行ったことがあるんですが、日本中から南に帰るのに集結してくるんです。そしてそこで一休みして南に向かって飛んでいくんです。
そういうのを見るとなんか感動します。
3月30日
今年は早ぽつぽつとだけれど素麺の注文が来るようになった。
「うまいよ。きっとこれまで食べたことのない食感がするから。」そんな思いで出荷している。
昨年から同じ人から2度3度と注文が来るのが少し増えたし、送った先から注文が来るのも増えた。
今年は去年よりもっとうまい素麺を造ったよ。(それまでに失敗もあったけれど…。)


昨日は玄関先に置いているワゴンの「うどんの切り落とし(うどんのバチ400g入り200円)」を5袋買ってくれた夫婦が、「高松から買いに来たんです。小豆島の人にもらって食べたらとても美味しかったんです。」と言ってくれました。
わざわざ高松から小豆島に、フェリーに乗っても往復の船賃は2000円以上するし高速艇に乗れば4000円以上する。それを、買い物は1000円のうどんのバチですぞ。
讃岐うどんの高松から船賃使って、よっぽど美味しかったんだ。きっともらった人との交際もすてきなんだなと感じました。
私にとって売り上げは少しなんですがとっても心が温かくなって幸せな気持ちになるワゴン販売です。

あ!、うどんのバチの販売はワゴン販売しか出していません。うどんを造ったときの切り落としですからそんなに多くいつもあるわけでもないので商品としては出せないのです。
このうどんのバチはうどんの端っこですから平たくなっています。丸いところと平たくなったところの食感の違いが微妙に美味しいそうです。(愛好者(?)の弁)
ご入り用の方はメール、電話、Faxにて承ります。(あるだけですが、品切れの節はご容赦の程。)


400g入り200円

3月29日
昼前にうどんを切って”つぶし”を外に干そうとすると細かい雨が降っている。
もし今日に素麺をしていたらとんでもないことになったなあ。まあ私は日頃の行いがいいからなあと思うことにした。
でもなあ、そんなことより今日のうどんの出来が気にかかる。
切った加減ではOKなんだが茹でてみんことにはどうなのか心配である。

なんだかんだとここ3日程日に2食はうどんを食べている。先日にはこれはどうや、こっちはどうや、切り落としはどうやと4回程食べましたわ。(素麺も1回…。)
こんな時、ふっと想像するんです。”胃の中ではどういう風景なんや”と…。
そらあもううどんが…………。


今日は「囲碁」のゲームをしたぞ。
2級なんぞと偉そうにコンピューターが…。
負けれへんぞ。将棋はプロ並みのがいるらしいが、囲碁は深奥幽玄の世界やぞ。
「お先にどうぞ」と黒を持たされる。けったくその悪い。
「お!筋がエエやん!」「やっぱ強いんや。」と少々びびり気味…。
こちらの「?」の着手にコンピューターも「?」で帰り闇試合。

黒番114目勝ち!

どうや!次は井目置いてこんかい!
(最初の30手程はどきっとする程ですが、石が接近してくると着手が訳が分からなくなる。)
まあね、深奥幽玄の世界はコンピューターには味わえんということですわ。
気分がいい!
3月28日
3日程前に「数独」という世界で話題になっているとか言うゲーム(なのかな?)に偶然行き当たって、今毎日やっています。これが結構頭を使う。推理し解析して分類し、やっとの事で「らくらく」コースが12分くらいかかる。(これでも私にとっては早いほう。)普通といわれるコースはちんぷんかんぷんなので難しいコースは見もしていない。何らかの方程式があると思われるが発見には未だ至らず。
最初の入門コースは適当に面白く楽しめますので離れられません。

http://www.puzzle.jp/ja/
ここで遊べますので興味のある人は一度見てみればどうですか。
なかなかルールが分からないゲームや興味をそそるのがあります。「カックロ」というゲームもルールが理解出来てやってみました。ここのゲームは頭使わんとやれません。
私は易しい問題でも12分はかかるのに、むちゃくちゃ難しいのを8分程で解く天才がいる。頭んなかがコンピューター並みにうごいとんのやろうね。
分からん世界です。
それでもオジサンの世界で楽しめますから(面白いけど悔しい)いいゲームです。


朝の内は暖かかったけれど雷が鳴ってきてぐんぐん冷えてきました。
昼前に少しぴかっと光ったんです。
「ん?いなびかり?」
「へ?そうお?」
ちょっと間があって(5〜10秒。結構長かった。遠いところのはずやのに…。)
グァラグァラグァラドゥアン!!
真上で思いっきり大きな音がしてびっくりしました。その後は全部遠雷で近くには鳴ってこなかった。
これは雷様のいたずらでした。
それでも雨は降らず、その後は晴れ間もでてうどんを外でさらっとするまでおく(専門用語で「ヒメをつける」と職人はいう。)ことができました。
乾燥室に入れてから雨が降りましたがすぐに上がって風になり、空気は乾燥していたようでゆっくりとうどんは乾燥していました。
今日はきれいに仕上げるぞ。

今日はうどんのすごいのを食べたのですが、これを書くとかみさんに怒られますので書けません。
ヒントも書けません。
3月27日
あったかだったねえ。
高松では桜が開花したそうです。
仕事をしていて熱くて、”パッチ”を脱ぎました。

「どてっ!…」(そう来るか。パッチを脱いで春を知る。)

春と言えば瀬戸内海では、
「春の海 ひねもす のたりのたりかな」がぴったりで(ひねもす=終日)のんびりぼうっとしています。

春靄、春霞、時には黄砂がかかって瀬戸は幽玄。


うどんは一部乾燥しすぎて失敗しました。
本当に難しい。もちろん商品にはなりません。「夢2000」も影響しているかも知れません。
明日は「手打ち御膳」(ASW100%の最高級小麦粉)のみで造ります。これは今まで造ってきたものなので商品としては皆さんからお褒めの言葉を戴いていますので自信を持って造れます。

生麺ではとても美味しかったし麺割れも起きなかったのに、同じように製造して、なぜ?という思いがあるが良いものを造るのには失敗があるからこそという思いで、決して諦めたりはしません。
また考えて挑戦しますよ。(チクゴイズミのこともあるしね。)
3月26日
今日はうどんを造っていましたので昼の2時前には延ばしてすんでいました。外で表面がさらっとする程度で乾燥室に入れて夕方までゆっくりと乾かします。(といっても全然乾いておりません。乾燥してくると駒を下げていくのですが全く下げずにゆっくりと内部からしみ出してくるだけ乾燥させます。)
もちろんこれは麺割れを起こさないようにするためなのですが、少しでも早く仕事をしようと急ぐと取り返しがつかないことになります。
一晩ゆっくりおいて乾燥させ、明日仕上げます。

「さぬきの夢2000」を1袋入れて(内麦に懲りもせず)生うどんで晩に食べました。
釜揚げで食べたので水でぬめりを取るために洗っていないので、例の麺肌がこよりがはがれるようにほぐれるかどうか確認をしていない。
ソフトでありながら弾力もあり、もちもち感はあってうまい。昼に素麺も食べていたのですが、”2年前にはこんな素麺やうどんが作れるようになるとは考えられなかったなあ。”と思いながら食べました。

組合にいるときには組合が入れる小麦粉しか使えなかったので本当の麺の食感を出すための研究ができなかったからね。

2時以降は暇だったので、テレビで春校バレーの決勝戦を見ていました。時々ハタの具合を見て、内部までゆっくり乾燥してきたなと思われる頃合いに上下から箸を入れてひっつきを離す。夕方に下管を落としてもう一度箸を入れて終わり。

昼に春校バレーを見ていたでしょ。晩に小豆島のVリーグの試合があるんです。そのギャップは相当なものがあるんです。高校生は”勝つために”一生懸命に練習しているわけですが、晩の試合に出かけると、「練習せなあかん。」というんです。みんなやっていることがバラバラやと。そんなことはとうに分かっていて取り敢えず言い訳に言っているに過ぎないのです。悔しかったら一生懸命練習して練習試合もこなしてやってみい。
ちなみに以前阪神が優勝(星野監督時代に)するときに「勝ちたいんや」をスローガンに戦っておりましたが、実は「勝ちたいんや」では勝てへんのやということを以前書いたように思います。「勝つんや!」と念頭に置いて始めて勝つためにやるべき事が皆に見えてくるのです。

私も「うまい素麺・うどんを造りたいなあ」ではなく「うまい素麺・うどんをなんとしても造るんや!」という気持ちでやらないとそのひらめきなども出てこないでしょう。

明日もう一度うどんを茹でて水で締めてみよう。うどんだけは造るたびにはらはらするわ。
3月25日
先日麩(グルテン)を出す工夫を隠させていただきますなどと書きましたが、とんでもないことでした。
隠すのにサイトを造るなどおかしな話で詭弁もいいところでした。
「小豆島手延べ素麺のお話」はすべての人のために造ったもの。ですから一つ一つの工夫は善し悪しにかかわらずお知らせするという姿勢でいなくてはいけない。
反省しました。

麩(グルテン)を出す工夫
というのはそんなに小難しいことではないのです。みんな経験から知っていることであり、グルテンの性質などの知識があれば思い至ることなのです。

まず、手延べというのはグルテンを均一に非常に細かく張り巡らし(網目状構造)デンプン粒子を包み込み食感をコシのあるものにする製法なのです。
ですが、驚くことにその初期段階では手打ちよりもずっと雑なグルテン形成しかなされていなかったのです。「オデ工程」を経て出された麺生地は現在では機械で回され縦横10cm程度に削り取られていく。
この工程の段階がまさにそうなんですが、熟成もされずしっかり足で踏まれもせず桶に巻き取るのです。
これではまともな麺生地ができるはずもないわけです。

ですから私は手間も時間もかけてしっかりグルテンを造ることにしています。
まずオデ機から桶にとり(機械の上にとって回さない。)しっかり足踏みします。少しおいて再度足踏みします。そうすると内麦を使っていたとしてもこれまで以上にしっかりした麺生地ができます。そして熟成。

この緊張と緩和がグルテンの網目状構造を無理なく展開させる要因です。
これは製造の各段階ですべて当てはまります。が、製造の最初の段階でしっかりグルテンを造っておけば後々の仕事がはかどったのではないかと思います。そしてより麺肌のつるっとした麺に仕上がります。


最近の麺用中力粉といっても作業性を重視して強力粉を混ぜているようなことではうまい麺とならず、作業の中でしっかり手を抜かずさらに熟成をとれば 内麦のようなsh基の少ない(SS結合の数が外麦に比して少ないとおもわれる)小麦粉を使っても作業性もさほどに落ちず食感を最高のものとすることができる。

以上のように取り立てて特異なことをしているわけではなく、オデ機で小麦粉と塩水をまんべんなく混ぜ、均一な麺生地を造る。
それを桶にとってしっかりと踏み生地を一つの固まりとする。その段階で生地は緊張するが次第にしっかりとした弾力を持つ。
踏んだ生地を数分休ませるとたんわりとしてくる。(構造緩和)
再度踏んでよりグルテンを出す。
再度休ませる。
これだけのことです。少し手間暇かけてやればいい生地となります。それが製品になったときに品質に出てきます。
そして「いたぎ工程」にはいる。
3月24日
頑張って仕事をした後で夕方畑を牽きました。一筋だけ茄子を植えるのに母に前々から頼まれていたのですが、雨が続いて畑がジルイので延び延びになっていたのです。以前に牽いていたところとで2筋茄子を植えるようです。昨年細長〜い茄子を少し植えてそれが値段がまた良かったので今年は少し多く植えそうな気配ですね。苗を上げるのも植え付けも収穫も市場に持って行くのも母の仕事。
私は時々防除をするのが仕事。

先日の息子の卒業式の時の後日談

写真を少し撮りまして、いつも私が写真班なので私が写ることはまずないのですが、せっかくの記念日なので息子との写真を撮ってもらったり3人での写真を大学生にお願いして撮ってもらいました。
ほんとに珍しくネクタイなぞして(鏡で見るとどう見ても素麺屋には見えないぞ。どっかの会社勤めをしているようにしか見えんがな。)どう見ても私やない。(私やけど。)


息子とのツーショットはたぶんないと思いますのでいい記念になります。
天気が良ければもっときれいな写真を撮れたのにと少し残念です。
息子は卒業して、まだ大学院には入学していないというのに研究室でやることがぎっしりあって帰ってきません。冬休み、春休み、夏休みという時の方が研究室は忙しいようです。帰ってきたときも論文を持って帰ってきているので見ると「??????。なんの事やらさっぱり…です。」
聞くとリニアモーターの何タラかんたらゆうてましたわ。
ま、親としては頑張ってやって目が活き活きしていてくれれば安心ですがね。
私は私の仕事を頑張ろう。(おお!エエ話やがな。)
3月23日
ぐっすり寝て、午前中死んでおりました。
昼前に家内は目薬をもらうと医者に行き、「お父さん自分でうどんでも茹でて食べて。」と言って出かけました。
ならばと、先日造った「さぬきの夢2000」を入れて造った素麺とこびきうどんを茹でてみました。

まず素麺。
湯を沸かし、約2把分くらいを湯の中に放り込みかき混ぜる。
約2分強の茹で時間。
水切りかごに打ち上げ、箸でかき混ぜながら水道水をかけて締める。
充分冷えたところであらかじめ造っておいた出汁(もちろんいりこ出汁。ネギ、ショウガは多めです。)に付けて一口すする。
「!」
よかった!うまいわ。コシがビンとあって弾力があっていけるがな。これは本州産の小麦粉と何ら変われへんで。微妙なところでの違いはあるようやけど、うどんのような太ものならその違いは大きくなるが素麺のような細ものでは違いというようなものではない。(ならば少し安い本州産の方がお得かななどと思ってしまいました。)もちろん安定して入荷されるかどうかという問題では「さぬきの夢2000」はアテにならない。かといって年間契約して製造する程、私は素麺を造っていないし…。
(手作業だからたかが知れているんだ。)

同時進行でうどんを茹でていました。
茹で時間約25分。
なんと長い時間茹でるんやと思われた方がほとんどだと思います。
そうなんです。手延べの製法はグルテンを「網目状構造とかマトリックス」とか言われるようにしっかりと造りますのでなかなか茹でられません。(それとこびきうどんは素麺を造る途中のものですから少し太いのです。どのくらいかというと乾麺の手延べうどんの倍くらいですね)
同じように箸でかき混ぜ水道水で締めて(手でもみ洗いは手抜きしました)、状態を見る。
ダアッーとすすって食べる。
「!」
よかった!うまいわ。コシがビンとあって弾力があっていけるがな。そんだけやない。もちもち感もある。
5分経って10分経っても同じように変わらん。(高いだけのことはあるがな。)
茹で溶けは内麦だけあって少し多めのような気がする。

結果は使っても問題はないというか使える小麦粉だと言うことです。(値段は目をつぶって。もっとももっと値段の高い小麦粉を使ってうどんは造っています。)
この使えるかどうかというのは自信を持って売れるかどうかということなんです。つまらんもんはよう売らんし、私の生き様に反するのです。
いい小麦粉を使ってうまい素麺を造り、そこそこの値段で売る。(ども…。)主義に反する仕事は受けない。
そうやって私はずうぅーっと生きたい。
3月22日
息子の大学卒業式でした。
なんとか4年で卒業出来たようです。

あいにくの天気で曇りのち雨。朝早くに起きて家を7時に出発し、福田に車をおいて7時50分発の姫路行きのフェリーに乗り9時半着。バスが待っていてすぐに出発ですわ。20分で姫路駅についてこれまた切符を買ってホームに出ると電車が来て出発。
まあものの見事に連絡が行き届いていて(そんなわきゃあないが)、12時過ぎには滋賀県草津に着きました。

式には父兄も入れるというので家内と二人で出席しましたがこれまで息子にはまだ会っておりません。
卒業生は1、470余名と父兄も1,000名程が出席しておりました。
これだけの優秀な若者が小豆島にいたらなあとふと思っていました。小豆島には20歳前後の若い人を見かけることは夏と冬休みだけです。

総長の話は、さすがに立命だけあって左に偏っておりました。最後の講義として卒業生は聞いたことになります。
ああそうそう、式の最初に立命の交響楽団が今日本で一番知られている歌劇「イナバウアー」…、ちゃう!「ツーランドット」を演奏して、一気に会場は和みましたね。
式の最後にたった6人の応援団の演舞は寂しかったねえ。
卒業式のあと各学科に分かれ卒業証書やらいろんな手続きがあって、その後飲み会があるらしい。
その最初に学科の成績優秀者や優れた研究をした人に表彰状が渡されたが、我が息子の名前は呼ばれなかった。なんでも優秀なのとちょっと優秀なのとの境目でちょっと優秀なのに入って奨学金もちょっとしかくれない方になっている。
これはたぶん字が汚いせいやと思う。(親に似て…。なぜか悪いところは似んでもエエのに似るもんだ。)

私たちは帰りの船の時間があるので途中でその旨を息子に告げ後ろ髪を引かれる思いで帰ってきました。卒業したと言っても春には大学院に入学してまだ2年大学に残りますので、また行くこともあるでしょう。

バスと電車を乗り継いで家に帰り着いたのが夜の9時半。人にも酔って疲れ果てました。
3月21日
19日にバレーの大会があったのですが、準備と当日の会場を巡っての世話とでくたくたになったあげく晩にHPに写真を載せたり試合結果を書き込んだりで疲れ切りました。
19日20日と4時間くらいしか寝ておりませんので疲れもとれず、仕事はあるし、頭が痛いしもう本当に参りました。今日なんか朝コーヒーをいつも飲むんですが、その時間10分程こてっと寝るとかなりすっきりしましたし晩にも15分程横になってやっと生き返ったような気がします。

素麺の話
「さぬきの夢2000」を使った素麺の試食をまだしていません。
長年素麺を造っているとその感触で大体分かります。
前評判が結構あって、非常に造りにくい(手打ちうどんにおいて、さらにご記憶の方もおられると思いますが、例の不正表示において繋がらない故に2割しか入れなかったという)小麦粉です。
まず、麩(グルテン)を出す工夫をしまして(すみません、隠させていただきます)、そうすると難なく作業工程が進み、延ばすのに箸さばきも順調でした。
この頃はほとんどが機械で延ばしますが、私は手作業なので手触りと箸に当たる感覚で素麺の状態が分かります。驚く程に麺がなめらかでありながら弾力がそれほどに感じられない。さらっという感じである。
乾燥して仕上げると麺肌がざらついている。確かに空気は乾燥していて風もあったのでそのせいもあるかとは思うがそれにしてもざらつきが大きい。
よってそれほどに食感を期待しているわけではないが、価格は(小麦粉の)とっても高いので、「食べてみれば意外とコシがあってうまいわ。」となって欲しいのです。
また試食した感想を書きます。
3月18日
「麺の食味は小麦粉か、職人の技術か」

何となく想像出来ると思いますが、素麺、うどんを食べていろいろ言います。「うまい、まずい」「コシがある、ない」「風味が感じられる、られない。」「硬い、柔らかい」「細い、太い」「艶がある、ない」「つるつるしている、していない」「色が白い、くすんでいる」などなど他にもいっぱいあると思う。
すべてひっくるめて、この「食味食感の違い」は何故かについて職人の側から見た場合とお客さんの側から見た場合の違いについて書いてみようと思う。

私は素麺もうどんも造っていますが、実は素麺はほとんど他の製麺業者のものは食べたことがない。
うどんについては「讃岐うどん」を麺通団とかうどん巡礼とか言う程ではないですが、少しは食べています。
(並ぶのが嫌い、待つのが嫌い、ひしめき合って食べるのが嫌いなもので有名店には入る勇気がない。)
だから、あっちこちで読んだり聞いたりしたことから書いていると思っていただいていいです。

まず、お客さんの立場から。(少しは私もお客さんです。)

そりゃあ、小麦粉の品質の差というものは越えがたい食味食感の違いを見せていると思います。
がですよ、うどんを食べに行くと、店それぞれに麺が違うんです。(チェーン店は一緒ですが…。)
これはみんな納得がいくでしょ。そして食味食感も違うんです。
例えば、今「さぬきの夢2000」が香川県では推奨されていますが、そのうどん店を回ってみて、みんな同じ食味食感ですか?たぶんそれぞれの店で違うと思う。(行ってないので想像です。)
小麦粉の品質を言う前に職人の技術の差が大きいんじゃないの?
小豆島の素麺だってたくさんの素麺業者がいるけれど、「あそこの素麺はきれい、汚い」とか「全然味が違う」とか言います。同じような原料を使っているけれど、全く違う食味食感は職人の技術の差そのものでしょう。
つまり、小麦粉の品質の差より職人の技術の差の方がウェートがずっと高いという意見。


製麺業者の立場から。(少しは自分の意見も出せるぞ。)

ここは私の30年の素麺作りの経験と常識的な製麺業者の立場から書いてみます。
昔(といってもほんの数10年前までのことで、今でもお年寄りの方ですべて手作業で素麺を作っておられたという方もおられる最近まで)すべて手作業で素麺を作っていた。今は機械化されすこし工程が変わってきたところもあります。機械化されて良くなってきたところという方が多いのではないでしょうか。少なくとも私はそう考えています。もちろん手作業でないと出せない食味食感というものがありますので、そういう作業工程は手作業で行わなければいけないと思います。
製麺業者が麺の本質を知り、小麦粉の持つ風味、味を大事にして仕事をすればいいものができます。
そのためにはいつも気温、湿度、風などに注意し水加減塩加減をし、その上で麺の熟成を見て作業することが大事となる。これをなんでも機械化し機械に合わせるように水加減塩加減をし、機械に合わせて熟成を持って行くようなことであれば言われるようにまずい素麺となる。

ですが、本当に一生懸命に作っているんです。
朝早くから晩遅くまで昼ご飯もゆっくり座って食べられない程に。
「ああやればどうだろうか。」「ここの作業工程が重要な意味を持っているのでなんとか麺の食味食感を良くするには?」とか考えているんです。
「そうやってもっとうまいものを造ろうとすると小麦粉の品質(小麦粉の持つ特徴)の違いというものが大きな食味食感の違いのファクターとなる。」などというようなことは言わない。どんな職人がやっても品質のいい小麦粉を使うときと品質の悪い小麦粉を使うときとでは明らかに食味食感は違うのである。

同じ小麦粉で造れば、職人の技術の差、姿勢の違いによって確かにうまいまずいという品質の差が出ます。職人は自分の素麺・うどんしか知らない人が多いので小麦粉の品質の違いによる食味食感の違いを言います。
だから小麦粉の品質の差の方にウェートが高くなります。

まとめ
お客さんは手作りで一生懸命に作っている製麺業者の中で品質のいい小麦粉を使って素麺・うどんを造っている職人を捜してください。そうすればお客さんの口に合う美味しい素麺・うどんが手にはいるかも知れません。
3月17日
あったか〜くなった。
あったか〜くなると思い出すというかむずむずとするのが”貝掘り”だなあ。
潮干狩りとは言わん。
やれイチゴ狩りだミカン狩りだと狩を付ければいいかのように付けるが、気に入らん。
貝掘りは”掻く”けど貝掘りという。

まあそういうのはこっちにおいて、私の貝掘りは「富士貝掘り」である。
バター焼き、酒蒸し、お汁、なんにしても身がぷりぷりでうまい。
もちろん食べるのも楽しみなんだがあの貝を掘るのが楽しい。ガッガッガッ、ジャッジャッジャッと掻いていくところころと出てくるのがたまらん。
貝掘りには他にも採れるものがある。
「ダメ」「大あさり」「わかめ」等だが、以前にチヌ(黒鯛)の35cmくらいのが波打ち際でぱちゃぱちゃ横たわっとるのをとったことがある。

アサリと違ってかなり沖にいるので少々潮が干いても掘れないところにいる。
で、春のよく潮がひくときにいざ出陣ということになる。思い出すに昨年はイマイチであった。
5月に再挑戦をと思ったが、確か仕事が忙しくていけなかったと記憶する。去年の不作を今年にはらさでおくものか。
(と、思うと干潮時間が気になって気になって…。)
今日の潮(45cmくらい)ではまだまだ!(もっとも干潮時間は午後7時なんだから真っ暗で掘れないよ。)
あと30cmくらい干いたときに掘りに行く。
あんまり詳しく書くとばれるので書けないが、徒歩20分なのだ。(どこから?)
昨年新たに発見したのが(貝掘りとは全く関係なく家内と行った)豊島である。
ぷりぷりの大粒の美味しそうな貝を掘って塩水につけて砂を出している。聞けば、今は豊島に住んでおらず滋賀から貝掘りをするために里帰りしてきたという。
「お父さん、ここまで堀りに来れるやん。」
「うん!そうやなあ。エエ考えや。」
うんうんうんうん、そうやそうやいろいろ思い出してきたがな。
えっ!場所はどこやってか?豊島のどこやってか?
「あのな、海岸。」
わたしもあそこやとは聞いた。聞いたがポイントまでは聞いとらん。
行けばこの鼻で分かると思う。行けば臭うねん。ここ掘れて臭うねん。

貝掘りネタが長くなったので「麺の食味は小麦粉か、職人の技術か」と題しての執筆は明日の心だあ。
3月16日
11日濃霧、12雪が降ったり止んだり,14雨,16雨,18,19日と雨予報。
なぜかもう桜の開花。
15日の開花予想では高知県の開花予想は「今日」というのがありました。
初耳!
1日おきの仕事で身体は楽なんですが仕事にならん。
明日からは晴れ、気温上昇で一気に桜の開花が早まるでしょう。
気温が急に上昇すると仕事がしにくくなって「水加減」「塩加減」に気を遣う。
長年やって慣れているとはいえ、やはりそのときそのときが勝負でうまくいかないときも多いのだよ。
うまくいかないということの意味は(誤解されるといかんので)ほんのちょっとした作業性の問題で品質がどうこうと言うことではないのだよ。
常に完璧を期すということでいうなら、日々天候が変わり条件が変わるのだからそれに合わせ手加減をしても振り子の揺れは最小限にするというのが職人のこだわりかな。

「さぬきの夢2000」入荷。
調べる程に、聞く程に、いいところと悪いところがあって、悪い面が気になって不安。
それと通年使うとなると入荷されるかどうか不安です。(あまりに生産量が少ない。)
今週は天候が悪く仕事ができないので来週にいい条件でやってみようと思う。
それにしても「チクゴイズミ」も気になっている。
今使っている国産小麦と3つの中で一番美味しいと思われるものを使いたいと思うが、安定的に使えるとなると今の小麦粉になってしまうような気がする。これも非常にコシ、風味もあって美味しいのだ。

美味しいかどうかは人によって好みもあるし一概には言えないことは承知している。それにしても自分が口にしたときに「うまい!」と感じるものでないと安心して売れません。
3月14日
「さぬきの夢2000」について調べていた。
O 作業性はどうしようもなく悪い。
  タンパクが少なく、その上に結合力が弱い。
O 時間はかかるけれどもしっかりと生地を造り熟成させればコシも風味もあって”のど越しぷりぷりの麺”   となる。
そのサイトに「手延べ素麺」についても書かれていて(少し理解が足りないとは思いますが)、
抜粋
「さぬきの夢2000」は確かに香川の内麦としては出色の出来ですが、低たんぱく性がその欠点であることは既に説明しました。そして、これは「さぬきの夢2000」に限ったことではなく、内麦一般に共通の性質であり、「ダイチノミノリ」も同様です。ということは、「ダイチノミノリ」で手延そうめん、うどんを製造してもASWの小麦粉のように延ばしていると、「ぶちっ」と切れてしまうのです。よって低たんぱくの内麦粉で手延そうめんを作ろうとすれば、ゆっくりとまた丁寧に延ばさないと製品ができず、作業効率が極端に悪くなります。一言で言うと、内麦は低たんぱく故、グルテンが充分に形成されず、手延の製法には不適なのです。「でもそんなこと言っても、昔は内麦しかなかったし、それで手延そうめんをつくっていたではないか」という意見もご尤もです。しかし、現在では手延そうめんとはいっても、各工程においては機械化が進み、低たんぱくの内麦ではそれに対応できないのです。言い換えると、誰もがASWの作業性に馴染んでしまって、もう元には戻れないのです。

生産者の技術水準と姿勢、さらに使う小麦粉の品質までが問われていると思いませんか?

手作業の頃の製造工程は今とは若干違うのです。それを知っているのはもう限られた人たちだけでしょう。今の人はそれを聞いたらびっくりするでしょうね。
全行程を手作業でやっていた頃の小麦粉の消費量は1軒あたり1〜1.5袋程度であったと聞きます。
もちろん、それがすべて最高だとは言いません。
機械で作業した方が良いと思われる工程がほとんどだと思います。
私が思うのは、
1,足踏み作業(機械の中でまわしていても生地は鍛えられないと思う。)
2,こびき工程(手加減が必要です。)
3,門干し工程。(水加減、塩加減や熟成をしっかりするなら手作業以外にはない!)
この3段階は手作業でやってもらいたい。そうすれば内麦と外麦のブレンドで美味しい素麺が作れるはずです。
3月13日
「内麦について思うこと」

私が素麺について勉強を始めた頃、いろんな研究論文、本に麺用小麦粉に適する小麦の性質について書かれていた。
「小麦の種類」
「タンパク質の量と質」
「デンプン粘度」

大まかこのようなことです。

「小麦の種類」については麺用中力粉というように書かれており、中力の小麦を挽いたもので決して強力粉と薄力粉を足して2で割って中力粉にしたものではないというようなことが書かれておりました。当たり前といえば当たり前で、卓上の勉強しかしていない者の考え方ですね。
実際に素麺やうどんを造っている業者にとってはそのようなとらえ方はしないんですね。経験から「麺用中力粉」=内麦、ASWだと認識していて”コシ””風味”など直感で感じて「こういうものでないと本物はできない。」と知っています。


「タンパク質の量と質」
これについては論文で見る限りに置いていまいち理解出来なかったのですが、独立し、内麦、ASWのいろんな小麦粉を使って始めて書いてあることの意味が分かった。
タンパク質の量については、この範囲という大まかなものがあるだけではないでしょうか。
それは大体7.5〜9.5%の間だろうと思います。
タンパク質の「質」というのが問題で、
「麩質の柔らかい」とか
「伸展性に優れコシのある」
分かったようでよく分からぬ言葉で表される。
特に最初の「麩質の柔らかい」というのは、「麩」というのが皆さんすき焼きやみそ汁に入れるあの麩なんですが、小麦粉のタンパクを摂りだしたのが「グルテン」と言いますがそれを焼いたものなんです。
つまり「麩質の柔らかい」というのはグルテンの柔らかい麺と言えます。
ここまでは読んではいはいと理解出来たのですが、では、柔らかいとはどういう事かさっぱり分からなかったのです。
グルテンが強固だ柔らかいだといったいどういうところで違いがあるんだ?

最初に分類してしまいましょうか。
麩質の柔らかい小麦粉 = 内麦
グルテンが強固な小麦粉 = 外麦(ASW、WW)

内麦は非常に製麺適正が悪い。
「だれる」「さくい」などの言葉で言い表され、グルテン結合は非常に弱いのです。
ために、茹でるときに茹でどけを起こし、茹で上げてうどんを洗うときにそぎ落ちたりもする。
一方デンプン粘度は高く「もちもち感」があり、口に入れたときの「コシ」、「風味」は、日本に素麺うどんが育ったことを頷かされる「適正さ」がある。

外麦に代表されるASWも日本の麺用に改良され(元々香川県産小麦をベースにオーストラリアで改良された。)伸展性もデンプン粘度も高く、白度も抜群で総合点ではトップにランクされる小麦粉です。
ですが、口に入れて「もちもち感」「コシ」「風味」を比べたときに内麦に勝るものはないのである。
内麦は製麺適正は最悪と言っていいが、色もASWに比べると黄色いが、麩質の柔らかさが日本人にあう「コシ」を出していると思う。

「デンプン粘度」

WW = 500〜600くらい
ASW = 700〜800くらい
内麦(一括りに内麦といっているが北海道産「ホクシン小麦」、本州産「農林61号」、九州産「チクゴイズミ」、香川県産「讃岐の夢2000」など多種ある。) = 700〜1500くらい

このようにない麦といっても非常にばらつきがあって、それぞれに性質も違い使うには苦慮させられる。
また、日本には四季があり、ちょうど麦の収穫の時期に「梅雨」の季節にぶつかり、雨に濡れた小麦は発芽してしまうのです。発芽するというのはデンプンが糖に変わってしまうので、これを小麦粉に挽いてもデンプンの「もちもち感」や「風味」はないのです。
いい状態で収穫するとデンプン粘度は高く、雨に打たれ発芽小麦となったものはデンプン粘度は非常に低くないといってもいい状態になる。
内麦を使うにはこのリスクを抱えて使わなければいけないのが欠点といえる。

手延べ素麺・うどんを造るにおいて、以上のことを念頭に小麦粉を選択しなくてはいけない。

私は手延べの製法はグルテン繊維を強固(3次元構造とかグルテンマトリックスとか言われる)にする製法で、どんなに麩質の柔らかい小麦粉といえど、”手打ち”で造れるのなら”手延べ”では全く問題ないものと多寡をくくっていたのだが、とんでもない間違いであることに気づかされた。
そう、うんざりする程のひどい目にあったことを付け加えておきます。
3月12日
天気が悪いねえ。向こう1週間もぱっとしない。
明日は日中晴れ間が出るそうなので仕事の用意をしたが、明後日には雪が降る予想になって1日だけの仕事。
3日結束の仕事をしたが、実はこの仕事の方が素麺を造るより身体に応えるのである。
以前に事故にあって頸椎ねんざをしている身にとっては結束であっち向いたりこっち向いたりすると頭が痛くなるので辛いのです。
身体も相当に疲れます。
一晩寝れば疲れも頭痛も治ります。

今晩の歩きはバレーの試合があるので休み。
来週に大会があるのでその優勝カップや予定表、成績表を配りながら、今日のVリーグの試合の成績を控え、写真を撮ってHPに載せたところ。

膝回りの筋肉がだるいのです。少し筋肉がついてきたのかな。
体重も少し減ったようです。
ですが、
かみさんは今晩は鍋をしてたくさん食べるように勧めてくれます。
その後父のお参りに行くと母がケーキを出してコーヒーを飲めと言い、今日は許すからと言う。
このような環境で痩せられるか?コレステロールを下げられるか?

疲れたので今晩は久しぶりにビール(350ml1本)を飲みました。
えーと計算は合わない。摂取過剰です。
3月11日
朝起きて、
「ん?」
すごい濃霧だ。
山はおろかちょっと向こうが見えない。
陸上でこうだから海上では一寸先が霧(?)って言うのか?
こんなに濃い霧は滅多にない。

仕事は結束をするつもりだったので素麺を作ってはいないので問題はないが、仕事で高松に行く人は船は出ないだろう。
昼になってもまだ山に霧がかかっていたが停船勧告は解除になったようだ。
天気予報では晴れだったので仕事をしていれば全然乾かず、ボイラーをかけてもなかなか仕上がらなかっただろうな。

昨日ラジオを聞いていて「OO検定」というのが全国的に行われているようだ。
私も昨年「小豆島手延べ素麺検定」と「小豆島検定」というのを提案して、「小豆島検定」というのは商工会などが中心になってやればいいだろうと提案をさせてもらった。
「小豆島手延べ素麺検定」については、まだほんの少しだが問題を考えているところである。
ゆっくり時間を取って考えなければ、なかなか問題も思いつかないし、問題を思いついたところでその答えを導かねばならん。実はこの方が問題でもある。
(仕事をしながら考えたりするのだが、仕事が済む頃にはすっかり忘れてしまっているという情けないことなのである。)
誰かがやろうとするかもしれん。それも良かろう。
だが、その答えをとんちんかんに出せば(良く見せようと詭弁を弄するのはかえって恥である。)、見向きもされなくなる。
幸い、私は調べるべき文書も少しはあるし本も少しは持っている。
素麺を作る経験もある。
調べる方法も知っている。
小豆島手延べ素麺をもっと知ってもらえるようにしたいと考えている。そう出来るのは私だけだと思っている。
なかなか時間もとれないし資金もないので思うようにはならんのだ。
3月10日
今日は息子の大学の卒業者の氏名発表の日。
大学のHPを開けてみると「卒業者氏名発表」というのが出ていて開くと、学籍番号とパスワードを要求される。
こりゃあ、あかんわ。すぐに息子に電話してみる。
「父さんや。卒業出来たか?」
「ウン、なんとかできたみたいやね。」
「ほなすぐに大学院の入学手続きせなあかんで。」
「そうやね。こないだの書類の不備がなかったらええんやけどね。」
「大丈夫や。あかなんだら何とか言うて来るわな。」

ということで無事卒業出来てほっとしています。
理系なんで結構引き続き上にも行かずに在籍する学生が多いということもあるので、成績を大学の方から送付されてきていたので大丈夫だとは思ってはいたが、発表されるまでちょっと心配でもあったわけです。

今日から歩く距離を少し伸ばして4kmくらいにした。
帰ってきたら身体がほかほかと熱い。汗が出るくらいになっている。
血圧を測ってみる。
「73−111」
脈拍「69」
安静にしていたみたいな数字!
確かに歩いてきました。どこかで喋ってきたわけではない。
まだ心臓と血管のキャパシティがあるということかな。
まだまだ若いもんには負けられへんでえ。(こんな事言うてんのが歳とった証拠や。)
まあ安心したね。
来週1週間これで歩いて次は5km。
太ももの筋肉を付けなあかんのや。「だいたいこつしとうきん」とか言うの。
今ずいぶん細くなっているんで。
5kmの後は   「ジョグ」。
自信はない。膝と股関節の具合からすると全く走れるように思えないが、筋肉を鍛えてカバーするしかないと思う。
もう1週間歩いたので歩きについて語るぞう!
3月8日
昨夜遅くに「11111」アクセスを自分で踏んだ。
きっといいことがある。…と思う。

今朝1時間寝過ごした。(1時間長く寝られた。)
ふ〜ん…。

歩きは今日は中止。できなかった。ずるじゃない。
バレーの会があって出かけていたのだ。帰ってきたのが9時過ぎだったし、それから組み合わせ表を作ってメールで送信しなくてはいけなかったし他にもあるんだがそれは明日に持ち越しとなる。
なんか言い訳だな。
また寝過ごしてはいけないので今日は寝よう。
3月7日
息子が朝早くに大学に帰った。
何でも帰ってきたら研究室に出てきて欲しいと言われているそうで、1月以降講義はないが研究室でのことがかなり忙しくなったそうである。頼りにされているのか重宝に使われているのか知らぬが、なんにでも首を突っ込んでいると身に付くこともある。
まあ頑張れや。

かみさんは朝早くから起きて弁当を2食分用意しておった。
島の反対の福田まで連れて行かなければならんので仕事は今日も休み。土庄東港からの高速船が不採算を理由に運休しているので(再開のめどが立たないようだ)、大阪方面に行くには岡山に出るか福田から姫路に出るしかない。
そうなると不便です。
かといって過疎の島にはそうそう京阪神に出て行くような用事もないわけだし、有り余る財政負担もできない訳なので、結局の所航路廃止と言うことになるんだろうと思います。

日中、暖かくなって「もう柳の桜は満開になってるのやろうなあ。」と思い出しました。
吉野桜の中に1本2月の末に咲くのがある。
きっと「緋寒桜」という種類だろうと思う。
土筆も出てくる頃。子供の頃妹と採ってきたのを晩に袴を取って母が佃煮にして、食べたことがある。
明日も今日と同じような暖かい天気。良い素麺ができそうだ。
暖かくなると仕事をするのがやっぱり楽です。といっても朝起きるのはうんざりすることもありますが…。
まあ頑張れや。
3月6日
啓蟄
虫が一斉かどうかは知らぬが出てくるとき。
たぶん傘さして…。(今日は朝から雨が降っている…。)
私はずいぶん前から、今年はさぶいと言うのに、テントウムシが出てきたのを見たし蝶々が飛んでいるのを見た。
関東では春一番が吹いて春めいた気分になる。
南風が吹くと風に乗ってツバメがやってくる。
明日は最高気温が17度にもなるそうだ。
暖かいと気持ちもほっとする。
ふふふふ…、なんか箇条書きにすると変だな。

分かる人には分かる話だが、パセリを植える季節が来たなあと思っている。いつもは種が落ちて昨年秋から生えてくるのだがパセリの木(木かな?)の根本を虫に咬まれ、木が腐って枯れてしまったので種が取れなかったのだ。だから今年はプランターを買ってきて種を植えてやろうというのだ。
種を植えればやつがやってくる。
やつというのはアゲハチョウ。
分からないのがほとんどの幼虫が緑色なのに時々青い色したやつができる。孵れば同じ(と思う)アゲハチョウになるんだが何が違う?

雨が降って仕事は休みなので昼からバレーの資料作りをやって夕方には印刷も済ませた。あとはまとめてホッチキスをするだけ。「よし全部片づいた。」あとは昨日の試合の結果をサイトに載せるだけ。
(まだ載せてなかった。大勢結果を見に来ているみたいや。)
あせらないあせらない。

3日目。
何が?と言って歩くのが今日で3日目。
3kmほど歩いてきました。(歩く前に腰をゆっくりひねって伸ばしておいたのはいうまでもない。)
大股で手を振って少し早歩きです。一歩一歩が脂肪の燃焼。
少し股関節に違和感がありますがたいしたこともなく膝も問題なく歩けました。
この調子で1週間歩き次の週には4kmほどの距離に延ばそう。その次には5kmに延ばしそれをキープする。
毎日ガンバるんや!
というのはやめにする。
軽い気持ちでやって今日は疲れているから休もうとか。気がのらへんからパスとか…
決心すると負担が大きくなってしんどい。
タバコも休んで23年になるけど、「タバコ、しんどいから吸うの止めよう。」と軽い気持ちで今日まで来た。
もう吸いたいとかじゃなくあの煙にぞっとする。
集まりに行くとタバコの臭いが服に染み付いていやになる。
で、歩き続けると歩かないのがぞっとする。
そんなこたあないやろう!
3月5日
昨日日付が変わる頃まで今日から始まる「Vリーグ」の用意をしていた。
今日仕事の合間にベニヤを切ったりのり付けしたりしてなんとか間に合った。
夜に2会場にて試合開始。
無事に始まって私の仕事は終了。ですが、8日の代表者会の準備がある。
今日はなんもせんけど。

バレーに出て行ったついでに歩いた。
初歩き。
もっとも3日の日に病院往復するのに(高松の病院にかかっている)5kmくらい歩いている。
少し歩くと股関節が引きつったようになって歩幅が狭まる。膝もなにやらおかしいぞ。
1kmくらい歩いて引っ返しました。約2kmの歩行訓練。
1日仕事で立ったままでいるのでくたくたになって、その上に歩くのだから応えるわ。
今日はこれくらいで勘弁しといてやろう。
もう「ちゃんと準備運動してからやないとな。」歩くのに準備運動かいな。

5月の末までにもう少しちゃんと歩けるようにしておこう。
考えてみれば1昨年の9月からろくに身体を動かしていない。昨年久しぶりにバレーに復帰して始めたところ足の筋肉ががたっと落ちていて、動けないどころか膝への負担が大きくて現役を引退することになった。
そして全く何も運動をしていない。
パソコンオジサンになってしまった。

体脂肪も21%くらいまで増えて(体重は変わっていない。)、筋肉の変わりに脂肪が増量!
(内緒やけどズボンはくとききつかったので分かった。)
歩かないかん!ってこのときに思いました。
3月3日
ひな祭り
夕方には飾っているのを降ろしていたね。そんでもいけるかどうかは分からん。
さすがに7段飾りはださへんで小さいお内裏様とおひな様だけ出していました。しかも子供が作ったもう一組も。

衝撃の事実
3ヶ月ぶりに病院に行って検査をし、薬を3ヶ月分出してもらって帰るのがいつものパターン。
今日は検便もあって「潜出血反応の検査」、と言うガンの検査と、いつもの血液検査(今日は少し多め)をして、医者から「少しコレステロールが多め(前回250くらい、前々回240くらい)です。痩せよるかなあ。」といわれる程度で、「もう少しコレステロールを下げるようにしてください。」と言われて帰ってきていたのです。
今日は検査結果を見て、
「コレステロールだけが問題です。あとは異常なしです。大腸ガンもないです。」
「270もあるんや。塩見さん、普通あと25年あるんやけど…。」
「ここ1年の傾向も悪い。」
「どう、薬飲んでみる?」
「何種類かあって、軽めのもあるんやけど試して見ん?」

以前に2種類のコレステロールを下げる薬を飲んでものの見事に「あたり」で副作用が出た。

「…………先生最初の時にあと10年。ですからあと5年ですね。」
「一生懸命に生きていますから未練とか悔いとかないです。」
「血管年齢も50台で年相応でしたし、まだ詰まってどうこうもないやろしねえ…。」

「ころっと逝けばええんやろけどね。梗塞を起こして悲惨なのを見ているからね。半分生きて半分死んでいるような…。」
「どう?」

「…………………やっぱり止めときます。」
「しばらく運動していませんでしたが、これから歩いて絞りますわ。」

「そう。じゃあ次の時に血管年齢の検査をしようか。もう1年経つから。」

なんの自覚症状もない。
これがくせもの。
確実に進行する。
分かっているけどなんの痛みもないのでつい油断する。
しょうがないんです。私の身体は生産過多で処理能力もないと来ているんだから。
以前に食事制限して63kgまで痩せたけれど全くコレステロールは下がらなかったことがある。
そこに摂るんだからどうしようもない。
糖尿病よりも良い、癌よりも良い。普通にしていられるから。
3月2日
朝からいい天気だったが3時頃だったか雨が降ってきた。いっぺんに素麺のハタを乾燥室に入れたので乾燥が遅くなり仕事が遅れた。
つぶしを乾してあるのをしまったり、雨が上がったら外に出したりしなくてはならんのだが(余残な手間)、そうたいした雨ではなかったので大した手間はかからなかった。

遅れた上に、電話があって「OOOOです。うどん100gのを200お願いします。」
「はい。明日持って行きます。ありがとうございます。」
で、夜なべ仕事ができたわけだ。10時過ぎまでかかって用意した。
これを明日の朝配達してから病院に行かなければいけない。
かみさんは「ああー!BSでリチャードギアの映画があったんや。しもうた。ビデオにとっとけば良かった。」

仕事が忙しいのにバレーの用事が二つある。
一つはこの日曜日の晩までにしなくてはいけないもので待ったなしなのである。
もう一つも8日までにやっておかなければならんのでぐるひいのだ。

明日は病院に行って、帰ってきたら牛のあの部分に相当するところにある福田まで息子が帰ってくるのを迎えに行かなければならんので晩まで何もできない。なんとか時間をとって用意だけでもやっておかないと大変なことになる。
頑張らなどうしようもないが…。誰もボランティア精神を発揮せんが…。
3月1日
雨が降っている。
昨晩から降ってまだ(晩の9時)降っている。
明日仕事の用意をしているんだけれど止むのが遅くなりはしないのかなあ。遅くまで降ると空気が乾燥していなくて仕事は遅れるわ、素麺に色が付くわでろくな事はない。
少々仕事が遅れても明後日は病院に行くので、仕事の用意をするわけではないので構わんのですが。

雨とはいえコタツのもうりをしているわけではないのですぞ。素麺を結束し、明日の仕事の用意をし、注文の配達(久しぶりに注文が来たがな)もして晩の7時まで仕事をしていました。
そんで8時まで休憩してバレー(小豆島カップという大会)の参加チームを集計してクラス分けをしなくてはいかんのです。これもちょっと気を遣うこともある。(ちょっと言えんが…。いや書けんが…。)

バレーのこともやり、この日記も書いていると息子から電話があって3日の日に帰ってくるそうである。
大学院の手続きの書類を書いてもらうこともあるしついでに春休みで7日まで帰ろうかなということだそうです。大学の卒業もこの10日頃に分かるそうで、卒業出来なくては大学院もあったもんじゃあない。
卒業の前に大学院の入学が決まっているなんて…。
なんか変。
以前、入る前に「オープンキャンパス」で見に行ったときに5回生6回生7回生の成績が張り出されていて、「結構卒業できんのがおるんやなあ。」と見たのを覚えています。
息子は理系なので、講義に出て行かないと確実に講義についていけなくなりますのでそういう学生は間違いなく5回生になるか中退することになります。3回生までに必要単位は全部取っているらしいのであとは卒論だけと聞いていますので大丈夫だとは思っている。
頑張って仕事をせなあかん。
こういうのも生き甲斐やね。親ってとことんそういうものらしい。