四万十川物語 (第7話)


四万十川・あつよしの夏 松本順



<四万十川のロケ風景>



<「甥の結婚式」高知ロイヤルホテル>

 もう、20年も前の話になりますが、NHKが「四万十川・あつよしの夏」というラジオドラマを製作しました。そのロケで、10日間ほど四万十川へ行きました。ラジオドラマでオールロケというのはとても珍しい事です。普通、ラジオドラマは、条件の良いスタジオで芝居を取って、それに後から効果音や音楽を重ねていくからです。

 では、なぜはるばる東京から四万十川まで両親役の橋爪功さんと左時枝さんを連れて行ってロケをしたかというと、地元の子供たちに出演してほしかったのと、やはり四万十川だけが持っている大自然のリアリティがほしかったからです。

 録音は、家の中のシーンは小学校の放送室で外のシーンは例えば川で遊ぶシーンは、実際に川に行って水につかりながら収録というスタッフにとってはとても難しいものでした。助監督の私は本当に泣かされました。なにに泣かされたかって・・・それは「せみ」です。せみが鳴くと助監督が泣く・・・。

 せみの音は、詳しく説明すると難しくなるので省略しますが、録音すると実際に聞く以上に猛烈な音となり、セリフなんてほとんど聞こえなくなります。放送室、といっても、クーラーは無く、せみの音がすごいので窓も閉めっぱなしという出演者にとっては過酷な収録でした。そこで、毎日私が氷柱と爆竹を買ってきての収録となりました。氷柱は理解できると思いますが、何で爆竹なんか?と思いませんか。実は、せみ対策に大量に買ってきたのです。

 稽古も終え、さあ本番という時、監督の合図で助監督が盛大に爆竹を鳴らすと、せみがビックリして鳴き止む、そこを狙って収録という段取りです。四万十川のせみはやはり純情で、きっと爆竹なんかはじめての体験ですから、たまげちゃって、シーンと静かになったものです。

 ところが、・・・せみも学習するのですね。長崎の精霊流しのような爆竹の大轟音にもすぐに慣れて、大胆なせみが一匹、様子見にちょっと鳴き出すと全員があっという間に大合唱をはじめるのです。それも、あてつけのように前より大きな声での大合唱です。そして、鳴きだすまでの時間がどんどん早くなり、本番の時間がどんどん短くなっていくのでした。

 おかげさまで、出来上がった作品では季節に関係なく、せみが鳴いているという妙なことになりました。放送を聴いた人はひょっとして、さすが南国、高知の四万十川では一年中せみが鳴いているのだと思ったかもしれませんね。でも、やはり本物の持つ圧倒的なリアリティと、役者さん顔負け地元の子供たちの感動的な演技で「四万十川・あつよしの夏」はすばらしい作品になりました。

 その時以来、四万十川には訪れる機会がありませんが、あの圧倒的な自然が、若し環境破壊の犠牲になりつつあるとしたらこんな悲しい事はありません。四万十川のせみを泣かすことなどあってはいけないことですよね。            

           話・輪・和<リレーエッセー>        
 次回は、森林、特に保水力に関しては、堂々の論陣を張る、遠山賢三氏です。「あつよし」「理髪院」「毛沢山」「禿三」「朝葉楓」「ken33」等々というペンネームを使って、「コラム」を書き分けているとの噂もあります。このペンネームをすべて遠山氏が使用しているのかどうかは伏せておきますが、いづれの名前を使おうと、氏の発表する森林と保水力と海洋性の一部の魚(とくにサバ)に関しての評論は天下一品です。しかし、今回は、ご出身の四万十川中流域でのご幼少のみぎりのエッセーです。四万十川に沿って走る「予土線」開通にまつわるお話です。