
明治44年に高田大工職組合として始まり、建築業界の変遷の中で信念を貫き組織をより強固にするべく設立以来115年に及ぶ歴史があります。その本年通常総会において支部長のバトンを引き継ぎました第10代目支部長、樋口博と申します。浅学非才ではございますが、一生懸命、組合発展の為や皆様方のご期待に添えられるように頑張りますので前任者様同様にご指導ご鞭撻賜ります様に宜しくお願いします。
さて、建設業界動向としては、長引く資材高騰等による工事単価増の影響での工事量の減少、 貴重な技術者の高齢化、若い技術者の成り手の減少による技術者不足は私ども地元中小零細企業主体の団体にとっても同様に厳しい現状でもあります。これからも当組合は意識の改革をより進めるよう努力したいと思います。
本年度の事業計画として、4点を上げさせて頂きました。
第一に技術伝承推進と若手労働者育成のための支援
第二に組合員のスキル向上を目的とした勉強会及び活動についての助成
第三に現在行っている組合活動?行動の内容改善及び充実化
第四に先々を見据えた意見交換会の企画?設営
以上重点課題として取り組みたいと思いますので組合員皆様のご理解、ご協力宜しくお願い致します。
結びに、組合員皆様のご多幸とそのご家族の皆様のご健勝をそして組合員企業のますますの発展をご祈念いたします。
第10代組合長 樋口 博
| 名 称 | 上越市建築組合南支部 |
|---|---|
| 所在地 | 上越市東本町2丁目2番17号 |
| 電 話 | 025-525-7286 |
| F A X | 025-526-8240 |
| 設 立 | 明治44年設立 |
| 会員数 | 580名 令和8年1月現在 |
| 青年部 | 10名 (会員と重複) |
| 明治44年 1月 | … | 当組合の前身である高田大工職組合(太子講)が誕生する |
|---|---|---|
| 昭和29年 4月 | … | 高田大工職組合に金谷村・新道村が加入する。 |
| 昭和30年 2月 | … | 高田大工職組合に三郷村・津有村・諏訪村の一部と、和田村・春日村の一部が加入する |
| 昭和31年 1月 | … | 高田大工職組合から高田市建築組合と改称する |
| 昭和33年 4月 | … | 日雇健康保険厚生協会高田支部発足 |
| 昭和34年 11月 | … | 高士村が当組合に加入 |
| 昭和45年 8月 | … | 新潟県建築国民健康保険組合に加入 |
| 昭和46年 1月 | … | 高田市建築組合を上越市建築組合南支部と改称する |
| 昭和47年 10月 | … | 上越市建築組合南支部 建友会をを発足 |
| 昭和53年 4月 | … | 組合事務所を現在の地に移す |
| 昭和60年 4月 | … | 労働保険事務組合上越市建築組合南支部を設立 |
| 所在地 | 上越市寺町3丁目9-34 |
|---|---|
| 威徳院境内 | 江戸安永9年 建立 |
| 所蔵物 | 聖徳太子(江戸時代) |
| 備考 | 太子堂は当時の大工棟梁竹澤新治良の父 竹澤剣持の作とされる 棟梁は中邑次兵衛・江島丹七 |
| 講の時期 | 春祭り 1月7日 夏祭り 8月22日 |
| 発祥年代 | 不明 |
| 講の内容・参加者 | 地区部長が参加して、寺にて祈祷 組合員分のお札をもらい配布(春) |