[ His answer ]
神波はいつも、いい服を着ている。
これは、「いい」=「ブランドもの」「高価な」という意味ではなく。
質のいいもの。機能的なもの。作り手の何かが感じられるもの。自分に合うもの。自分の好きなもの。神波が自分の目で、肌で確認して、「いい」と感じた服を、いつも着ている。
そのくせ神波は、雨に濡れることも汚れることも、まるで気にするそぶりがない。
仕事で扱う衣裳に対するあの繊細さは、自分自身の服には向かないのだろうか。
“衣裳さんなのに…?”
そう周りの人間が思ってもおかしくない。
俺も昔はそう思った。
だから、ある日そのことを口に出してみた。
「なんでお前、いい服着てんのに、そんな気にしないんだよ。汚れるぞ?」
セットが建て込まれ雑然としたスタジオの隅。あぐらをかいて床に座り込んでいる神波の隣に、同じように俺も座りながら。
俺の言葉に小さな目をぱちりと瞬きさせる。
けれどすぐに、神波はニコッと目を細くして、こう答えた。
「だって俺の服は、俺がこうやって仕事したり、遊んだり、生活したり…その為に着るじゃないですか。生きてく間、ずっと。だから、着たい服を着るし、それが毎日過ごしていく中で汚れたって、破れたって、それは平気ですよ。それが当たり前っていうか。…あっ、でも、すごいお気に入りの服が、初めて着たその日にペンキまみれ!ってのは、ちょっとツライかなー。」
言い終わるか終わらないかのうちに、カン高い声で大きく笑った。俺達の目線の先では、罰ゲームの収録の餌食になったスタッフが、頭からペンキをかぶっていた。
二人して手を叩きながらひとしきり笑った後、大きく息をつくと、神波は少し残っていたらしい答えの続きを喋った。
「服、好きだけど…、楽しくないじゃないですか、変に気にし過ぎると。服に自分を合わせるんじゃなくて、自分の為に服を着るんですもんね。」
「ふー…ん。」
なるほどな…。楽しんで…ホントに大切に服を着るってのは、そういうことかもな…。
「お前の見た目は“服に着られてる”って感じだけどな。」
妙に感心してしまった俺は、素直な感想は腹に留めて、つい、そんなことを口走った。
せっかく語った後の余計な一言に、神波は生意気そうな笑い顔で、俺を睨んでみせた。
「だから、好きで着てるんだからいいんです、コレはっ。」
そう言ってすっくと立ち上がる。
腰まですっぽりと隠れてしまう大きなパーカー。元気に動き回る神波に良く似合う鮮やかな色。
一瞬止まってその全身を真っ直ぐ俺に向けてから、くるりと翻って衣裳室へと駆けて行った。
俺はその後姿を見ながら、やっぱりあいつは「衣裳/神波憲人」だな、と思った。
今もそう思っている。
神波も変わっていない。
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