人生即遍路
 南国市十市の小高い山の上にあります。地元では「峰寺」と呼んでいます。急な坂道を登ると山門があります。この山門の仁王様は、鎌倉時代の仏師定明の作といわれ、国の重要文化財に指定されています。境内の参道脇にはさまざまな形をした巨岩が立ち並び、樹木が茂って特異な風情を呈しています。すばらしい石組の庭園もあり興をそそります。本堂前の岩の間にひなびた句碑があります。字がよく読み取れませんが、お寺の人に聞くと芭蕉の『木枯らしに岩吹き尖がる杉間かな』という句が彫りこまれているそうです。境内からの眺めは雄大で、眼前に月の名所桂浜、先頃開港したばかりの高知新港を見ることができます。そして、その向うには、水平線が緩やかな孤を描いた、はてしない太平洋が広がっています。
<32番札所 禅師峯寺・南国市>
  私の境涯は、山頭火即俳句だ。
 愚を守る。
 貧乏におちつく。
 無能無力に安んずる。  おのれにかへる。
 軽く詠ふて深く感じさせる。
 世が明けると起き、日が暮れると寝る。
 残れるものを食べて余生を楽しむ。
(山頭火記)
【山頭火の遺品の中に「行李」があります。そのふたの裏側には墨蹟鮮やかに「人生即遍路 山頭火」と記されています。】
<行李>
 ある人からの情報で、雪渓寺に山頭火の句碑があるらしい、ということを聞き、早速出かけてみました。あまり広くはない境内をひとあたり見渡してみましたが、それらしきものはなく、ガセネタか、と思いつつも、若い修行僧のような方がいましたので、「山頭火の句碑は何処にあるのですか?」と聞くと「最近ここへきたもので、知りません・・」とのお返事。霊宝館はあらかじめ予約が要るとのことで、仕方なく帰ることにしました。帰り際、入り口の石段のところから雪渓寺の全景を撮ろうとデジカメを構えてみたら、びっくり、ファインダーの中に山頭火の文字が飛びこんできたではないですか!遍路案内の道標の表には「人生即遍路 山頭火」という文字が刻み込まれていたのです。句碑には見えませんでしたが、人生即遍路は9字であり山頭火独特の「短律俳句の世界」なのでしょうか?
(山藤花記)
寒い雲がいそぐ
分け入れば水音
 禅師峰寺からの道は、海の上の県道として種崎・長浜間を今も県営の渡船が往来しています。雪蹊寺の脇には「奏神社」があり、長曽我部元親公がまつられています。近くの若宮八幡宮は元親の四国制覇の緒となった長浜城(雪渓寺の裏山にあったそうです)攻めの初陣を張った場所であり、現在元親の銅像が立っています。雪渓寺は、鎌倉時代の仏像の宝庫で、ご本尊薬師如来坐像は運慶の作、脇寺の日光、月光両菩薩も同時代の作といわれ、また毘沙門天と吉祥天女、善賊師童子は運慶の子、湛慶の作でいずれも国の重要文化財に指定されています。これ等の仏像は、道雲、海覚の作といわれる十二神将とともに霊宝館に安置されています。右側にあるのは遍路案内の道標。32番と34番の札所の方向を手形の絵で表示しています。
<33番札所 雪渓寺・高知市>