折々の話(私のおしゃべりコーナー)
ここでは何か変ったことがあったりした時に付け加えていきます。

(2016年1月16日)

1月13日に治ちゃんという男の子が旅立ちました。

この子は生まれてすぐ心臓に欠陥がある事が分かって、我家に残して育てた子です。獣医さんには「多分3ヶ月か4ヶ月くらいしか持たないだろう」と言われていたのですが、本人も自覚してたのか決して無理はしないし、激しく走ったりもしませんでした。 そして年月は流れて10年経ちました。 時々発作を起こしては回復してくれてホントに生命力の強い子だと喜んでいたのですが、最近は発作の回数が増えて、見ている私も辛かったです。亡くなる4日前からは食事してもトイレにいっても発作が起こり、これはいよいよ駄目かもしれないと覚悟していました。

亡くなった日は、食事に大好きな缶詰めを食べて30分くらいして大発作が起こり、そのまま亡くなりました。可哀相で涙が止まりませんでしたが、3ヶ月か4ヶ月と言われたのが10年も頑張ってくれたのです。「本当によく頑張ったね」と何度もナデナデしました。今度生まれ変わる時はきっと丈夫な心臓を持って生まれてくれるでしょう。

12月末にも1匹なくしたばかりだったので、涙の乾かない内にまた・・・という事で、落ち込みました。

(2016年1月8日)

バタバタと過ごしている内にあっという間に年末、そして年始となり、また一つ歳をとる誕生日が近づいて来ました。

昨年は3月、7月、12月と老猫さん3匹に旅立たれました。仕方のない事と分かっていても、涙なみだで悲しい思いをしました。

その間にも11月にはお産があって、かがりちゃんが初産でしたが無事出産してくれて、こちらは嬉しい思いで一杯です。やっぱり赤ちゃんの顔を見ると元気が出ます。くわしくは出産情報を見てくださいね。

私も8月にやっとスマホにしました。といっても簡単スマホですけど。 覚えられるかな!?と不安だったですが、さすが簡単というだけあって、必要なアプリがわかりやすく使えるので、すぐに慣れて、ネット検索もいちいちパソコンを立ち上げなくても良くなりました。今、妹にも薦めている最中です(笑)


(2015年5月21日)

久しぶりの更新です。

5月10日にコンサートがありまして、その練習に追われていました。

高田三郎作曲の「水のいのち」という曲(合唱をしている人にとってはとても有名で古典ともいえる名曲です)が作曲されてから、昨年が50年でした。本当は昨年したかったのですが、指揮をしてくださる須賀敬一先生のご予定と合わず、50+1という事で今年開催しました。四国予讃線沿線の混声合唱団に声をかけ、総勢180名近くが勢ぞろいして、歌いました。

須賀先生は高田三郎先生の直弟子で、私の所属する新居浜混声は15年くらい御指導を受けて毎年定演会で振っていただいています。でも他の合唱団の方達は初めてです。細かいご指導とパワーに驚いたと思いますが、すごくいい刺激と勉強になったのではないかと思います。

勿論私はピアノです。もうこの歳なので「水のいのち」を弾くのも最後になるかも・・と思って、タッチの練習からやり直して頑張りました。

本番はすごい迫力で、それに負けないように弾かなくてはいけなくて、かなり頑張りました。終わって疲れて足がガクガク、いつもはこんな事はないのですが・・。

舞台上での並びもあってピアノの蓋を取って弾かなくてはならなくて、余計大変でした。ピアノの蓋がないと自分の方に音が聞こえてこないんです。音がどの程度出ているのか分かりにくいので、ついつい頑張ってしまいました。

まぁ、皆さんの評を聞くとバランスは良かったようでやれやれでした。

1日に何時間もピアノの前に座っていたので、本番までに体重3キロは減りました。(ニコニコだろうと思われるかもしれませんが・・)減り過ぎると、これがまた大変。貧血気味になったり力が入らなかったりするので、食欲がなくても無理に食べまくります。でもこうやって食べても身にならないなぁ・・と毎度思います、体重はいっこうに増えないんですから。

とにもかくにも無事終わって、疲れた〜!! 終わった〜!! 良かった〜!! でした。

ところで4月に2匹に交配したのですが、先にした子は空振りでガックリ。でも後から交配した子はどうやら妊娠している徴候が出て来ました。また久しぶりに赤ちゃんの顔が見られると思うと嬉しいです。

(2015年1月14日)

昨日、東京まで子猫を連れて行きました。先方さんは以前にもお譲りした事があるブリーダー仲間の方なので、心配な事はないのですが、ご都合で4ヶ月まで手元に置いて育てたもので、私の方が情が移ってしまい、前日は抱きしめて涙ポロポロ・・。

ブリーダーというものはもっとドライにならなくてはならない、と頭では分かっていてもなれませんです。何十年もブリードしてるのに毎度毎度別れの度に涙なみだ・・。こんなんじゃブリードをやめなくちゃいけないな・・と思ってもそれも出来ません。子猫が生まれて育っていくのを見るのは私のパワーの源みたいなものですので止められないです。

ところで、昨日はお天気がとっても良かったので、新幹線から見た富士山は最高にきれいでした。久しぶりにこんなきれいな富士山をみたなぁ・・と思いながら、50年近く前音大を受験するために当時の寝台車の窓から見た美しい富士山を思い出しました。あの頃は受験の時は富士山を見ると落ちる!!!というジンクスがあって、ゲゲッでしたが、無事合格する事ができました。

昨日は新幹線の中も割に空いていて隣の席も空きだったので、連れていた子猫ちゃんにも「ほらっ、きれいでしょ」と抱っこして見せてあげられて良かったです。

話は変わりますが、私の街の自治会は公園の清掃当番が3ヶ月毎に回ってきます。住民の義務ですので仕方ないのですが、公園のトイレの使い方がホントにひどいんです。どうしてこうなるの・・というような便器の汚し方や、トイレットペーパーが詰め込まれていたり、ひどい時はたばこの吸い殻がたくさん捨ててあったりして、お掃除にとてもいやな思いをします。使う方達にモラルはどうなっているんですか?自分の家のトイレでもこんな事するんですか?と聞きたい、掃除する身になってごらん・・と言いたいです。

(2015年1月9日)

昨日は私の所属する新居浜混声合唱団の今年初練習日でした。

だいたい毎日ピアノの部屋に閉じこもって練習するのですが、年末からお正月にかけては何かと忙しくてさぼりました。そのツケの大きい事といったら!! ひどいものでした。弾けないわけではありませんが、指が重く感じられて、自分の思うような音が出せない、肩に力が入る、腰が浮く・・などなど「あーあ」とため息ばかりです。

(2015年1月3日)

明けましておめでとうございます。

年末・年始と甥夫婦とトイ・プードルの女の子が帰省。賑やかに過ごしました。私は猫しか飼った事がなかったけど、犬もなかなか良いなあ!!とニヤニヤ。といって、とてもワンちゃんまで飼う体制にはありません(笑)

それにしても今年は寒いですね。四国は暖かいと思われがちですが、北の方の方には「何をその程度で・・」と言われそうですが、風も冷たくて、元日に初詣でに行きましたが底冷えする寒さで、まいりました、ハイ。

元日早々、メス猫さん達が大げんか。特別原因というような事はないのに、どうもうまが合わない子同士が時々するんですね。まぁ、それは仕方ないとしても、弱い方が逃げる時にビビって、シッコを漏らしながら逃げるんですよ。それはそれは後始末が大変ですよ。もうあちらこちらにシッコが飛び散ってるんですから・・。私も猫なみに鼻をクンクンしながら拭き掃除。猫さん達も砂かけ動作で教えてくれますので助かります(笑)。


(2014年12月28日)

もう数日で今年も終わりです。本当に一年が速いと感じます。年が明けるとすぐ誕生日なのでまた一つ歳をとります。四捨五入すると70才だね、と友人に言われて笑いましたが、四捨五入するまでもなく70に近いよ・・です。

今年も良い事もあり嫌なこともありで、疲れた年だったなぁ・・の感想で、来年は少なくとも猫さんの事では泣きたくないものです。

(2014年11月27日)

昨日は、子猫ちゃん達の一回目のワクチンに行ってきました。

子猫達初めてキャリーバッグに入れられて、車に乗せられて・・の初体験ばかり。往きは誰かが泣くと4匹の合唱(笑)でした。運転しているからそんなには構ってあげらませんが、なんとか到着。注射は獣医さんが手早く注射してくれて、子猫たち???と思ってるうちに無事終了。帰りは疲れたのかちょっと大人しくて助かりました。

体重も1キロと1.1キロですごく順調!!です。

(2014年11月24日)

昨日は全日本合唱コンクールが高松で開催されていたので、聴きに行きました。

さすがに各支部の代表の集合ですので、すごかったです。私は混声だけ聴いたのですが、それでも16団体が課題曲と自由曲を歌うのです。午後1時40分から5時50分まで休憩はありますが、びっしり真剣に聴きました。疲れましたが、勉強になりました。

そして順位発表は聞かずに帰ったので、今日結果を調べ、自分のつけた順位と審査員の順位がどれくらい違うか見てみました。やっぱり上手い!!と思った所は金賞を取っていて、ほぼ合致していました。

四国は合唱人口が少ないうえに、若い人達がなかなか入ってくれません。入りたいけど練習が厳しいし回数も多いから・・とか言われると、唖然としてしまいます。回数なんて週1回づつで月1回の強化練習があるだけなんですけどねぇ。

(2014年11月17日)

姫ちゃんが天国に旅立ちました。15才と7ヶ月でした。

彼女は優秀なお母さんで、たくさんの可愛い子猫を産んでくれました。彼女は乳癌を患っていました。私が発見するのが遅れたもので(涙)、もうすでにどこかに転移しているだろう・・という大きさでの発見でした。後悔するばかりです。

それでも結構元気でよく食べてくれていたのですが、ここ一ヶ月くらい前から、急に食欲が落ち、度々獣医さんで補液してもらったり、牛肉の生が好きなので毎日毎日買いに走りました。それも食べる量が減ってきてとうとうスープ類しか食べなくなりました。3日くらい前からは食欲廃絶、お水も飲みません。飲ませてあげようとしても嫌がって飲んでくれず、私は涙なみだでした。

この日は、たまたま動物取扱業の講習会があって、どうしても4時間くらい留守にしなくてはならず、出かける時に、「母ちゃんが帰るまで待っててよ」と念押しして出かけました。終わって急いで帰宅し、姫ちゃんの顔を見ると、私を見て「アオン」と小さく哭いてくれて、ああ良かった・・と撫でていると、急に痙攣が起こってまもなく呼吸が止まりました。私の帰るのを待っていたんですね・・・。よく頑張ってくれてありがとう・・と泣きました。

覚悟はしててもやっぱり辛い。今年はこれで4匹の老猫さんをなくしました。一ヶ月前にも死なれたばかりなのに・・。

猫の乳癌はたいてい悪性で、すごーく小さい時に発見すれば、手術して治る率が高いですが、ちょっと大きいと手術は成功しても何ヶ月か後に転移して具合が悪くなります。本当に恐いです。ところが猫さんによってはお腹を触られるのを嫌がる子がいて、なかなか思うように念入りに触れないんですよね。つらいところです。

私が泣いていても子猫たちが元気に足下にからんで来て、足に猫キック! 痛くてもすごーい慰めです。

(2014年11月5日)

11月2日新居浜市の芸術祭、3日は愛媛県の文化祭で今治市へと連日合唱団の出演でピアノ弾きました。ちょっと難曲で新居浜市の方はまあまあに弾けたけど、県の方はミスタッチが(トホホ)・・。もっと大きい手が欲しいと思いました。

音楽関係の人的なイライラがあって、ピアノに集中できなかった反省がありました。練習していて、ふと、その人の顔が浮かんで来たりすると、もうダメです。音が荒れて来ます。つくづく心穏やかで、豊かな気持ちでないといい音楽は出来ないなと思います。何十年も弾いて来ても情けないことにこんなものなんです。

子猫ちゃん達はどんどん大きくなり、お部屋の中を走りまくりです。歩けば足にからみ、寝ていたら私の身体の上をドドドっと走って行きます。慣れているので平気で寝てます(笑)

今日は写真をパソコンに取り込んでUPしようと奮闘しています。

デジカメを新しくしたら、操作が今までと違うので、覚えるのに一苦労。結局取説片手に、老眼鏡をかけて操作しなくてはいけない。ああ・・面倒臭い・・という訳でなかなか取りかかりませんでした。

そうもしてられないので、今日は頑張ります。


(2014年10月22日)

超久しぶりに更新です。

皆さんから更新がないですが、お元気ですか?とご心配いただきまして、ありがとうございました。身体は元気で相変わらずピアノと猫に毎日忙しくしておりました。

パソコンにもちょっと飽きた・・というのもあって、メールを見るのも一ヶ月くらいほったらかしの事も度々・・・まぁ急ぎの用事の時は携帯メールですませてましたので、不自由はなかったのですが・・・。

ところで、9月8日に黄金ちゃんが赤ちゃんを産みました。4匹、しかも女の子3匹に男の子1匹です。我家は何故かいつも男の子が多くてこんなに女の子が生まれたのは珍しいです。

今度の父猫さんは、私の師匠にあたる方が引退をするので引き取った、ローランという子です。アメリカでTICAのSGC.とCFAのGRC.のタイトルを取って来日したお坊ちゃまです。歳は取ってきてますが、カナダ(アメリカと書いてたらカナダですと御注意いただきました!!汗)のブリーダーさんからも繁殖はまだ止めないでほしいと伝言をいただいてたので、有り難く交配させてもらいました。

近々赤ちゃんの写真をUPしますので、見て下さいね。

それとは別に、我家の猫さん達の老齢化が進み、8月に16才半の子、10月初めにもうすぐ18才になる子に死なれました。寿命ですから仕方ないのですが、長い事一緒に生活した子に死なれるのは辛いです。今ももうすぐ16才になる子が闘病中で、気が抜けません。柔らかいものを少しずつしか食べないので、何度も何度も手を変え品を変えて食べてもらえるように、猫も私も頑張っています。


(2011年12月26日)
超寒いですね。子猫たちが風邪ひかないかと心配していたら、軽くかかったようです。食欲にむらが出てるし、時々鼻を舐めている。これは大変・・と獣医さんへ。
そんなに心配する症状ではないけど、子猫は体力がないので念のためです。

その往復はもちろん車ですが、まぁ泣くは泣くは・・ですが運転中は、かまってあげられません。私もつらい思いを我慢して、ひたすら運転に集中。
帰りは寝てくれる子が多いのに、1匹は泣き続け(トホホ)。

でも帰宅するとピタッと泣き止みました(笑) そしてお腹すいたらしくチャオのかつお節をパクついてくれたのでホッ。あ〜あ!! 疲れた私でした。

(2011年12月12日)
今週は一日おきに忘年会。
一回目は焼肉、二回目はフグ懐石、三回目は何が出るか知りません。
私は飲めない体質なので、もっぱら食べるだけ。もちろんお酒を持って皆さんのお席を回るなんて事は絶対にありません。座ったきりです(笑) それでも、みんなでワイワイ言ってる雰囲気が楽しくて好きです。

(2011年11月30日)
以前は猫さん達のご飯や砂はネットで購入する事が多かったのですが、最近は近くでネットより安い所を発見。買えば買うほどポイントも溜まるので、度々買い物に行ってます。何しろ一度にたくさん購入するので、ちょっとでも安い所はとてもありがたいです。5%オフの日にはいそいそと出かけます(笑)

それにしても、子猫たちの成長は速い。サークルから出たら、もう部屋の南から北まで走りまくり。まだ上手に物は避けられないので、危ない物はしまっています。
小さいので当たり前ですが、この足音がトコトコと軽くて速いトコトコなんですね!!大人達はドドドドッって感じで、下の部屋にまで響いてすごいですが、子猫のは「うふっ、カワイイ」とニコニコしてしまいます。

(2011年11月25日)
早く写真をUPしなくてはと思いつつ、時間がなくてまたまた一日延ばし。
やっと今日できました。
写真を並べてみると、毎度ですが子猫の成長の早さに驚かされます。トイレもしっかり覚えて、心配がなくなったので、あとはドライフードがバリバリ食べられるようになれば一人前です。

(2011年11月23日)
一昨日から赤ちゃん達のケージの前にサークルを出し、ケージから少し出られるようにしてあげました。
13日から始めた離乳食が進んで、トイレもちゃんとしているようなのに、私の見ている時には全くしてくれない。私が忙しくて、子猫たちに張り付いていられなかった事も確認が遅れた原因ですけど、黄金ちゃんが舐め取っている時もあるし・・で、トイレ使用の確認が出来るまでは・・と子猫たちには我慢してもらいました。やっと3匹のトイレ使用が確認できたので早速サークルの準備、子猫達は大喜びで出たり入ったり!! さてあと何日でサークルから自力で出て来るか・・1匹でも出て来るようになれば、いよいよお部屋デビューです。もうすぐですけど・・。

(2011年11月21日)
20日は第九の演奏会でした。新居浜公募合唱団と若手指揮者・高谷光信氏指揮の瀬戸フィルによる演奏会で、勿論私もソプラノで歌いました。結果的にはとても素晴らしく出来の良い演奏会になり、「こんなすごい合唱が新居浜で聴けるとは思わなかった」・・というようなお誉めの言葉をたくさんいただいて、出演者一同疲れましたが大満足の一日でした。
私は合唱のピアノ伴奏を引き受けていましたので、5月の練習開始から、毎週、皆勤賞でピアノを弾きに行きました。実のところ、もともとのピアノ曲を弾くのと違ってオケの曲をピアノで弾くのはとても大変で疲れます。しかも100人以上の人に負けないようにと、ついつい張り切って音を出すので、指が痛い!! 毎回小指にテーピングをして弾いてました。でも多くの皆さんから「ありがとうございます」と言ってもらえて、最後の日には花束まで頂いて、半年以上縁の下の力持ちを続けて(大変だったけど)、良かったと満足しています。

(2011年11月9日)
昨夜、女の子が生まれたところまで書いたら、猛烈な眠気に襲われてダウンしてしまいました(笑)。
久しぶりに三匹なので、オッパイに吸い付けるか見ていると、まぁ何とか吸い付いているので安心。これなら離乳まではママ猫さんの栄養さえ注意してればOK。私もお産の前後数日はゆっくり寝られなかったので、その後は熟睡できました。
子猫たちを見ていると、他のことは全て忘れてホンワカ幸せ〜!! です。もう目尻が下がりっぱなしが続いてます。

ところで、先日ひどい咳の風邪をひいてしまいました。その頃、昼夜の温度差が激しかったので多分それでだと思いますが、とにかく夜横になるとひどく出て眠れませんでした。お医者さんのお薬で今は殆ど咳は出なくなりましたが、考えてみると、ちょうど身体の疲れが溜まっていた時期でもありましたから、免疫力が弱まっていたのでしょう。人間の風邪は猫には移らないと言われてますが、それでも極力猫の方に向かっては咳をしないように心掛けました。それなのに、猫達の方からわざわざ覗き込みに来てくれるんですよね。いつもと違う様子にきっと心配してくれてたんでしょう。

(2011年11月8日)
原稿だけ書いて、そのままUPもせずに日にちだけが経過が二回(あ〜あ)。
あまりにも更新しないので、何人もの方から、お元気でしょうか・・とご心配のメールをいただきました。ありがとうございました。
身体はとても元気です。ずっと本職のピアノが忙しくて身体が疲れて、パソコンに向かう気力がなくなってました。

10月14日に赤ちゃんが無事生まれて、順調に成長しています。もうすぐ離乳の時期になってきたので、皆さんに見て頂かなくちゃ・・と眠い目をこすりながらの更新です。
今回のお母さんは黄金ちゃんです。初産で3匹入っているのがレントゲンで確認していましたので、無事産めるか!! 心配でしたが、お産が始まるとなおさらドキドキ!!!
赤ちゃんが出始めると「わぁー逆子だー」しかも大きそう、無事出るか?途中で引っ掛かったら私が引っ張って出さねば・・と胸はバクバク・手は緊張でブルブル(本当ですよ) 頑張れガンバレの緊張の中、スルリと赤ちゃんが出ました。さぁ黄金ちゃんはお母さんの務めをするかしら・・と、これまた緊張して見ていると赤ちゃんの袋を舐めて破り、胎盤も出て来たら食べ、へその緒まで無事に到達しました。(私は、初産の時に限り一匹目は母としての本能を邪魔しないように、母猫が自然な後始末をするのを見守ります。) 元気な鳴き声で大きな男の子です。
20分後二匹目の陣痛が始まりました。今度も逆子でしたが安産。ここからは私が産婆さんをします。胎盤がでたところで、私がさっと取り上げてへその緒を切り結び、胎盤は食べさせません。またまた元気な男の子。
30分後くらいに三匹目が逆子で生まれました。今度は女の子で先の二匹に比べると20グラムも小さいですが、動きは活発なので大丈夫。


(2011年5月21日)
15日に定期演奏会が無事終わりました。今回は体重管理に失敗して(といっても肥った訳でなく逆に痩せ過ぎちゃったんです)体力不足で貧血起こしそうになって、練習した後はフーフーいう有り様。前日にはお医者さんで点滴してもらいました。

お陰で当日は体力・集中力共にOK、細かいミスタッチはいくつかあったけど、自分としては笑顔で終わる事ができました。つくづく体重管理は大切だと痛感したことでした。

3月11日の大震災・・・。本当に言葉も出ませんでした。ちょうどテレビを見てたので、私の地域は地震もほとんど感じなかったけどこれは大変な事になった・・と不安にかられてテレビに釘付け。そして大津波警報!! ほとんど日本全域に津波警報が出てる・・恐怖でした。こんな事は今までなかったのに・・と見続けていると大津波の襲来。目を覆いたくなる光景。大勢の方が亡くなりすさまじい被害、テレビで「映画のシーンを見ているようです」というような事を言ってたアナウンサーがいましたが、私も正直とても現実とは思えない光景でした。
被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げます。

実は前日(10日)に、なんなのこれ!!! という事があって、むしゃくしゃしてたんです。私が何かしたわけでもないのに相手の先走った邪推から、一方的に批難され、絶交状を送りつけられたのです。別にその人と付き合わなくても何も困ることはないのですが、やはり気分が悪い。文章は慇懃無礼で自分の言いたい事だけ書いてあるし、こちらの言い分は一切受け付けないという内容で、何とも気分の悪いものでした。

しかし、11日の大災害は、そんな事を吹っ飛ばしました。
幸運にも私の地方は何の被害もなく普通に生活ができる、普通という事の何とありがたい事か!!! 小さな事で時間を取られている暇はない。毎日、自分の出来ることを、信念を持って精一杯行動していかねば・・・。
幸いにも私にはたくさんの仲間(音楽も猫世界も)がいる。長く付き合って私を分かってくれている方達ばかり。ありがたい事です!!!

とはいうものの、毎日テレビで災害の報道を見た後では、ピアノを弾くのがとても辛かった。曲目の一つに「生きる」という曲があったのですが、特にこの曲を弾いている時は涙が出て仕方ありませんでした。生きたくても命を奪われてしまった多くの方々の無念を思うと「生きる」の歌詞が胸に突き刺さりました。

こんな事をしていていいのだろうか・・、もしあんな事になったら猫達をどうしたらいいのだろう、この子は連れて行くがあの子は置いて行くなんて選別は出来ない。みんな大切なんだもん。一緒に死ぬしかないかなぁ・・とか悲しい想像ばかりで、しばらくはピアノに集中できませんでした。

(2011年2月25日)
久しぶりの更新です。
色々あって、更新・・というかパソコンに触るのが億劫で・・。メールだけは迷惑メールが溜まってきて、仕方ないので一週間に一度くらいチェックして終わり。

ピアノの方は、また5月に定期演奏会があるので、そろそろ練習に馬力がかかり始めてます。

12月に家の塗装をしました。築20年過ぎたので外壁がかなり痛んでて、樋もガタガタ。知り合いの業者さんに頼んだので、ていねいな仕事をしてくれました。外だけは新築みたいになったけれど、今度は中の古さが気になります。でも住むのには問題ないし、子供の時からの思い出もあちこちに色々あるので、このままでいきます。



(2010年6月11日)
久しぶりに妹と二人で映画を観に行きました。
愛媛、それも隣の市が舞台の「書道ガールズ」です。なかなかに面白かったです。
ずっと閉じこもってた反動から、ショッピングと外食で連日お出かけ。頑張った自分に御褒美・・と言い訳をしつつ楽しんでいます。来週からはまた新しい曲に取り組む予定ですので、今の内に(笑)です。


(2010年6月7日)
昨日は私がピアニストをつとめている新居浜混声合唱団の定期演奏会でした。
このためにこの3ヶ月くらいはほとんど閉じこもり状態で練習に励んでおりました。今回は組曲が2曲、しかも超難曲と古典的大曲です。(合唱をしてる人でないとわからないでしょうが千原英喜の「銀河の序」と高田三郎の「水のいのち」)
練習に励みすぎて左手の小指を痛めてしまい、毎晩シップして、テーピングをして練習・・と苦心しました。
自分としてはやるだけの事はやったので、あとは舞台を楽しもう・・、そしていかに平常心で弾けるか・・だと思ってました。
お陰さまで、自分でもいい演奏が出来たと思います。いつも厳しい批評をして下さる方たちからも大変なお誉めの言葉も頂けて良かった。
何よりも嬉しかったのは、合唱団の歌と指揮の先生との一体感を味わえた事でした。(水のいのちを振って下さったのは高田三郎の直弟子で有名な指揮者である須賀敬一先生) こういう感覚はめったに味わえません。団員一同大興奮の渦でした。お客さんにも曲の心が伝わったようで、何人もの方から「涙がでました」と言っていただけました。
またこういう感動を味わいたいと思うとやめられないんですよね。


(2010年5月11日)
今日は新居浜市の文化センターに「NHKベストオブクラシック」の録音演奏会を聴きに行きました。テノールとソプラノの二人が歌い、ピアノ伴奏は私の数年後輩の人です。演奏はとても素晴らしかった。ホントに久しぶりに聴きがいがありました。
惜しかったのは聴衆の拍手が変な所で入ったのが何度もあり、おまけに曲が終わって拍手・・のタイミングが一瞬早いんです。素晴らしい演奏であればあるほど、一瞬のその余韻を楽しんでから拍手・・になってほしかった。
だいぶ以前の事で、たしかゲルバーのピアノリサイタルだったと思うのですが、その時もゲルバーの演奏が素晴らしくて最後の曲もブラボーでした。ところが聴衆の何人かがピアノの音が消えきらない内に拍手しちゃったんですね。ハッと思いました。私もピアニストですので、演奏者の気持ちはよく分かります。気分を害してないかなぁと心配してたら、やっぱり気を悪くしてたようで、通常は演奏するはずのアンコールはなしでした。皆盛大な拍手を続けたんですけどね、残念ながら・・でした。
音楽はすべて最初の1音から最後の音が消えるまでがひとつの音楽と思って聴いてくださるといいんですけど。


(2010年3月27日)
今日は皆で大阪へ大相撲を見に行きました。
チャンスがなくて今までナマで見た事がなかったので興味津々で行きました。
お相撲さんが入り口から入る時、ごく近くを通るので自分との大きさの違いに
ヒェー!! こんなに大きいの!! と驚いたり、引退した有名力士さんたちが、
たむろしてたばこを吸ってるのを見たり・・と面白かった。
何よりもテレビを見てるのと違うのは、ちょっと他の事に気を取られていると、取り組みがいつの間にか終わってたりした事。力士の紹介はあってもテレビみたいに「さぁ時間です」なんて案内はないので油断出来ない。
しかしやっぱりナマの臨場感はすごかった!! 興奮しました。
国技館へ行ってみたいけどさすがに遠くて面倒なので、来年もまた大阪場所を観に行こうと思いつつ帰途につきました。


(2010年2月19日)
今年もまた動物取扱業の講習の日が来ました。毎年のことですが、今回は会場が変わって何か雰囲気が違います。来ている人はやはり犬のブリーダーさんが多いのですが、女性が多くて気が楽でした。(いつもはショップ関係の人的なおじさんたちが陣取ってる)
無事終わって更新完了。最近は忙しくて、ろくに繁殖もしてないけど、資格だけはきちんと取得して居ます(笑)


(2010年1月11日)
今日は私の誕生日。毎年あまり嬉しくもない・・と言いつつ、お食事会で盛り上がりました。とにかく健康で過ごせている事に感謝です。

子猫ちゃんは散々迷った揚句、とうとう我家に残すことにしました。どうしても雅ちゃんの生まれ変わりという感覚が抜けなくて、他所に譲る気になりませんでした。
名前はこがね(黄金)ちゃんと名付けました。この子の未来が黄金色に輝くようにと今まであまり付けた事のない名前にしました。元気で走り回り、私の手にじゃれついて可愛いです。


(2009年12月25日)
今日はミニクリスマスコンサートの本番で、新居浜の科学博物館へ。コンサートは響きがとても良くて気持ちよかった。終わってからレストランでバイキングの食事。これが美味しくてちょっと食べ過ぎてしまった。12月は私でも忘年会がいくつかあって、多少胃が弱り気味。お酒は飲めない分、食べるのが大好きなので・・(笑)

(2009年12月12日)
赤ちゃんの離乳食も順調に進んで、そろそろトイレを自力でするはず・・と観察しているのにいっこうにしてくれない。どうもシッコはまだママが舐め取っているみたい。ならばウンチは?と思っていると、ちょっと部屋を空けた間に出したらしく、トイレの横やら親子のベッドのあちこちにウンチが・・。良かったよかった、ちゃんとトイレで自力で出そうとしたのね・・と一安心。初めはどの子もあちこちを汚すので、臭いが残らないように後片付けをしておしまい。次はもっと上手にするでしょう。

(2009年11月8日)
理奈ちゃんの出産予定66日目。そろそろだと夜も寝ずに注意していると、7時前くらいからハッキリとした陣痛が来た。準備万端いつでも生まれていいよ!! と思っていると、30分もしない内に産み始めて、逆子だったけど無事安産。1匹しか入っていないのはレントゲンでわかっていたので、気分的に楽ちん。久しぶりに女の子の誕生、嬉しいな!! とニコニコ。睡眠不足での疲れも吹っ飛んだ。
赤ちゃんは不器用ならしく、なかなかオッパイに吸い付けない。哺乳した方がいいかな・・と迷っていると1時間くらいしたら吸い付いていた。でもあまりオッパイの出が良くないあたりに吸い付いている。1匹でどこでも吸い付けるのに、よりによって吸いにくい所に・・と思わず苦笑い。まぁ、その内あちこち吸うようになるでしょう。
この子は8月に亡くなった雅ちゃんの孫です。女の子なので、すでに私の心は雅ちゃんが生まれ変わって我家に戻って来たような気になってます。
自分の歳も考えて子猫はなるべく残さないようにしているのですが、生まれたばかりから残さないようにできるかどうかと不安(苦笑)。

(2009年10月17日)
今日は高校の同期会がありました。高校卒業して40年あまり。
卒業以来初めて会う人が大半です。名前と顔が結びつかなくて不安な気分。
それでも見てすぐに分かる人も!! (よかったぁ。)
自己紹介で、女性は「親の介護をしています」という人の多い事!! そういう年代なんですよね。男性は仕事が定年になってわが町にリターンしてきた人が何人もいて、何か嬉しい。某有名企業の社長になってる人とか、社長も何人もいて、へぇー!!の連続。みんな、この40年余それぞれに頑張ったんだな・・と感慨無量。
私もピアニストを続けている事と猫の事を話しました。同期生というのはいいものです。今がどんなに違う環境でも、ちょっと話すと昔のあだなや呼び方に戻ります。高校時代に戻ってペチャクチャ、楽しい時間を過ごしました。
実は16日から18日まで新居浜の太鼓祭りです。(勇壮華麗なお祭りです)
私も毎年和太鼓のドンデンという音を聞くとワクワクします。新居浜っ子はみんなです。同期生からお祭りの時に同期会を開いてほしいという提案があって今回の企画になったそうですが、アメリカからわざわざ帰って来た人もいるくらいで、いい案だったようです。幹事さんは同期で結婚しているご夫婦がしてくれましたが、ホントに大変だったと思います。楽しい思いをさせてもらえて幹事さん達に感謝でした。

(2009年10月1日)
理奈ちゃんの妊娠がやっと確認できてニコニコです。
今年はピアノの練習と老猫・病気猫さんの世話が続いて、出産は控えてました。
先月久しぶりに交配してみたものの、妊娠がハッキリするには一ヶ月は待たなくては・・でスッキリ判明しました。
11月の5日あたりから予定日に入る計算。赤ちゃんの顔が一年ぶりに見られると思うと今から楽しみです。

(2009年9月24日)
7月に新たにTVを買い替えたり、エアコンも古くなったのでそれも買い替えたりしたので、エコポイントの申請をしました。7月に買ってからチラッと見て面倒そうでほっといたのですが、さすがにぼちぼち申請しましょうか・・と取りかかりました。
しかし、政府に出す書類って何か緊張しちゃいます。必要書類を貼るのも、これで良いのかな?と不安にかられながらの作業。
まぁ、何とか提出したので、一ヶ月後あたりにポイントが戻ってくるでしょう。それで何を手に入れるか楽しみです。

(2009年9月3日)
8月25日初めて脳ドッグを受けてみました。
別に症状があった訳ではないですが、そろそろ受けてみるのも必要かと受診。
そして、今日その結果を聞きに行って来ました。
ウフフ・・いい結果に思わず微笑んでしまいました。
とてもいい状態ですよ・・と担当の先生にほめて頂きました。

(2009年8月20日)
8月14日、雅ちゃんに死なれました。13才と8ヶ月でした。
彼女は5月中旬に乳癌の手術をしました。彼女の場合はしこりはなくて、オッパイが妊娠時のようにピンク色になりました。獣医さんが触るとピュッとお乳が出たりして、乳腺炎ではないかという事で安心してたのですが、どうも食欲が減退しているし、様子がいつもと違うので、再度獣医さんへ。手術したらはっきり判ると決断。術後、獣医さんから暗い顔で「よくないです」と告げられて大ショック。検査結果は、もうリンパにも転移が認められる・・と最悪でした。
それでも6月中頃まではなんとか元気で傷跡もきれいに治り、ちょっとホッとしていたら、次第に食欲がなくなってきました。とにかく食べてもらおうと好物を続けてあげるとまた食べなくなる。このままでは衰弱してしまうので、高栄養の物を強制的にお口に入れて食べさせました。彼女は大人しい性格でいやがらずになんとか毎回食べてくれました。  それでも次第に衰弱してくるのが目に見えて判ります。獣医さんからは最後は肺にくるから・・と言われていたので、呼吸の状態は注意深く観察。
7月末くらいから、いつ異変があってもおかしくない状態になってしまい、私はなるべく出かけないように予定もキャンセルしてずっと見守っていました。
本当に呼吸が苦しそうで、いっそ安楽死させてやった方が楽なのではないか・・とも悩みました。苦しんでいるのを見るのは辛い!! 涙とため息ばかりの毎日でした。
でも雅ちゃんは苦しくてもなんとか食べてくれましたし、意識がはっきりしてて、ずっと私を目で追っていました。まだまだ頑張るよ!! と言ってるみたいでした。
そして14日、いよいよ意識も朦朧として来たので私も覚悟し、ずっと撫でていました。3時半ころ、急に閉じていた目を開け、私を見てシッポをかすかに動かし、それから痙攣がおき呼吸が止まりました。
その時の事を思い出すと今も涙が止まりません。きっといつまでも忘れられないでしょう。優しいしっかりした子で、子育てもとても上手でした。
翌日霊園でお骨にしてもらいました。きっとこれからも彼女は我家の猫さん達をあの優しい目で見守ってくれる事と信じてます。

(2009年5月11日)
昨日は我が新居浜混声合唱団の定期演奏会でした。昨年は演奏会一週間前になって、猫達の喧嘩の仲裁で手を噛まれ大変な思いをしたので、今年は用心しながらの接し方に徹しました。今年は超難度の曲があって、毎日閉じこもって練習に励みました。
ピアニスト泣かせの曲と言われるだけあって、弾いても弾いてもなかなか満足に弾けません。おまけに合唱と合いにくい。たいてい私は本番の前になると度胸がすわる方で、大きなプレッシャーは感じないのですが、今回だけはそうもいかず、合唱とピッタリ合わせて弾けるか? というプレッシャーで食欲も減退、夢にまで見る始末。
でも昨日、舞台に出るといつものくそ度胸でなんとか無事に演奏できました。

そして演奏会の後はお決まりの嬉しい楽しい打上げ会。
その前に一度帰宅して猫さん達にちょっとおやつ。みんな喜んでパクパク食べてくれました。そして打上げ会から二次会まで参加して夜中12時に帰宅。さてお待たせと猫さん達の夜のお食事です。お部屋に入ってショック。美美ちゃん(15才)が亡くなっているではないですか(涙)。最近は痩せ衰えて、もうあまり長くないかも・・と覚悟はしていましたが、こんな急にとは・・・。昨日も夕方のおやつの時は美美ちゃんには別メニューをあげたのですが、喜んで食べてくれたので、まさかそんな急に亡くなるとは夢にも思いませんでした。どうもお水を飲もうとして倒れた様子だったので、心臓麻痺でも起こしたのか?と思います。
昨日は演奏会当日という事で私はどうしても一日近く家を明けます。その留守中に逝ってしまったのが、不憫で不憫で涙があふれました。二次会に行かずに帰宅していれば最期に間に合ったかも・・と思うとまた涙。
もし、亡くなったのが昨日でなく一昨日だったら、私はかなりなパニックになっていたと思います。毎度ですが明日が本番という日はリハーサルやら気持ちの整理やらで実際には猫さん達をかまっている余裕はない。そんな時に危篤・・なんて事になっていたらどうなったか想像できません。
全て終わった後だったので、ショックは大きいけど美美ちゃんを十分愛おしむ事が出来ました。逝く日を選んでくれて美美ちゃんは親孝行をしてくれたようなものです。

(2009年4月15日)
今までピアノなどの録音に使っていたMDが最近調子が悪い。もう10年も使ってるので仕方ないですが・・。この際だとICレコーダーを買いました。取説を読むのに老眼鏡をかけて一苦労。なんとか録音できるところまでこぎつけました。音質はなかなかよろしい。時間を気にしないでいくらでも録音できるし、小さくて軽くて持ち運びも便利。もっと早く買えばよかった・・です。

最近のオーナーさん達はブログで猫さん達の紹介をしてる方が多いですね。
我家から行った子猫たちの何匹かは成長した姿をブログで見る事が出来ます。3月末に名古屋へ行ったドルチェ君もブログに毎日写真がUPされてて、幸せそうに暮らしているのを見ると嬉しくなります。ありがたい事です。

(2009年4月13日)
由子ちゃんの経過は順調で、ちょっとホッとしています。油断はできないですけどね。私の飲んでる水素の錠剤を少しずつ飲ませてみようと思います。

ところで先だって1台地デジ対応のテレビに買い替えました。すっごーい画面がきれいで、アナログの方を見るとあまりの差にガクっと来ます。あと2台の内、1台は5年くらい前に買った液晶なのでもったいなくて、チューナーを付けました。画面はサイズが小さくなったけど画像はきれい。これも良し!!と自己満足。残り1台は以前使っていたテレビデオのような録画が簡単に出来る物を購入しようと思ってます。
これはもうちょっと先まで検討してからの予定。
別に頼んでもないのに、勝手に地デジなんて決められてお金もかかるのに・・とプンプン怒ってましたが、実際に地デジにしてみるときれいだし情報もすぐわかる。
怒っていたのもどこへやら!! 勝手なものです。でも結構費用は要るんですよね、仕方ないですけど。

(2009年3月29日)
昨日、理奈ちゃんの子が名古屋のオーナーさんのお宅に行きました。
とても甘えん坊でかわいい子で、多分新しいお宅でもすぐに懐くと思うのでそんなに心配はしてません。
オーナーさん御夫婦が駅までお迎えに来て下さってて、(お名前はドルチェと決まってました。)ドルちゃんの顔を一目みて「かわいいー」と喜んで下さいました。中年の落ち着いたご夫婦で、安心してお渡しできました。私はトンボ帰りです。名古屋駅に2時間しかいませんでした(笑)。

(2009年3月9日)
先日、由子ちゃんのオッパイの横になにやらしこりを発見。すぐに獣医さんに診せると乳癌でしょう(ガーン!!!!)との事。今日手術しました。由子は先年やはり乳癌で亡くなった優ちゃんの娘です。親子だから体質が似てるのでしょうか。かなりショックでした。
優ちゃんの時、獣医さんは「切っても地獄、切らなくても地獄です」と覚悟を促すように言われましたが、ホントにそうでした。亡くなった後も、どうせダメになるのなら痛い思いをさせなければ良かった・・と後悔したり、いやいや少しでも望みをつなぐためだったのだから・・とか、いろんな思いが交錯して辛かった。
由子はまだ初期なので望みがあるし、年令も9才で体力的にも頑張ってくれるだろう・・と思って決断しました。
手術は無事終わりましたが、かなり広範囲に切除したので、その姿の痛々しい事。
涙が出ました。麻酔が覚めて帰宅。夜には食欲が出てよく食べてくれました。
良かったよかった(涙)。しばらくお注射に通います。優ちゃんの時の経験から癌の傷口はなかなか治りにくいのは分かっているので、気長に頑張ります。

(2009年2月13日)
動物取扱業の更新のため講習会に出かけました。相変わらず猫のブリーダーはほとんどいなくて、大半がワンちゃんとペットショップ関係の人でした。それにしても私のキャッテリーネームは難しいようで、免許証明書をもらうのに係りの人が読めなくて何度も聞き直されました(笑)。

(2009年1月11日)
今日は私の誕生日。皆でステーキを食べに行きました。最近は歳のせいかお肉をたくさん食べると後で胃がもたれる事が多いので、お魚中心の生活。焼肉屋さんでも以前は一緒に食べてる人がびっくりする位のチビの大喰らいだったんですが(ホントです)、今は残念ですがなるべく自重してます。でも珠にはステーキもいいね!!という事で高速に乗って食べに行きました。美味しかったです(ムフフ・・)



(2008年12月22日)
昨日理奈ちゃんが出産しました。1匹なのは分かっていたので、「今回はすぐ終わるよ。頑張ってねぇ」と声かけしてました。とても安産でかわいい男の子が生まれてくれて産後も順調です。オッパイも十分でているので赤ちゃんは一度も哭きません。
私も安心して眠れます。

(2008年12月11日)
昨日は大阪へ。実は新しい女の子が来る事になってお迎えに行きました。
3ヶ月で、とてもきれいなお顔です。早く我家に馴れてくれるように猫可愛がりしなくては(笑) その内写真をUPしようと思ってます。
お名前は真央ちゃんになりました。怖がってケージの中でちっちゃくなってます。
なでようとするとビクビクしてかわいそう。まあ、昨日来たばっかりですから仕方ないです。でも食事はちゃんと(用心しながらですけど)食べるので、心配はなさそう。

(2008年11月22日)
11月はコンサート出演が2つあって、練習に追われました。9日のコンサートの方は自分でも十分満足できる出来で、まだまだやれる!!という自信がつきました。
昨日の方は、会場の暖房が急に故障したというハプニング。私は肩出しドレスなので、どうしよう・・。直前まで控え室で暖まって(控え室は暖房が別になってたので良かった) いざ舞台へ。ライトがあるとはいえ、やはり寒い!!! 最初は大丈夫だったけど最後の方は腕が冷たくなってガチガチ。でも何とか終わってやれやれ。心配した割にはうまく弾けたと思う。ああ疲れました。

(2008年10月26日)
金木犀の香りがし始めると、「さぁお祭りだぁ!!」とワクワクする新居浜の秋祭り(太鼓祭りといいます)も終わり、あとは冬に向ってまっしぐら・・と感じさせられる今日この頃。
11月に2つのコンサートを控えているので、ほとんどピアノの部屋に閉じこもり状態の毎日。9日のコンサートではチェロの方との共演があります。久しぶりに上手いチェロを近くで聴くと感激です。足を引っ張らないように伴奏がんばらねばと張り切ってます。

(2008年9月1日)
なかなか出来なかった、旭君のページをやっと作りました。
今の子猫たちのパパなのにページがなくて、旭に申し訳ない気持ちでした。
簡単なページの割には、時間がかかって・・。すっかり作り方を忘れてて、度々
説明本を読んだりするもので(苦笑)なかなか進みませんでした。

(2008年7月14日)
昨日は大阪の豊中混声合唱団の定演を聴くために大阪へ行きました。演奏会は素晴らしいものでした。
それにしても、暑かったです。シンフォニーホールまで5分くらい歩く間に汗びっしょり。演奏会のためだけに行くので、もちろん日帰り。夜11時半ころ帰宅しましたが、今日は疲れて寝てばかりです。


(2008年6月20日)
6月15日、優ちゃんが亡くなりました。15才半でした。昨年11月末に乳癌が見つかり手術。手術は無事済みましたが、転移してる可能性が高い・・と言われていたので覚悟だけはしてました。立派な体格だったのにだんだん痩せてきて、どうみてもどこか内臓に転移してるのは明らかです。獣医さんとも相談した結果、このまま静かに見守ることに・・。

食欲は旺盛で・・というか本能でしょうか、身体が痩せてくるにつれ、すごく食べたがりました。食べてくれてる間は大丈夫・・とお腹をこわさないよう色々工夫して食べてもらいました。6月に入って痩せ方がひどくなり、5日あたりから食欲もちょっと落ちて来ました。実は私は合唱団の定演があって、8日は側にいてあげられません。優ちゃんに「お願いだから、もうちょっと頑張ってね!」と励ましたら、調子が上向いてまた食欲が出ました。私の言葉が判るのか?と嬉しかったです。

でも、良かったのは12日くらいまでで、だんだんヨロヨロしてきて寝たきりになりました。それでも意識ははっきりしてて、ずっと目で私を追ってます。11日に生まれた赤ちゃん達のケージの隣に優ちゃんに入ってもらって、交互に見られるようにしました。もうすぐ命の灯が消えようとしている子と、生まれたばかりの小さい命たちが並んでいるのは何とも言えない生命の営みを感じさせられました。
最期はとても静かに苦しまずに逝きました。優しい子で母性本能のとても強い、いいお母さんでした。きれいな娘たちと孫たちを残してくれました。優ちゃん、長い間一緒にいてくれてありがとう!! の気持ちで一杯です。


(2008年4月14日)
6日のコンサートが無事終わり、ちょっとだけ一息ついてます。でも次は6月8日に合唱団の定期演奏会があるので、またまた練習に追われる事に・・。歳をとってくるとコンスタントに指を動かしてないと(さぼると)回復に時間がかかる。なので、毎日練習するのですけど2、3時間弾いて指が調子よくなったころから今度は体力が持たなくて、目も疲れてのどはカラカラ・・。何度も休憩を取りながらになります。ピアニストも体力勝負です。まあ実際ピアノを弾くのは運動をするのに似てて、根をつめると自然にダイエットできます。
ピアニストですごく太っている人ってあまりいませんよね。

昨日久しぶりに松山へ行きました。話題になっている「人体の不思議展」と「藤城清治の影絵展」を見ました。
両方ともすごかった!! 人体の方は、本物の身体を特殊処理をして展示されていて、ちょっと複雑な気持ちに・・。でも自分の身体の事が少し判りました。
藤城さんの影絵は前からファンだったので、とても楽しかった。猫がいる作品もたくさんあったし、グランドピアノもきれい! グッズを買い込んで帰りました。二つも回ったので疲れましたが、いい息抜きでした。

子猫たちは離乳食もよく食べ、部屋の中を走り回ってます。私が疲れて横になっていると、いつの間にか側に寄り添って寝てます。
カッワイイ!! と思わず抱きしめて、なでなで。幸せを感じる時です。

(2008年4月1日)
2月25日に花音ちゃんが久しぶりに出産したので、更新しなくてはと思いながら、時間がなくてまた延び延び。
2月17日のコンサートが無事に終わってホッとする間もなく、今度は4月6日にもうひとつコンサートが控えてるので練習に追われている訳です。

花音ちゃんは、お産は二匹で逆子でしたが、安産でした。問題は花音ちゃんのオッパイがあまり出ない事。前のお産の時もほとんど出なかったけど、ちょうど蕾ちゃんが早産した後だったので、蕾が喜んでオッパイを飲ませてくれて、無事成長しました。
今回はそうは問屋が卸さない・・で、蕾も知らん顔。他のママ猫さん達もプィッ!! で、仕方なく私がせっせと哺乳しました。花音ちゃんも少しは出るのでお腹がすくと花音ちゃんのオッパイにしがみついていますが、哺乳しないと体重が増えません。十分な量は出てないらしい。立派な体格なのにどうしてでしょうかねぇ。由子も体格はいいのにダメなんですよ。むしろ比較的小柄な蕾や雅はよーく出ます。不思議なものですね。

(2008年2月28日)
昨日、動物取扱業の講座に行ってきました。ほとんどが犬のブリーダーさんやショップ関係の方ばかりで、猫は私一人。猫の人と犬の人は雰囲気が違うなぁ・・と感じながら、講座は無事終了。
その中で、生まれてまもない子猫を連れたまま捨てられた猫の写真を見せられて、涙が・・。もう何日かすれば殺処分される運命の母猫。子猫にオッパイをあげながら何を思っているのか・・可哀相でかわいそうで・・。ちょうど我家は花音ちゃんの出産があって、子猫誕生の感激を味わったばかり。同じ猫なのに誕生を喜ばれない猫もいる現実。捨てる人がいる限りこういう犬猫はたくさんいる現実。我家の猫たちを守るのに精一杯で、そういう子たちに救いの手をさしのべる事もできない自分の現実。複雑な気持ちです。

(2008年2月4日)
若が亡くなって、大きなケージが空っぽのまま。一度は解体することも考えたのですが、頑丈なケージを解体するのも惜しい。49日が過ぎるのを待って、若のスプレーの跡をお掃除、内装(後ろが板張り)を貼り替えたり、床面のクロスを貼りかえたりしてきれいにしました。(私には大仕事で疲れました。)
色々考えた揚句、旭くんをお引っ越しさせる事に決定。今のケージより広いし、長生きした若ちゃんにあやかるよう願っての事です。旭くん、最初は当然あちこちクンクンしてましたが、すぐにゴロン、ピーっとスプレー、爪研ぎと喜んでくれてます。お掃除のかいがありました。


(2008年1月21日)
2月17日に、私達の合唱団が指導して頂いている指揮者の須賀敬一先生の「喜寿のお祝コンサート」が伊丹ホールであります。私もピアノを弾かせてもらうので、大阪に何度か行きます。昨日もそのため大阪に行きました。行きは良い良い・・帰りが、なんと大雪!!! 
四国ではめったにない降り方で、大交通マヒ。夜8時頃には帰る予定でしたが、帰れません。夜中の2時半くらいにひざ小僧まで雪に埋まりつつ、必死で踏みしめながらやっと帰宅。新居浜は何十年ぶりかの雪景色でした。
猫たちは私の帰りを首をながーくして待っててくれてました。
自然には勝てませんねぇ。

(2008年1月14日)
年も明けて早や2週間。色々な事があったので、書かなくては・・と思いつつやはり毎日バタバタと過ぎてしまいます。

11日にはめでたく還暦の誕生日を迎えました。大きな病気もせずにここまで来れて良かったと思うし、これからも頑張ろうと改めて思いました。家族たちがお祝に何か赤い物をプレゼントしてくれるというので、ハンドバッグを買ってもらいました。さすがに真っ赤ではないですが気に入った物があったので大喜びで買ってもらいました。

11/30に最長老だった若ちゃんが亡くなりました。老衰です。
17才半でした。年令からいうと大往生ですが、永年一緒に暮らした子がいなくなるのは辛いです。
若が死んだ次の日、不思議な事がありました。午前中に来客があり、話し中に突然はっきりと「にゃーん」という鳴き声がしました。その場所は我家の他の猫たちの声が聞こえる場所ではなく、外の野良猫さんの声でもありません。はっきりと室内で響いたのです。「あれっ、今にゃーんって言いましたね」とお客さまも言ったほどはっきり聞こえたんです。もちろん猫の姿はなしですよ。その時は何だったのだろう?くらいにしか思わなかったのですが、午後に霊園に行こうと支度をしてる時、あの声はひょっとして若が私に「かあちゃん僕はお空に行くよ、バイバイだよ」と言った声だったのか!!と思い当たりました。それしか考えようがありません。そう思うともう滂沱の涙でした。ホントに今でも書きながら涙が出ます。
ひょっとしたら、今まで亡くなった子たちも私に一声かけていってくれたのかもしれない・・。私がにぶいから察知出来なかっただけかも・・。霊感がないのが残念です。


(2007年10月14日)
理奈ちゃんの子達と雅ちゃんの子がやさしいオーナーさんのお宅に行って子猫がいなくなり、家の中は大人猫だけ。暑い毎日も続いていたので、猫達は夜まではみんな伸びーして寝てました。ホントに今年も暑かった!! しかもいつまでも暑い。10月に入っても昼間は暑くてエアコンをなかなか消せません。さすがに夕方からは涼しくなってホッとします。猫さん達は、夜になると元気になって大運動会を毎日繰り広げてます。みんな体調も崩さず乗り切ってくれたようです。

9/10に姫ちゃんが無事4匹を産んでから、哺乳の必要もなくて順調に大きくなってくれてます。お目目が開いてからは特に可愛くて、体重を計りながら頬ずりする毎日でした。離乳食もよく食べてくれるし、トイレも全員してるのを確認。今日はサークルを出して、行動範囲を広げてあげました。順調なのが一番嬉しい。

今週、16日から18日はこちら新居浜の秋祭りです。近くの自治会館で練習している太鼓のドンデンドンという音を聞くと、新居浜っ子はみんな胸がワクワクするんです。市民はお祭りの3日間朝から夜まで、市内のあちこちに出ている太鼓台の追っ掛けをします。もちろん私もです。

(2007年6月21日)
何やかやと用事に追われてHPの更新もままならず・・で今日までほったらかしになってました。
理奈ちゃんの子猫たちは順調に成長してくれて、もう二ヶ月。
雅ちゃんの子も離乳食を開始しました。ホントに毎日が早くて、この分ではあっという間に年末か? その前にあっつーい夏がありますねぇ。今年は四国も雨が少なくて松山は渇水の心配で大変みたいですが、幸い新居浜は地下水が豊富で今まで水不足になったことはありません。ありがたいことです。


(2007年5月17日)
明け方から雅ちゃんの様子が変なので、そろそろか・・とずっと観察。11時ころから強い陣痛が始まり、何度目かの陣痛のうちに赤ちゃんの口が見えて来たので、良かったぁ! 逆子じゃない! と思ったらスルッと出てくれました。さすがに大ベテランの雅ちゃんです。
いつもは子猫の面倒をよくみるママさんなのに、今回はなぜか産後落ち着かなくて赤ちゃんが泣いてるのに産箱に入ってくれません。娘の蕾ちゃんが一緒だと落ち着いて子猫の面倒をみるので、産箱を大きい物に変えて仲良く入ってもらいました。大人猫2匹に生まれたての赤ちゃんでは、つぶされないかと心配でしばらく目が離せなかったですが、さすがに2匹ともそんな事はなく代わる代わる赤ちゃんを舐めてあげて世話をしてくれました。
蕾ちゃんは前にも花音ちゃんがオッパイが全然出ない時、代わりに授乳してくれたり、とにかく優しい子でありがたい存在です。

(2007年5月14日)
昨日は新居浜混声合唱団の定期演奏会でした。無事終了して、今日は一日猫たちとゆっくりするつもり。
今年は結構大変だったんです。高田三郎先生の合唱組曲2曲のピアノの他に、デュリュフレ作曲のレクイエムのオルガンを弾いたので、練習に追われました。オルガンとピアノでは筋肉の使い方が違うので、使い分けに慣れるために毎日猛練習をしました。おかげで3キロ自然に痩せまして、着られなかった舞台ドレスが入るようになりました(笑)が、ホッとしたのでリバウンドも早いでしょう
(またまた笑)。

(2007年4月25日)
21日に理奈ちゃんがお産をしました。2匹なのは分かってましたが、こればっかりは始まってみないと・・と毎晩ゆっくり眠れず気にしてました。いざ始まると、実に安産で赤ちゃんは100グラムと110グラムと割に大きかったのに、楽に出してくれました。
赤ちゃんも元気でオッパイにしがみついています。母乳はよく出てるようで、毎日20グラムぐらい増えてます。

我が家はこのところ春香ちゃんが空振り、花音ちゃんが1匹だったのに死産、と8ヶ月ぶりの赤ちゃん誕生なんです。

赤ちゃんが私の元気の元になっているなぁ・・赤ちゃんの顔を見てるとその日の疲れがどこかへ飛んでますからね。

(2007年1月11日)
今日でまたひとつ歳をとりました。
でも気持ちはずっと40くらいのつもりでいます(笑)。

子猫たちがみんな行ってしまって、今は大人猫だけ。すっごく静かな感じがします。子猫たちは寝てる時以外はトコトコ走り回ってますけど、大人は一日中寝てることが多い。あのトコトコが聞きたいなぁ・・。



(2006年12月20日)
もう少しで2006年も終わり。最近一年がホントに速くなりました。
歳を取るといろんな経験をするので、一年が速く感じるんだそうですね。年が明けると、また一つ還暦に近づきます。(トホホ・・)

ところで、一ヶ月程前、子猫を連れて東京へ行ってる途中で、乗ってるJRが踏切事故に合いました。踏切に入っていた車は大破して人身事故になったらしいです。乗ってたのが3両目だったせいか、ちょっと揺れがあったくらいで、私達乗客は怪我もなく無事でした。JRの方は運転席が壊れて最寄りの駅まで行くのがやっと、そこで降ろされて代わりの列車に乗りなさい・・という次第でしたが、すでに遅れが2時間になっているうえ、四国は単線なのでこういう事故が起こるとその日はダイヤがめちゃめちゃになります。日帰り強行軍なので、東京行きはあきらめてまた後日改めてになりました。
その時は、「あーあ、せっかく張り切って出かけたのに」とガックリして帰宅しましたが、翌日、津山線(だったと思う)で脱線事故があって怪我人も出たニュースを聞いて、ゾーッ!! 運が悪ければ私達もそうなってたかもしれない。ラッキーだった・・と思いました。

今まで脱線・転覆などのニュースを聞いても他人事として聞いてましたが、いつどこで遭遇するか判らないものだ・・とつくづく感じた事でした。

(2006年12月14日)
12日、我がキャットクラブの代表Oさんがお孫さんと一緒に松山に遊びにいらっしゃいました。私は昨日一緒に車であちこち御一緒しました。砥部動物園でアフリカ象の赤ちゃんが生まれてて見る事ができましたが、すごーく可愛いかったです。赤ちゃんといっても生まれた時が90キロで現在は120キロくらいあるそうですが、その哺乳びんを見て大笑い。すっごく大きいんです。普段猫の哺乳びんを見なれている私達には「うっそー」というくらいの大きさです。
松山城にも行きました。改装が終わってきれいになってましたが、
残念ながら途中までで引き返しです。Oさんの足が予想外に悪くなってて痛くて登れません。松山城は他のお城みたいに簡単に登れないんです。昔のまま・・が売りになってるんだそうで足の痛い人にはつらいお城です。私はウン十年前に親子で来たっきりでしたので、懐かしかった。
夏目漱石の坊ちゃんのからくり時計を見たり、デパート屋上にある観覧車に乗って夜景を見たり、楽しみました。地元の人間はこういう機会でもないとなかなか観光などしませんので、いいチャンスでした。Oさん達にも喜んでいただけた(と思う)し、楽しい一日でした。

(2006年9月9日)
久しぶりにHPの更新をしています。
赤ちゃんもほとんど哺乳することもなく順調に成長してくれてます。声をかけると私をじっと見てくれて、しあわせー!!の一言です。

今月も色々と行事があって大忙し。天候も不順で昨日までは27度くらいだったのに、今日はまた31度。蒸し蒸しと暑いです。
幸い食欲は落ちないので(笑)元気は保っていますよ。

先日、無理はできないと書いたくせに、最近漢字ナンクロにはまってます。パソコンを使ってると漢字は読めるんですが書けなくなって来たのにがく然として、ふと本屋でみたナンクロ雑誌を買ってみたんです。軽く挑戦してみるつもりが、今はジャンボ・難問に悪戦苦闘してます。全部できた時の爽快感がいいですよー。

(2006年8月21日)
明け方から変な顔をしていると思ったらやっぱり姫ママに陣痛が来ました。逆子が3匹でハラハラしましたが、無事お産も終了。
連日の猛暑でエアコンもつけっぱなしなんですけど、それでも産むのは大変だったみたいで、トイレに入って砂で身体を冷やしたりしてます。いつもは絶対こんな事はしないのに・・。エアコンを強運転してますが、まだまだ暑そう。あまり部屋を冷やし過ぎると生まれたばかりの赤ちゃんが冷え過ぎないかと心配だし、この時期は温度調整が難しいです。

(2006年8月5日)
今日は母の三回忌。近くは勿論、遠くの親戚も来てくれて、丸二年目の法事。速いもので、もう二年。あっという間に過ぎたような気がします。

8月は仕事や私的な用事がぎっしり。頑張らなくては!!
しかも姫ちゃんが18日から予定日に入るので気が抜けませんです。

(2006年7月24日)
今日、眼科へ行って来ました。検査してもらったら目は疲れてただけで、特別な異常はないとの結果で、一安心。加齢と共に無理はできないとつくづく思いました。

(2006年6月29日)
大雨が通り過ぎてくれたと思ったら暑さがやって来ました。
またエアコンがフル回転です。私が暑がりで、おまけにゴージャスな毛皮を着た猫達がたくさんなので仕方ないです。

このところ、毎夜テレビで朝までサッカー観戦をしておりましたら、寝不足から目がおかしくなりました。もともと飛蚊症が結構ひどいのですけど、それ以外に目の中にチカチカとネオンのような物が突然見え始めました。30分くらいすると消えるのですが、これって何?って感じで、脳ドッグを受けた方がいいんじゃないかと周りからも言われて不安になってる最近です。
何しろ猫のためには病気はできない私ですので・・・。

(2006年5月19日)
昨日、倉敷へツィメルマンのピアノコンサートを聴きに行きました。テクニック、音色、それに端正で嫌みのない真摯な演奏で、あれほど完璧な演奏は当分は聴けないだろうと思いました。久しぶりに興奮した幸せな二時間でした。

せっかく倉敷に行ったので美観地区で買い物です。あそこは猫物が結構たくさんあるんですよ。猫の置き物2つ、猫柄の小銭入れ、猫柄ブローチなど買ってご機嫌。ブローチはあまりしないのになぜか見ると欲しくなります。見てるだけでもニマニマ嬉しいんです。

(2006年5月6日)
やっとケージ完成です。早速旭君にお引っ越しをしてもらいました。新しいケージなので、さかんにクンクン、スリスリした後は
予想通りすぐにスプレーをしてくれました(トホホ・・)。
でも今度はスプレーしてもOKなようにしてあるので、好きなだけしていいよ、旭君。スプレーするのは元気な証拠だもんね。

(2006年5月5日)
3日に我が新居浜混声合唱団の定演が無事終わりました。どっと疲れて昨日は一日中猫と一緒に寝てばかり(--;)、今日は先日からの懸案だった旭君のケージを新しくして場所移動させる作業をしました。
旭君は元気一杯、男盛りなのでスプレーがすごいんですよ。今のケージは飛び散り防止の透明アクリル板がうまく貼れなくて、油断すると上からシッコシャワーが降って来たりします。何度もウヒャヒャーとなって、何とかしなくちゃ・・と考えてました。
ケージはとっくに購入してあったけど定演前では下手に力のいる作業をするとピアノを弾くのに影響がでるので出来ませんでした。

簡単に出来ると思ってたら、何ケ所か改造したくて、それにすごーく時間がかかり一日では終わりません、明日続きをする事に。やはりおばさんの力では手際よくとはいきませんでした。

(2006年4月12日)
更新しようと思い立ってから早や2週間近く。遅々として進まず、
一体いつになったら更新できるんだろう・・と不安。
実は7日の夜から8日の昼にかけて理奈ちゃんのお産があったので、そのせいもあるんですけどネ。赤ちゃんが生まれると可愛くてケージの前でニコニコしてる時間が長くなってパソコンは見向きもされなくなりますから・・。
理奈ちゃんのお産は結果的には安産だったのですが、長時間で私が疲れました。65日目になって、誰彼なく呼んで一緒に居たがっているし、少し顔が変わってきたので、そろそろだと思っていると、夜10時くらいから陣痛が来て1匹目の男の子がスッと生まれました。さあ次、と待てど暮らせど産みません。理奈ちゃんたら居眠りを始めました。仕方ないのでこちらも気長に待つつもりで見てましたが、63日目からずっと様子を見てて睡眠不足だったせいもあって、つい1時間くらいウトウトしてしまいました。午前4時にハッと目をさまして理奈ちゃんを見ると、アレレ!! 2匹に増えてます。しかも赤ちゃんは殆ど乾いてる。胎盤も食べたらしくてきちんとしてます。あわててへその緒の処置だけして理奈ちゃんに平謝り。すぐに次が生まれるかと思いきや、また止まってしまいました。今度は寝ないでみてたけどダメなので午前10時に獣医さんへ。エコーで見ると赤ちゃんの心音はしっかりしています。陣痛促進剤を注射してもらって帰宅。まだ赤ちゃんはお腹の上の方に居るのですぐじゃないと判断して、他の子の食事の支度にかかりました。食事を配っていると、何か理奈ちゃんの様子が変。あらら・・ちょっと待ってーと大慌て。皆が食事している間にすぐ生まれました。赤ちゃんも元気でピーピーないてます。よかったー! 後は胎盤もきれいに出たので処置をして落ち着きました。3匹とも元気でオッパイをよく飲んでるし、理奈ちゃんもオッパイがよく出てて哺乳の必要がありません。何より何より。12時間がかりのお産で疲れたので、午後はゆっくりケージの前で居眠りさせてもらいました(笑)。

(2006年3月30日)
ずーっと何やかやと忙しくて、HPは長い事手付かずでしたが、久しぶりに更新する気になりました。
更新するにあたって一部手直ししたり、我が家の猫達の正式名やタイトルも入れる事にしました。今までは、猫が可愛くて大切に繁殖を続けているという事さえわかってもらえれば・・と単純に考えて、仰々しくあれこれ書くのは性に合わないのでわざとに書いてませんでした。でも最近あるサイトで、正式名やタイトルなどを書いてないような所はインチキ臭い・・というような記事を見ました。そういう見方をする人が増えているのかとちょっとショックでした。まあ確かに何かと問題の多いブリーダーさんもいる事は確かなので、区別するためにも必要かも・・と考えを変えまして入れる事にしました。
私のような古い考えのおばさんでは、このせちがらい世の中渡っていくのは至難の技かもしれませんですねぇ。


(2005年10月6日)
今年もいつまでも暑いと油断してたら、急に朝晩の気温差が激しくなって室温調節が難しい日が続きます。
昨日は久しぶりに映画を見に行きました。「蝉しぐれ」です。
ああ、見に来て良かったと思ういい映画でした。
帰宅すると猫達が早速ご飯の催促ですぐに現実に戻りましたが、珠には気分転換もいいものですネ。

9月は忙しくてアッという間に過ぎてしまいました。今月はもうすぐ新居浜の秋祭りです。昨年は母の事でお祭りの気分ではなかったのですが今年は太鼓の音を聞きに出かけようと思ってます。東京在住の時はお祭りの時期でも忘れていたのに、やっぱり子供の時に刷り込まれた感覚は忘れないらしくて、太鼓の音を聞くとワクワクするんです。新居浜のお祭りは勇壮な男祭りで女性は側から見るだけなのがとても残念。

(2005年9月1日)
何かと忙しくて更新も延び延びにしてましたが、やっと・・です。まだ昼間は暑くてエアコンに頼ってますが、夜はずいぶん涼しくなりました。虫の声も聞こえて少し秋に近づいたなあと感じられるようになってきましたね。四国の水不足もテレビで何度も放送されてましたが、幸いここ新居浜はその心配もなく有り難いことです。
暑いせいか年長の子で元気が少しない子にチタンの首輪をつけてみました。気のせいかもしれないけど、いいような気がします。長生きしてもらうためなら何でも試してみるぞ!!です。

(2005年8月24日)
7月生まれの子猫達も順調に成長して離乳食になりトイレもOKでサークルに出るようになり、ついにお部屋デビューです。
心配なので夜は子猫の近くで寝ていますが、一晩に何回も私の身体、特に足にじゃれついて爪が痛くて寝られません。その内慣れて私の足も珍しくなくなるまでの辛抱です。

(2005年8月17日)
早いもので、母が亡くなって一年。やっと私も母のいないという生活に慣れて自分なりのペースが作れてきました。
今年は母の初めてのお盆、新盆。色々と揃える物があり、しかも一つ一つにへぇーっというような意味があって興味深い思いで準備しました。楽しいのはナスとキュウリで、仏さんがこちらに帰る時には一刻も早く帰りたいから馬で帰れるようにキュウリに足をつけて馬に見立てる。お盆が終わってあちらへ帰る時は後ろ髪をひかれるので牛に乗ってゆっくり帰る、つまりナスに足をつけて牛に見立てるんですね。すごく分かる・・って感じでした。
盆提灯やほうずきを供えるのもご先祖は目が悪いのでなるべく明るく、赤い物を供えるんだそうで、それもなるほど・・と思わされます。ともかく無事に迎え火と送り火を焚いてお盆が終わりました。

(2005年8月1日)
先月ボリショイサーカスを見に行きました。
なかなか楽しかったですが、中でも猫のサーカスが超可愛くて感心しました。シャムと多分バーマンだろうと思うけど絶妙のタイミングで演技をするのには参りました。我が家の猫達だと、まずあんな大観衆の前に出ただけで大パニック(笑)、演技どころじゃない。
訓練してあるとはいえ、あの猫達には驚かされました。

(2005年7月18日)
理奈ちゃんの赤ちゃん達は順調に大きくなってくれています。そして15日今度は姫ママの出産が始まりました。こちらはベテランですので私も割に気楽です。といっても5匹入っているのが分かっているので絶対に助産が必要で、予定日からお休みを取って、いつ始まってもいいように待機です。14日の夜から変な顔をしていたのでそろそろか?と寝ずの番です。朝6時頃から陣痛が始まり、10時半くらいまでで出産完了。最初の3匹は逆子で、赤ちゃんも100グラム以上の大きさだったのに上手に出してくれました。
私は徹夜でしたので、午後はケージの前で安心してお昼寝させてもらいました(笑)。
5匹だとオッパイ争奪戦が激しくて、さすがの姫ちゃんもオッパイが足りません。老眼鏡をかけて(笑)せっせと哺乳しています。グイグイ飲んでくれるので嬉しいです。

しかし今回は8匹生まれたのに女の子は1匹だけ。男の子は甘えん坊が多いので私は好きですから喜んでますけど、ホントに珍しい。


(2005年7月17日)
しばらく本職が忙しかったり、キャットクラブの血統書作りに精を出していてHPの方はまったく更新もしない内に春は過ぎ、暑さ真っ盛りになってしまいました。

二月に花音ちゃんが産んで以来赤ちゃんにはご無沙汰でした。子猫がいないとな〜んか寂しいというか物足りないんですよね。ちっちゃな赤ちゃんを手のひらに乗せてスリスリしたい・・こういう欲求が高まって来ます。それは私にとって至福の時だから。
ロシアンは特に小さい時から人間がうんと触って慣れさせないといけない(という理由を口実にしてます)のでママ猫さんにはちゃんと「ちょっと貸してね」とお願いしてから乗せますし、ママが返せと哭くと、もちろんすぐに返しますよ。

そしてこの二週間で2匹のママ猫さんが出産しました。いつもは、なるべく2匹の出産はしないようにしているのですが、前回の花音ちゃんの時のようにオッパイが全く出ないというような事態もあるし、理奈ちゃんは初産だからどういう事になるか分からない不安があってベテランの姫ちゃんにも産んでもらいました。姫ちゃんもちょうど前回の出産から1年は経過しているのでちょうど良かったのです。そして7/9夕方から陣痛が始まりました。午後からずっとニャーニャー鳴いて誰彼なく呼んですり寄って行ってたので、もう近いな・・と待機してました。産箱にも入らなくて、仕方ないので好きにさせていると出血が始まったので強制的に産箱に入れて一緒に力んでいると(笑)出始めました。ワッ、しっぽから出てる・・また難産かと胸はドキドキ、汗びっしょりです。でも赤ちゃんが80グラムくらいだったせいか無事に生まれました。すぐ処置をして理奈ちゃんに舐めさせようとしても自分ばっかり舐めて赤ちゃんには見向きもしません。あらら困ったわね・・です。赤ちゃんの体温も下がるのでペットヒーターを入れて赤ちゃんの体温を維持しながら待っていると2匹目が生まれました。でもやはり赤ちゃんは舐めようとしません。
それから3時間くらい開きました。待ってる間に先の2匹の赤ちゃんに哺乳してみるとよく飲むのでホッと安心。
理奈ちゃんはその間も他の猫さん達の所へ行ってはスリスリして「シャーッ」と言われてました。そりゃあ血の臭いはするは赤ちゃんの臭いもするしでふかれるのは当然ですネ。
好きにさせながらじっと観察していると3匹目が出ました。お腹も絞ってる様子はなかったのにホントにあっという間の事で、急いで産箱に戻し処置しました。お産が終わったので産箱をきれいにして赤ちゃん達を入れ理奈ちゃんを入れると、あーら不思議! 態度がガラリと変わって赤ちゃん達を舐めます。シッコも舐め取ってます。陣痛が辛かったので赤ちゃんに興味を示さなかっただけなの?と聞きたいくらいです。赤ちゃん達もやっとママのオッパイにしがみつけました。様子を見ていると十分足りているようで赤ちゃん達が丸々としてきたのでその夜は産箱のケージの前で寝ました。ところが2時間おきくらいに理奈ちゃんに哭いて起こされます。ケージから出るとただお部屋を歩くだけで、しばらく歩くとケージに戻って赤ちゃんの面倒を見ます。そのくり返しが朝まで続いて私は睡眠不足のお目目真っ赤、頭ぼんやりでした。

(2005年4月10日)
昨日久しぶりに夜桜見物に行って来ました。ここ数年何か余裕がなくてお花見もせずにいましたが、行ってみて良かったです。まず空気がおいしい。枝の先っぽにまで花をつけた何ともいえない風情、でも明日には散るかもしれない満開の桜のけなげさ。昼間の桜もきれいだけど夜桜はまた格別、日本に生まれて良かった〜と満足しました。

(2005年3月11日)
前にも書きましたが、パソコンが新しくはなったけどなかなか使いこなせてなくて苦労してました。最近やっとデジカメから写真を取り込んで画像編集したりプリントしたり・・を覚えました。(笑わないで下さい) 便利です、いちいち写真屋さんに持って行かなくてもいいし、いらない画像は消せるし、こんな便利な物もっと早く買えば良かったとつくづく思ってます。さて次はHPにUP・・という訳で今日頑張ってみました。FetchというMac用のソフトを使ってますが、新しい設定をする段階で危うくダウン寸前でした。前に設定したのはもう五年も前、すっかり忘れてて何を入力すればいいのか分からず、サーバのHPを閲覧してやっと出来ました。あ〜あ時間がかかった事 !! でもこれでHPは新しいパソコンの方に移動完了です。
何しろおばさんがえっちらおっちら自力でしてる上に、結構忙しいのでずっとパソコンの前に座ってる訳にはいかないし、時間がかかるのは仕方ないです。周りからは年の割には良くできるよね! と言ってもらえてるので良しとします。(笑) 


(2005年3月7日)
赤ちゃん達は両方とも目も開いて動きが良くなってきました。かっわいい!!です。
沙也ママの子達はもうすぐワクチンをします。毎度の事ですが、ほんとに成長が早くて、あっという間に大きくなりますね。嬉しいですが、成長すると譲る時期が近くなるので複雑な心境です。


(2005年3月2日)
 2月14日、花音ちゃんがめでたく出産しました。といっても結局帝王切開になってしまったのですが、とにかく無事に男の子と女の子が1匹ずつ生まれました。
 ところが手術のせいもあるのでしょうが、全くオッパイがでません。3時間おきくらいに哺乳をしたのですが赤ちゃんの体重は減るばかり。でも吸う力は十分にあります。迷った末、乳母ネコさんをつける事にしました。ちょうど一週間前に早産したばかりの蕾ちゃんに赤ちゃんを見せると すぐに舐めてくれて、赤ちゃんも抵抗なくオッパイを探し出して吸い付きました。「やったー!! 良かった〜!!」と一安心。でも次の日あたりまではそんなに出なくて哺乳を続けました。グイグイ飲んでくれるので安心でしたが、やはり オッパイが出てくれた方が安心です。次第に出始めたらしくて赤ちゃんが丸々として来ました。もうこれで安心です。花音ちゃんも一緒に入って赤ちゃんのお尻をなめたりしますが、かわいそうにオッパイは吸ってもらえません。でもめげずにお母さんをしています。このまま無事に育ってくれる事を願っています。

(2005年1月22日)
12月11日に書いてUPしようと思ったのに放ったままになってしまいました。というのも、身体の調子はまあまあなんですが、何故か何かしようとするとドッと疲れを感じて出来ない・・という状態が続いてました。最低限ピアノだけは練習してましたが、その他は何をしても面白くない、イライラするし・・外に出かけるのも億劫で、食べるための買い物以外はあまり出ませんでした。友人が「そんな事してたら引き籠もりになってしまうよ」と忠告してくれましたし、自分でも"これではいけないな"と思ってはいたんですが、どうにもならなくてズルズルしてました。
HPを更新して気分を一新しようと思って書いてみました。


(2004年12月11日)
今年もあと少しになりました。今年くらい大凶の年はなかったような気がします。母には死なれる、猫達のお産では悲しい思いをする、新居浜市は大水害に遭う、私の所は家は無事でしたが、墓地が隣接する山の土砂崩れで埋まってしまい、いまだに納骨が出来ず、菩提寺で預かって頂いてます。
しかし、水害の恐ろしさ、土砂崩れの凄まじさをもろに見て、普通に暮らせる事のありがたさを身にしみて感じました。

母の法要は11月に百か日を済ませ、なんとか落ち着きました。今までいた人がいない寂しさはまだまだ続いていますが、これは日にちが必要な事と思っています。幸い私には妹が前の家に住んでいるし、猫達もいるので孤独感は紛れます。まだ自分のペースを取り戻しているとは言えなくて、先日もちょっと油断して風邪をひき、ひどい咳に悩まされました。口が合わないくらい出ました、夜も寝られません。漢方薬を飲んで、なんとか咳は止まりましたが、今度はお薬のせいか胃の調子がイマイチです。まあ、これはその内治る事なので気にしてはいません。

8/29の花音ちゃんのお産について書こうと思います。
赤ちゃんは5匹入っていました。皆50グラム台で超小さかったので、出るのはポンと産まれました。ところが胎盤がなかなか出ないので、いつものように私が助産すると、胎盤のかわりに次の赤ちゃんが出て来るんです。つまり赤ちゃん達が絡まっていたんですね。2匹赤ちゃんがぶら下がってしまった時もありました。5匹ともそういう状態のお産なんて初めてで、もう焦りまくりです。貧血を起こしそうになりながら、なんとか赤ちゃんは5匹とも処置しましたが、結局胎盤が2つ残ってしまいました。収縮剤を注射してもらっても出ませんでした。それからは連日花音ちゃんと赤ちゃんを連れて獣医さん通いです。花音ちゃんは気持ちが悪いせいで赤ちゃんの面倒もあまりみようとしないし、オッパイも全く出ませんでした。私も必死で哺乳しましたが、やはり飲む力が弱くてほとんど飲んでくれません。赤ちゃん達は次々と死んでしまい、最後の赤ちゃんは10日くらい頑張ってくれたのですが、とうとうダメになりました。気落ちしてホントに力が抜けました。
獣医さんも「ここまでしてもダメだったのだから仕方ないです」と気の毒そうに励ましてくれます。幸い花音ちゃんは無事回復して元気になってくれたので、それだけでも良かったと思うようにしましたが、母に死なれた後だったので余計こたえました。
お腹の中で絡んでいたので成長できなかったのでしょうかね〜。

11/8には雅ちゃんが無事2匹出産しました。今度は超安産で、赤ちゃんも元気、オッパイもよく出て丸々としています。毎回お産の度に違うのでハラハラドキドキで、いつまでたっても心配で恐いです。どうか無事に産まれさせて下さい・・と不信心者でも神頼みをします。

ところで、先日ついに新しいパソコンを買いました。私はなんと5年前に買ったのをシステムもそのままでずっと使ってたんです。だって、本体もよく動くし別に不便はそんなになかったのでもったいなくて、わざわざ新しいのを買う気になれなかったんです。でも、さすがに最近の環境との落差があまりにも大きくなりすぎたので、仕方ない、ここらで買いましょうか・・となりました。古い方はUSB接続ではないので、本体と一緒に周辺機器も全部買い直しになりました。大出費でゲッゲッ・・です。
デジカメも買ったのでこれからは写真もサクサク撮ってUPも楽になるしプリントも出来る・・と喜んではいますが、何しろその操作を覚えるのに一苦労です。私ももう歳ですので老眼鏡のお世話になっていますから、ひとつ操作を実行するにも時間がかかるんです。
システムも今までのとは違うので結局まだ古い方を使ってる方が長くて、新しい方にはなかなかなじめない状態です。悔しいけど焦らず頑張るつもりです。

(2004年9月2日)
8/19、母が亡くなりました。何ともいえない悲しみです。23日間入院はしましたが、私達からみればほんのわずかの患いで急に逝ってしまった感じです。喪失感が大きくて、しなくてはいけない事はたくさんあるのに、する気が起こりません。でも動かなくてはいけないので無理に動いていて貧血になりました。精神的なダメージって健康に良くないのがよくわかりました。

少し落ち着いてきた頃、8/29早朝、姫ちゃんの娘の花音ちゃんの出産が始まりました。これがまた今まで経験した事のないお産で、私にはダブルパンチの痛手になりました。
詳しくはまた後日書くつもりです。


(2004年7月20日)
やっと子猫達の写真をUPできました。毎度ながら子猫たちの動きにカメラがついていかなくて顔が満足に写ってないです。
実はこの所、私の母の具合が良くなくて子猫にピッタリマークしてる暇がなかったんです。でも順調に育ってくれてて姫ママに感謝です。
母は84才ですが、今まで病気らしい病気をした事もなく、記憶力抜群、私達が忙しい時は食事の用意もしてくれたりしてて我家の大刀自的存在です。それがこの暑さにまいったのか急激に元気がなくなって寝込む事が多くなり、娘としては心配です。病院通いや検査などは母にとってショックな事で皆が励ましても気持ちは沈みがち。
何とか元の様に元気になってもらいたいと願って頑張ってます。


(2004年7月10日)
テレビが壊れた・・!! 昨年買ったばっかりなのにもう壊されちゃった(涙)。原因はというとシッコですよ、シッコ!! 発情が来るとやたらあちこちにシッコかける女の子がいるんです。前のテレビも何度もされてとうとうダメになり、今度はしっかりガードしてたのに、そのガードを押しのけてしてるんですよ〜。負けました。
修理すれば何とか直るでしょうけどその手間が面倒ネ・・。


(2004年6月29日)
今日午後、姫ママが無事出産しました。安産でした。といっても、1匹目はシッポから出始めたので難産になるのでは・・とハラハラドキドキ。でも無事出てくれました。1匹目の子のへその緒の始末をしているともう2匹目が出始めて、大慌て。50分くらい開いて3匹目が出始めました。無事出たのに、胎盤がなかなか出ない。いつものように引っ張って出そうとしたら途中で切れちゃった。ああー!! 次の子の時に出てくれるかと期待したけど、すぐ続いた4匹目の時にも出ない。姫ちゃんも何か気持ち悪いようなしかめっ面をしている。早く出ないかなあー・・とじりじり。1時間くらいして食事をあげたら少し食べて、身体を舐めながら変な顔をしている。あれっ?っと見たら出てました、胎盤が。やったー よかったー。これで一安心。何だか急に疲れを感じたけど、ここで横になる訳にいかないのでリポビタンゴールドを1本飲んで元気回復、獣医さんに姫ちゃんを連れて行き、もう残っていないかというのと栄養剤の注射をしてもらって帰宅です。赤ちゃん達も元気でオッパイを飲んでるし、良かったーでちょっぴり居眠りさせてもらいました。昨夜から息遣いが荒かったり、出血がちょっとあったりしたので心配でほとんど寝てなかったんです。何事もなく成長して欲しいと願いながら見守ってます。


(2004年5月27日)
この所、昼間は暑くて夜になると冷える日が続いています。昼間はとにかくエアコンをつけないと暑くて汗びっしょりなのに夜は床から冷えてくるので、ホットカーペットを弱くつけたりしています。なかなか片づけられません。




(2004年5月7日)
本職の方がコンサート続きで練習に追われておりました。まだ、16日にもうひとつあるんですが、あまりにも更新しなくてお恥ずかしいので、今晩はちょっと頑張って書いてみようか・・という次第です。ホントはお譲りした子猫達の写真がいっぱいあるので新しいページを作りたいとか思ってはいるのですが、なかなか手がまわりませんで、いつの事やら・・(トホホ)

クリちゃんの子達も皆新しいオーナーさん宅に行ってしまって今は比較的静かな我家。3月中に発情する子がいたら交配しようかと思っていたのに、来た子は10月に産んだ春ママと1月のクリちゃんで、当然ダメ。4月に入って久しぶりに姫ママに発情が来たので桜丸パパが大ハッスルしてくれました。6月末には産まれてくれるかな?
そして5月に入って次から次へと女の子達の発情が続いて来ています。でも皆交配する訳にはいかないので、ひたすら終わるのを待つ毎日。発情って伝染するんでしょうかね? よく続いて来る事があるんですよね。

おもちゃでウニというのがあるんですが、最近知り合いのお宅で、それを飲み込んでしまったという例がありました。まさか?って感じでした。我家でも一人遊び用にいつも部屋に出してあったのですが、危険なので止めました。長い紐のついたおもちゃで首がしまって亡くなったという例もあるし、結局おもちゃはどんな物でも出しっ放しにはしない方が安心なんだ・・と改めて気をつけるようにしています。


(2004年1月15日)
1/5出産のクリちゃんは勿論初産なので、1/3の予定日からは私もいつでも助産ができるように夜もロクに寝ないで観察してました。
1/5の早朝4時までは起きて見てたんですけど、さすがに眠くて、陣痛も来てる様子がないからちょっとだけ・・と2時間ほどいねむり。
何だか子猫がミャーミャー泣く声がするので目を覚ましてみると、クリちゃんが10/30生まれの子猫をくわえてます。しかもどこかからミューミューという小さい鳴き声が!! わぁ〜、どこどこ〜、と探したら雅ママのベッドの中にいた!! しかも雅ママが一生懸命なめて世話してる、へその緒は?と見たらきれいに始末してあるし、あれまあ・・と思ってるとクリちゃんが又そのベッドに飛び込んで来ました。雅ちゃんと2匹でベロベロなめあってる内に2匹目が生まれました。どうするかわざと手を出さずに見ていると胎盤も早くに出て来て、さっさと自分で始末してます。雅ちゃんは一緒に赤ちゃんをなめたりクリちゃんをなめたりでかいがいしくお世話です。う〜ん、偉いなあ・・って感心。(勿論クリちゃんも雅ちゃんも)。今回は助産しないうえに超安産だったなあ・・とクリちゃんと赤ちゃんを産箱に落ち着かせてから一眠り。午後はレッスンもあったので夕方に獣医さんに連れて行きました。(確認のためとお注射に)
獣医さんは触って「ありゃ!! まだおるよ(新居浜弁です)」
「エエ〜!!!」とビックリ。お腹ももう小さかったし、とてもいる様には見えなかったけど・・。とにかく間違いないので今度は陣痛促進剤を注射してもらって帰りました。帰るとすぐに3匹目の出産が始まりました。今度はちょっと出るのに時間がかかりましたが、頭からでたので無事生まれてくれてやれやれ。(今度は助産しました)

大反省。やはりレントゲンを撮っておかないとこんな事もある。
年明け早々感心したりビックリしたりのお産でした。
それにしても待つ時間が長いと私の体力がだんだん持たなくなってきてるのをヒシヒシと感じるこの頃です。


(2003年11月29日)
今年は本職の方も超忙し、HPの更新にまで手も体力もまわりませんで、お恥ずかしい次第になってます。
ところで、10/30に生まれた
プルーポイントの子猫については少し
説明の必要がありますね。
実はロシアンブルーは絶滅を防ぐために祖先でシャム猫と交配しているんです。それでホントに稀に生まれます。奇形ではありません。ブルーポイントの子は生まれてもかまわないんです。ただし、
ロシアンブルーはカラーがブルー以外は認められていませんので、
ショーに出したり繁殖したりは出来ません。性格は温和でカワイイので避妊・去勢して家庭猫として飼うには何の問題もありません。毛はロシアンの子と同じ厚いコートをしていますし、顔もロシアン顔です。とてもユニークです。しかし、すっごく可愛いです。
写真を頑張って撮らなくてはと思ってます。


(2003年6月22日)
5/25に書いたまま、ひきつづきの多忙で更新もせずほったらかし。6/15に本職の方がやっと一段落したらドッと疲れて夜も寝てばかりで、なかなかパソコンに向えません。気ばかり焦っても体力の方がついて来ないんですね。(歳には勝てませんです。)
お陰様で子猫も順調に大きくなってくれて有り難い事です。(うーむ、やっぱり志麻ちゃんが守ってくれたのかも・・と思いたい。)
死にそうだったきーこちゃんは1ヶ月くらいまでは他の2匹より50グラムくらい小さくて心配しましたが、離乳期になって追いつきました。何故か私の足が大好きで歩くと足元にくっついて走るので踏みそうです。


(2003年5月25日)
本職が忙しくてなかなか更新できないでいましたが、この間に猫の方でも色々とありました。

まず、4月16日に我家の最長老猫の志麻ちゃんが老衰で亡くなりました。あと1ヶ月で19才になる所でとても残念です。少しずつ弱って来てるのは分かってましたし、獣医さんにも「この歳になると全部の機能が衰えて来てるからね〜」と、いわば匙を投げられた状態で、また見守るだけ・・の辛い日が続きました。志麻ちゃんはお刺身や牛肉が好きなので、少しでも食べられるように毎日あげましたが、だんだん食べる量が減って来ます。なんとか食べて・・とかつお節をふりかけたり(これも志麻ちゃんは大好きなので)、フェロビタを舐めさせたりしてましたが、とうとう食べられなくなってしまいました。私のお膝が大好きだったので、部屋にいる時はなるべくお膝の上で抱いていましたが、やがてお膝からヨロヨロとおりて横になってしまいます。もう静かに寝てる方が楽だったのでしょう。
16日はもう最期が近いと私は感じてました。夜になって静かに呼吸が止まりました。苦しんだ様子もなくて大往生です。いっぱい想い出を残してくれて、いるのが当たり前の存在だったので、涙が出て仕様がないのですが、大往生したんだから悲しまないようにしよう・・と自分に言い聞かせました。

落ち込む気持ちを何とか奮い立たせて、出産予定の雪ちゃんを励ましていると、4月18日に雪ちゃんの陣痛が始まりましたが、1匹産んだきり、次を産みそうにありません。前回の出産も2匹やっと産んで翌日あと1匹産んだ子なので、また今回もそうなのかと思いながら、夜はゲージの前でうたた寝です。ところが19日になっても、全く陣痛が起きません。これは危ない・・と判断して午後に獣医さんへ。結局陣痛微弱でこのままでは残りの2匹が危ないという事で帝王切開になりました。手術は無事に済んだのですが、1匹がすでにお腹の中で弱っていて(エコーでも心音がはっきりしてなかった)、なかなか呼吸がしっかりしません。出来るだけの事は獣医さんでしてもらい夕方帰宅しましたが、それからが私の奮闘です。雪ママは傷跡も痛々しいのにオッパイを飲ませてますが全然出てない様子で、元気な2匹の赤ちゃんはピーピー泣きます。でも哺乳するとよく飲むのでこちらは安心。問題は弱っていた赤ちゃんで、油断すると他の子に押しのけられて身体が冷え呼吸が弱くなってしまうので、ペットヒーターの上で優しくマッサージをし続けました。翌20日朝、雪ママに注射してもらうために獣医さんへ。一緒に弱い赤ちゃんも連れて行ってブドウ糖などを補液してもらった帰り道に始めてミーっと鳴き声を出しました。それからは順調にオッパイにも吸いつき始め呼吸もしっかりしてやれやれになりました。でも雪ちゃんのオッパイの出がひどく悪いのでせっせと哺乳です。
なかなかオッパイが出るようにならなくて2週間私が哺乳を続けましたが、抜糸をした後、急によく出るようになってやっとお役ごめんになりました。

しかし、猫は偉いですね〜。手術の傷跡に赤ちゃんの手がモロに触るんですよ。それでもちょっと顔をしかめたりするくらいでじっと授乳するんですもの。見ている私達の方が「うわ〜、痛そう!!」とゾゾゾーっとしました。手術の日からでも子猫のお尻はしっかり舐めてくれてましたし、オッパイの出が悪いだけで後はチャンとお母さんしてました。人間はこうは行かないですね。

1ヶ月近くになって離乳食になりましたが、オッパイの出が悪かった時は離乳食にスムーズに移行してくれます。(よくオッパイが出てた子猫達はなかなか食べてくれません)
皆よく食べて丸まるとしています。

今回は志麻ちゃんが亡くなってすぐに生まれた子猫達で、弱っていた子が助かったのも志麻ちゃんが力を貸してくれたのだろう・・等と考えたりしました。(そう思いたかったんです)
とにかく泣いている暇もなく子猫にかかりきりの日が続いて、あまり落ち込まずに済みました。

しかし、我家はこれで約半年の間に3匹の老猫さんに旅立たれました。ホントに良くない事は続く時は続くもんです。


(2003年2月22日)
前述の兵介が1/22に闘病の末亡くなりました。やはり脳腫瘍でしたが、手術をできる状態ではないので見守るしかなかったのですが、それはとても辛かったです。でも安楽死はどうしても考えられなくて、最期まで頑張ってもらいました。兵介も亡くなる2日前までは頑張ってご飯を食べてたのですが、生命力がプチッと切れたように食べられなくなり、お水も飲み込めなくなって、静かに私のお膝の上で亡くなりました。
兵介も苦しかったと思います。片目は腫瘍に圧迫されて見えず、顔の形も変わる程で、最期の方は鼻血が一杯出ました。亡くなる10日くらい前に、一時的にトイレも自分で始末できるようになり、急に意識がはっきりした状態が二日程続いて喜んだのですが、あれは死ぬ前に私に良い所を見せてくれたんだった、健気な子だったと、思う度に涙でした。
1ヶ月経って、やっとこれが書けるようになりました。
年令にまあ不足はないし、大往生とも言えますが、続けて2匹に死なれると私はさすがにガックリ来ました。その時その時は自分では一生懸命世話したつもりでも、後になるとやっぱり、あーすれば良かった、もっとこうしてあげれば良かったと思うことばかりです。
子猫たちも居るのでいつまでも落ち込んでもいられなかったのが救いでした。

子猫達はみんな順調に成長してくれて、優しいオーナーさんの所に行き、寂しくなったと思う間もなく1月生まれの子猫たちが部屋を走り廻るようになって、目が離せません。
人と比べて短い猫の一生を思うと、どうかこの子たちも長生きして幸せに暮らして欲しいものだと願うばかりです。


(2002年12月28日)
今年も残りわずかになりました。
今年は11月11日に16才になる静香ちゃんに死なれました。少し前から老人性の痩せはあったのですが、食欲は旺盛で前日までパクパク食べていたので、まだまだ大丈夫と思っていたのに、朝私が部屋を30分程空けている間に死んでいました。突然で、寝てるのかと思って「静ちゃん、そんな所で寝てたら身体が冷えるよ」と言おうと思ったら息をしてないのに気がついて、胸がつまりました。
さっきまで静かに座ってたのにたった30分の間に死ぬなんて・・。
幸い苦しんだ様子もなかったのが慰めでした。

その後、今度は静香ちゃんととても仲良しだった兵介が急に元気がなくなって来て、獣医さんに通ってもだんだん衰弱してきました。17才という年令もあるので静香ちゃんがいなくなって精神的なショックを受けて一気に老衰が進んだのかと思っていたら、それだけでなく、以前に患った繊維肉腫が転移再発した可能性が出てきました。ショックです。立派だった兵介がヨロヨロになり、粗相したり、目も見えてない様子を見るのは可哀想でたまりません。私が抱っこしてあげてる時だけは安心したようにじっとしています。
出来るだけの事はしてやりたいと思ってますが、用事もあるので一日中抱っこしてあげてる訳にはいかないし、辛い所です。

そんなこんなで、今年は赤ちゃん達は無事に成長して、優しいオーナーさんに巡りあえたよい年でしたが、老齢猫さんについては、恐れていた事態になった年でした。

私が気力を振り絞って頑張らねばと思っています。


(2002年8月28日)
この夏は公私ともに超多忙でHPの更新もままならず日が過ぎて行きました。なんとか夏バテにならないよう、散々ローヤルゼリーとリポビタンDのお世話になりました。

ところで、7/12に由子の妹になる沙也ちゃんが初出産だったのですが、それが又々大難産で母子共に元気で無事終了したのが何よりでした。
夕方5時くらいから陣痛が始まって順調に近づいて来ている様子。しかし赤ちゃんの頭が見える所まで来てちっとも進展しなくなって、さあ大変だ・・と車で獣医さんへ駆け込みました。キャリーを開けたら、あれっ生まれてる〜! !。車の振動が刺激になったのかな?産道に入ってから時間が経っていたので死産かと心配していたのに、無事に生まれていて、ああ良かった・・でした。処置をしてもらって、いきみが弱いようなので念のため陣痛促進剤を注射してもらい帰宅。2時間後2匹目出産。この子はすんなり生まれてやれやれ。1時間後、3匹目の出産が始まりました。あっ逆子だ・・でも3匹目だからスッと出るだろうと予想していたら、頭でつっかえてどうしても出ない状態。ママは興奮してしまって私がなんとか向きを変えて引っ張り出してあげようとしても、噛みつこうとして危ない・・赤ちゃんは首吊り状態のまま時間が過ぎて・・オロオロしている内に何とか赤ちゃんの向きを変えられてやっと生まれたけれど、恐れた通り呼吸停止。体温もかなり低い・・。もしかしたらこのままダメかも・・と思えるけど、このまま死なせたくない・・、1秒を争うので獣医さんに行く余裕もなく必死で蘇生マッサージを続けました。5分くらいしたら、か細い声でミーと泣いてくれて(私も泣きそうだった)、でも体温がかなり低いので苦しい呼吸が続きます、暖めながら(私は汗びっしょり)マッサージを続けました。1時間位したらやっと普通の呼吸になったので、もう大丈夫・・どっと疲れが出ました。オッパイに近づけると弱々しいけど吸おうとするのでこれなら安心と思えました。
翌朝までには他の子と同じようにチューチュー吸うようになって、何て生命力の強い子なんだろうと感心しました。

その子が4週間後には3匹の中で一番体重が重くなりました。お目目の大きな美人ちゃんです。今は姉妹達と部屋の中を走り回るようになって、順調に成長してくれているのが何より嬉しいです。

例え難産でも赤ちゃんに死なれるのは辛い事です。今回はほんとに良かったと思います。


(2002年1月11日)
今日は私の誕生日。でもこの歳になると家族も忘れてしまって誰も祝ってもくれない・・、自分も忘れている位だから仕方ないけど!
 ところで1/8に雅ちゃんが出産しましたが、実に長時間の出産でした。1/7の夕方から兆候があって、PM7:00頃に逆子でしたが無事出産しました。いつもならそれからトントンと産むのに、いつまで経っても産んでくれない・・食事もあげたらきれいに食べて生まれた子の面倒を一生懸命みている・・あらまあ長引きそうだわと腰を落ち着けて待つことにしました。1/8に日付が変わっても変化なし。うーん困ったな、朝まで産まなければ獣医さんへ行くかと考えているとAM.4:30にまた逆子を無事出産。9時間以上の間隔が開いたのは初めてです。もう1匹居そうなので観察続行中、不覚にも眠気に負けていねむりしてしまい、ハッと目覚めたらAM.8:00。産箱を見ると2匹がオッパイ飲んでいるだけ・・ああまだ陣痛が来てないんだとお産婆さんとしてはホッとしたような気になった途端、どこかでミューミュー鳴く声がします。あれっと雅ちゃんの身体を持ち上げてみると背中の下に赤ちゃんがいた!!! 一人で産んで一人でへその緒もきちんと処置していて赤ちゃんも殆ど乾いているところからして30分以上は経っていると思う。多分AM.7:00過ぎに生まれたらしい。「雅ちゃんは偉い、母ちゃんがいねむりしてて見ててあげられなくてごめんね」と何度も謝ってしまいました。猫は本来は自分で出産の後始末をするものですが、胎盤を食べると後日下痢したりするし、へその緒を早く切ってあげないと赤ちゃんが出臍になったりする事もあるので私はいつも介添えをして早く胎盤を引きだし、へその緒を切るようにしているのです。(だからお産婆さん)
最後の出産は胎盤がちゃんと出たか確認できなかったので獣医さんで診てもらいOKで、ほぼ半日がかりの出産も無事終わりました。


(2002年元旦)
明けましておめでとうございます。12月は仕事が忙しくてとうとうクリスマスバージョンに更新できないまま過ぎてしまいました。
 本職が忙しいのはありがたい事ですが、だんだんと無理が効かなくなって来て、お休みの日は猫達と一緒にいねむりばかりです。
 しかし、私達は仕事や猫の事で忙しいとか疲れたとか言えますが、生きるか死ぬかの境遇にある世界の人達の事を考えると私達は何と贅沢な生活をしているんだろう、日本に生まれて良かったと感謝してしまいます。
 今年は平穏な日々が続く事を祈ります。


下の記事の続きですけど、傷は治ったのにどうも手の動きに違和感があると思っていたら腱鞘炎に似た状態になっていました。お医者さんが言うには咬まれた時に筋にさわったらしいです。塗薬を使用して2週間くらいかかって直りました。無事治って良かった。
 しかし、毎日暑くて夏バテ状態。猫はエアコンの中にいるので食欲も落ちず元気でいてくれるので安心ですが、私は涼しい部屋と暑い所を行ったり来りで体温調整がうまくいかないみたい。夜型の私も早い時間から眠くなってしまって仕事はたまるし、雑用は何も片付かない。気持ちだけあせっても身体が言うことをきいてくれない状態が続いています。


私は子猫がトイレを完ぺきに覚えるまではサークルで囲って母猫だけを自由に出入りさせるようにしています。先日、母猫がサークルを飛び越そうとして妙な具合に足をからませてしまい、逆さ吊り状態になって大パニックに陥ってしまいました。私がからんだ足をはずそうとするとパニクッてるせいで私の手にガブリッ!!。幸い足はすぐはずれて、骨折でもしなかったかと心配したけど本人はケロッとしています。一方私の方は流血の惨事です。これは腫れ上がるなあと思ってたら案の定、パンパンに腫れちゃってピアノを弾くどころか、パソコンもさわれない、お皿を持つのも腕が痛い状態で腫れが退くのに1週間以上かかりました。手を大事にしなくてはいけないのに自分の猫の危機なので噛みつかれようがひっかかれようが平気なんです。もちろん後で十分痛みを感じさせてもらってます。


4月16日出産だったのですが、母猫さんが陣痛微弱で結局産めず
帝王切開になってしまい、麻酔がかかった状態で生まれた子猫ちゃんは手当ての甲斐もなく全員死んでしまいました。母猫が痛い思いをした事と、おっぱいも飲めずに死んだ子猫の事を思うと涙・なみだの毎日で、どうしてあげることも出来なかった無力感に打ちのめされてしまいました。
ブリーダーはこういったリスクは覚悟していなくてはならないと
判ってはいても、立ち直るのに日にちが必要でした。
このところ良くない事が続くので、お祓いでもしてもらおうかな
等と困った時の神頼みの心境です。



3/25、今日また大地震。いやーびっくりしました。たまたま外へ出ていた所に大揺れで、すぐさま揺れの中を猫のいる二階に駆け上がりました。この揺れではケージが倒れたかもしれないと思いつつ部屋に入ると幸い何ともなかった。顔面蒼白、心臓バクバクで思わずへたりこみそうになりました。猫達は隠れていた子が大部分で、中にはこたつの中で目を丸くしてる子もいました。猫にとっても今日の地震は怖かったらしい。
家の中も物が落ちたくらいでたいした被害もなくやれやれ。
新居浜は震度5弱ということでしたが度肝をぬかれました。
30秒くらい揺れたらしいですけどもっと長く感じました。
阪神大震災の震度7とか6とかの揺れを想像するのがおそろしい。


 
12/5、我家のおばあちゃんシャム猫瑠璃ちゃんに死なれました。
2年まえから肝臓を悪くしていたのと老衰のせいで、最近は徐々に
食欲もおちて好きな物をあげてもあまり食べなくなり、一日中寝ているばかりでした。それでも声をかけると「アオーン」とシャム特有のダミ声で返事をしてくれていたのですが3日くらい前から急に衰弱が激しくなり鳴き声を出さなくなってシッポでしか返事が出来なくなりました。あるいはと覚悟はしていましたが、その時が来たときは涙が止まりませんでした。私は永年一緒に暮らした猫に死なれるのは初めてで、もっとああしてやれば良かったと後悔したり、あの頃はかわいかったと思い出にひたったり、目が痛くなる程涙が出ます。でも具合が悪くなってから2年、よく頑張ってくれて「ありがとう」です。
 我家は年寄猫さんが多いのでこれからも覚悟をしておかないといけないんだと改めて思いました。


 今年ももう年末。年々一年が速く感じられます。私は1月生まれなので年明けにはひとつおばあちゃんに近づきます。(仕方ないことですけど。)
 このところピアノの方が忙しくてページをさわる暇がなかったのですが、すぐ一ヶ月も経ってしまって、クリスマスも近いのでやっと今日ツリーなどを所々入れてみました。まめに更新するのはなかなか大変だなあと思います。


 
 いつも子猫をお譲りする時期については難しいと思います。どんなに早くても2ヶ月は過ぎてワクチンも一回接種させてから、でないと安心できないので、どうしても時期としては二ヶ月半から三ヶ月になってしまいます。ところが自分の仕事の都合とか、オーナーさんの都合等で三ヶ月半くらいになってしまうこともよくあります。体力的には安心な状態になっていますが、ロシアンは頭が良い猫種なので、大きくなればなるほどオーナーさん宅で慣れにくいという事になって、私としては「やっと慣れてくれました」、の言葉を聞くまでは毎日心配してしまうのです。
 私は他所に譲る子猫にはわざと名前をつけないで数字で呼ぶようにしてます。名前をつけると完ぺきに情が移って残してしまうので。 それでも長く置くと自然情が移ってしまっているので、置いて帰る時は自分が薄情者のように思えてクヨクヨしながら帰る、というのが毎度のパターンです。かといって、二ヶ月になったばかりだと体力的に心配です。ロシアンがもう少しのほほんとした猫種なら時期は関係ないかと思うんですけど。
 


 昨日の山陰の大地震にはびっくり。幸い我家は震源地からは遠く被害もなかったから良かったですが、かなり揺れました。四国は今まで地震がほとんどない所で皆けっこう油断しているんですが、本当は活断層がすぐ近くにあってすごく危険らしいです。被災地の方達の事は人事ではないと改めて思い知らされました。
 揺れている間私は何をしたかというと、ケージが倒れないように必死で押さえながら猫達に声をかけてました。家がミシミシいうもので、猫達も隠れる子、走り出す子、うずくまる子、と色々でした。今思うと猫にとっては揺れる恐怖というより、私がパニクってるのに敏感に反応したのかな、とも思います。
 今回は何事もなくすみましたが、災害時に猫達をどうしたらいいのかというのは、これから考えなくてはいけない大問題ですよね。



 私の職業はピアニストでピアノの先生です。毎日とおっても忙しくしてます。仕事と練習の他に21匹の猫のお母さん(下僕?)で、キャットクラブの血統書担当でもあるので、睡眠時間は人より少なめ、夜中に血統書関係の仕事して明るくなったら寝てお昼に起きます。体は小さいのによく食べる、お野菜は大嫌い、お魚があればニコニコしてます、何か猫とよく似てるなあと思っちゃいます。

 CatteryネームのKlavier-Spielというのはドイツ語でピアノ演奏という意味です。職業にちなんだ名前をつけたくて思いついたのですが、難点はドイツ語のせいかクラヴィア・シュピールと読んでもらえないこと。でも、私は気に入ってます。繁殖の子猫の血統書名は全部音楽用語に統一してあるのですが、意味を考えるとつけたい用語がドイツ語ばかりとはいかなくて、イタリア語や英語もあって自分で笑っちゃいます。血統書とは別に我家の猫の愛称は皆漢字で書ける名前にこだわってます。不思議とその漢字に合った雰囲気の猫に成長してるようです。

 キャットショーの詳細はあちこちのホームページでくわしく書かれていますから私は載せませんが、たいていの事にはお答えが出来ますのでご質問があればメールを下さい。
 キャットショーにはコンサートの時期とよく重なってなかなか思うように行けません。我家の子達にはタイトルを取ってもらう様に頑張ってもらいますが、マイペースで行ける時に行くようにしています。なにしろこの新居浜からはどこへ行くにも遠いのです。東京へはJRで片道最低5時間かかるので、猫も私もクタクタ、体力と金力も大変です。飛行場が遠いので時間的にメリットが無いうえに飛行機は猫を一時的にも手放さなくてはいけないのが嫌で、絶対乗りません。(実は飛行機が怖いんだろうともいわれていますが・・) ですから、行ける範囲は東京くらいまでです。子猫ちゃんを譲るにも空輸はしないで、JRでヨシヨシしながら連れていきます。田舎にいるとこの辺が大変。10年前まで東京に住んでいた頃は楽だったなあ・・。 譲った子達でショーに出してみたい方にはいくらでもフォローしていますが、出す出さないに関してはその方のご自由です。で、ロシアンの繁殖では長い方なのですがその割にはショーに出ている猫はそんなに多くないです。

 私はパソコンはMACを使っています。ソフトは少ないけど使い易いです。猫自慢がしたくてホームページを作ろうと思いたったけど、いちいち説明書を読みながらで、ピクセルをピクルスといってみたり、若い人と違ってパッと覚えられなくて一度やった処理法もすぐ忘れるで遅々として進まなくて自分でもイライラしちゃいました。少しずつきれいにしていきたいと思ってます。