大河ドラマ 篤姫![]() 《放送》2008年1〜12月 NHK 《原作》宮尾登美子 《出演》宮崎あおい 瑛太 高橋秀樹 春風亭小朝 玉木宏 《HP》 1.序章 2008年の大河ドラマ「篤姫」に玉木君が坂本龍馬役で出演!というビックニュースを聞いて以来、龍馬登場を今か、今かと待ち続ける日々が始まりました。 2008年1月6日に「篤姫」の放送が始まり、季節は冬から春へと移ろい、そして夏も終わろうという8月31日、満を持して玉木龍馬が登場したのでした。 そこで、まずは8ヶ月間のドラマのおさらいといきたいところなのですが、実は私も見始めたのは篤姫が大奥に輿入れしたあたりからで最初の部分は見ていないのであります・・・。 なのでドラマの時代背景をサラッ〜とさらっておきましょう。 時は幕末。 それなりに安定していた幕藩体制も時代の流れと共に制度疲労が見え始め、幕府の財政も慢性的に厳しくなっていました。 対外的には、産業革命を経て、新たな市場開拓を求める欧米列強諸国が東アジアに迫ってきており、鎖国政策も行き詰まりを見せていました。 1853年には、開国を求めてペリー率いる黒船が来航し、日本に開国と通商を求めてきました。 清がアヘン戦争に敗れ、香港を割譲し開国したという情報を得ていた幕府に強い動揺が走ります。 そんな中、篤姫の故郷である薩摩藩や長州藩は藩政改革に励み、専売制を強化するなどして財政を立て直し、雄藩として幕末期の政治に登場してきたのでした。 ペリー来航の翌年、幕府は日米和親条約を結んで開国し、その後、下田に着任した総領事ハリスから通商条約の締結を求められていました。 これに対して攘夷派からは激しい反対論が出ていたのですが、現実的にはハリスの要求を拒絶できないと判断した幕府は朝廷の理解を求めますが、朝廷は条約締結を認めませんでした。 幕府は朝廷の許可のないまま日米修好通商条約を結び、幕府の大老井伊直弼は朝廷と結んで条約に反対した水戸藩などの大名に激しい弾圧を加えたのでした。(安政の大獄)。 幕府の通商条約調印への批判の動きは、尊王攘夷運動に発展し、1860年、井伊直弼は桜田門付近で水戸藩の浪士に暗殺されました。(桜田門外の変) 伊井の暗殺は幕府を大きく揺るがし、その権威をぐらつかせました。 幕府は、権力を維持するため、孝明天皇の妹和宮を将軍家茂の妻に向かえ、朝廷との関係を深め、幕府の権威の建て直しをはかるのでした。 2.第35回 「疑惑の懐剣」 2008年8月31日放送 篤姫放送開始から、8ヶ月。 長かった、いや本当に長かった。 オープニングの出演者名の中に「玉木 宏」の文字を見たときから、龍馬の登場を待ちわびる。 しかし、ドラマは和宮方と江戸方の大奥内での確執の話が延々続く・・・。 そして、番組開始から41分くらい経過したところで、漸く龍馬登場! 文久2年(1862年)3月土佐藩を脱藩した龍馬が、希望に満ちた眼差で旅を始めるという、およそ20秒くらいのシーン。 台詞はなし。 えっ〜、これだけかい? 顔見世だけの龍馬登場でした。 3.第36回 「薩摩か徳川か」 2008年9月7日放送 大奥内では、江戸方の京方(和宮派)の小競り合いが続いていましたが、肝心の和宮は家茂とラブラブモード。 そんな中、幕政改革を唱える薩摩が数千の兵を率いて京へ上っていました。 残念ながら、この回、龍馬登場シーンなし。 4.第37回 「友情と決別」 2008年9月14日放送 朝廷の勅使を伴い薩摩軍が江戸へ入るも、幕政改革の交渉は進まず、薩摩は江戸を離れます。 帰途の生麦村で薩摩の行列を横切ったイギリス人を供回りの藩士が斬りつけてしまいます。(生麦事件) 大変残念ながら、この回も、龍馬登場シーンなし。 5.第38回 「姑の心 嫁の心」 2008年9月21日放送 生麦事件でイギリスは幕府と薩摩に巨額の賠償金と謝罪を求めてきます。 京では尊王攘夷の急先鋒、長州藩が台頭していました。 また、薩摩では、篤姫の幼馴染である小松帯刀が家老職に昇進しました。 そして、今回、漸く、漸く、龍馬が本格的に登場! が、しかしです。 あろうことか、この回の録画予約をするのを忘れた間抜けな私は、旅先で映りの悪いTV画面を食い入るようにに眺めておりました。 文久2年(1862年)12月、龍馬は松平春嶽の紹介状を携え、軍艦奉行の勝麟太郎に面会します。 1823年生まれの勝麟太郎が39歳、1836年生まれの坂本龍馬が26歳の時ですね。 勝を演じる北大路欣也(65歳)と龍馬の実年齢に近い玉木君(28歳)。 丸腰で迎えた勝に、「無用心だにゃ〜」の第一声。 発声、所作ともに円熟し、独自の空間を作り上げている欣也さまの前では、玉木君の演技がいささか薄く感じられてしまいます。 でも、勝の開国にかける熱い思いをキラキラした目で聞き入る玉木龍馬、実にフレッシュで良かった。 画質の悪いTV画面で、玉木君の目の輝きが際立っていました。 「勝先生!お話腹の底に響いたきに弟子にしてください!」と、勝に弟子入りした龍馬でした。 6.第39回 「薩摩燃ゆ」 2008年9月28日放送 さて、今週の龍馬出演シーンは9時15分から17分くらいまでの約2分間でありました。 勝海舟との絡みであります。 文久3年(1863年) 朝廷の攘夷実行の求めに対し、実現の不可能性を訴えるべく上洛した将軍家茂であったが、長州藩を中心とした過激な攘夷派が朝廷を席巻しており、幕府は朝廷に対し攘夷の決行を約束する結果になってしまう。 そして家茂は体調を壊し、京に足止めされる。 家茂の身を案ずる母、天璋院(=篤姫)は、軍艦奉行勝海舟を家茂の元に送る。 (於大阪) 海軍操練所の図面と予算書を眺める勝と龍馬。 龍馬「勝先生、幕府は本当に攘夷を実行するがですか?」 勝 「そんなことは朝廷に対する方便にきまってっだろう。いや、それより参った。 なんとしてもお金がたらねぇ。」 龍馬「勝先生のお力だけでは限りがありませすけぇ。海軍の操練所を作るがやったら、やっぱり幕府に認めさせんと。」 勝 「俺が作りたいのは幕府の海軍じゃない。」 龍馬「最初はそれでも構いませんけぇ。」 勝 「そんなことしてみろ。 幕府は自分のために海軍を使い諸藩を圧迫しようとするだけだ。日本国の中で争ったってしようがねぇのに。 どうして皆それがわかんねぇのかな。」 達者な江戸弁で深みのある演技を見せる欣也さまに、玉木君も土佐弁で絡んでいきます。 と、障子の外に人の気配。 龍馬の眼球が右から左へ動く。そして、すかさず膝を立て刀を構える。龍馬、鮮やかな身のこなし! 外から声がかかる。「ごめんくださりませ。」 刀を構える龍馬。 行灯の灯りは龍馬の顔左半分を薄く照らす。 影になった右顔との明暗のコントラストが画面に緊張感を漲らせる。 龍馬は眼球だけを動かし、外の気配を伺う。 眉間を寄せ、左眉がややあがったその顔は、ギリシャ彫刻のように美しい。 龍馬「だれぜよ。」 台詞にも殺気がこもる。 「勝様にお客さまでございます。」 龍馬は勝に目配せし、勝はうなずく。 勝 「通せ。」 「はい。」 この刹那にすくっと立ち上がり、左手で鞘を構え、右手で柄を一寸ほど引く龍馬。カチッという柄が離れる音。 龍馬の顔、右半分が影になり、黒目が右に。 龍馬のぞくっとするような怜悧な視線が、全神経を客人に注ぎ、次の刹那には、刃がぬかれるやも知れぬ緊迫感を画面一杯に醸し出している。 それにしても、玉木の美しさを十分に計算に入れての照明と構図。 今日一の“美味しい映像”だ。 客人は、公方様からお召しの旨を伝える。 「公方・・・、公方さまが!?」驚く勝に、つい先程まで、目だけで人を殺しそうな勢いだった玉木龍馬の目はまんまるに。 お口もまんまるに開いて、ちょっとかわいらしい驚きの表情。 この表情の激しい落差に、玉木ファンはまた、また今夜も陥落です。 本日の龍馬出演シーンは以上でございました。 この後、勝は攘夷に踏み切ったとしても日本はコロリと負け、さすれば日本国中が攘夷などできぬと悟るであろうと家茂に語り、その見識に感銘した家茂から神戸操練所設立のお墨付きをもらいます。 勝の言葉通り、長州藩はアメリカ商船に砲撃を加えるも、アメリカ・フランス連合軍に反撃を受け、大敗。 薩摩では、生麦事件の交渉が決裂し、イギリス艦隊との間で薩英戦争が勃発。 鹿児島城下は焦土と化したのでした 7.第40回 「息子の出陣」 2008年10月5日放送 京では尊皇攘夷をかかげる長州藩が台頭しておりましたが、公武合体派(江戸幕府、薩摩、会津)により京を追い落とされました。 1864年。 失地回復をはかる長州藩が御所への突入を決行。世に言う「蛤御門の変」でございます。 小松帯刀ら薩摩藩は幕府軍として参戦し、慶喜とともに勝利をおさめたのでした。 本日の「篤姫」は和宮の“想像妊娠”事件を中心にゆる〜く、お話が進んでいきます。 一方、勝利に沸き立つ京の薩摩藩では宴会の真っ最中。 ご家老の小松帯刀は芸子の琴花に「たてわきは〜ん。」と呼ばれてポ〜となり、こちらの方もゆる〜い展開。 さてさて、我らが龍馬様のご登場は、8時23分45秒〜27分46秒の約4分間でございました。 いつものように勝先生との共演でございます。 「操練所がおしまいいううて、それはどういうことですろうか。」 勝に操練所の閉鎖を告げられ、驚く竜馬。 操練所には蛤御門で長州側についた者も多く、幕府の反発を買っていたのです。 「塾生たちはどうなりますろう? 海軍を造るいう先生の夢は?」 渋い表情の勝先生。 「誰か先生の志を引き継いでくれる方はおりませんのか?」 勝「薩摩に頼んでみるか。」 「どういて、また、薩摩ながですか?」 勝「薩摩なら斉彬様のお考えを受け継いだ者がいる。 一人いた!」 勝の推挙を受け、京の小松屋敷を訪れた竜馬。 帯刀と龍馬、運命の出会いです。 「坂本龍馬といいます。操練所では塾頭をやりよります。」 龍馬の懐を訝しげに見やる帯刀。 「懐に何を?」 龍馬が懐に手を入れると、帯刀は素早く刀を構える。 龍馬は懐から取り出したピストルを掲げ、 「もう刀の時代でもないですけ。 あがってもええですろうか?」 たじたじとうなずき帯刀に、「ほんなら遠慮のう。」と主より先にスタスタと屋敷に入る竜馬。 履物を脱ぐ龍馬を不思議そうに眺める帯刀。 「ブーツち、いいます。 なら、あがるぜよ。」 龍馬、どこまでもマイペースで飄々としているのである。 小松「操練所が潰れる?」 龍馬「幕府に睨まれたら難しいことですけ。 ほんで薩摩はんに塾生の面倒を見てもらえんですろうかと。」 龍馬「正直いうて幕府に追われるようなもんも中にはおります。」 小松「で、人数は?」 龍馬「ざっと30人いうところです。」 小松「京の藩邸では手狭だな。 となると大阪か・・・」 龍馬「お引き受け願いますろうか?」 小松「うん。」 龍馬「いや、ありがたい。 流石小松様。 勝先生が見込んだ方だけのことはありますけ。」 そこへ、突然、庭先に例の琴花が現われる。 「小松さまも隅にはおけんき。」 「おじゃましませんき。 話は終わったし。 ワシはおいとまします。」 「見送りはいりませんき。 ほんならごめん。」 来たとき同様、スタスタと去って行く竜馬の後姿を見送りながら、 帯刀がつぶやく。 「風みたいな人だなぁ。」 以上をもちまして、本日の龍馬さま登場シーンが終了です。 4分間の間に、飄々、マイペース、スタスタ、新種を好み、男女の機微にも通じた風のような竜馬像を一気に演じあげた玉木君でした。 さて、一度は解決したかにみえた長州問題でしたが、幕府に従おうとしない長州藩に対し、幕府は長州遠征を決定。 大奥では若き公方様と和宮、天璋院(=篤姫)が出陣前の記念撮影。 和宮は夫の身に不吉な不安を覚えるのでした・・・。 8.第41回 「薩長同盟」 2008年10月12日放送 慶応元年(1865年) 将軍家茂は長州征伐へ出陣。 そんな中、坂本龍馬は小松帯刀とともに薩摩・長州の同盟を画策するのでした。 今回の龍馬は、薩摩、長崎、京と日本全国を飛び回り、出演シーンも盛り沢山。 お目付け役の勝先生(北大路欣也)を離れて、若手役者と共にのびのびと龍馬を演じる玉木君が見もの です。 まず最初の龍馬出演シーンは、@薩摩 (番組開始後14分前後) 小松帯刀、西郷隆盛、大久保利通らと共に長州と手を組む件について話合う。 長州との同盟を申し出た小松に同調する龍馬、西郷。 これまでの長州とのいきさつから反対する大久保 。 龍馬「大久保さんが言うたとおり、これまでがこれまでじゃ。 まずはわたりをつけんといかんき。」 相手が、今、求めちゅうもんを知り、それをきまえよう差し出す。」 帯刀「武器ですか?」 龍馬「そうよ。 戦を前に長州は鉄砲、火薬のたぐいを欲しがりよる筈じゃ。」 薩摩と長州が手を組み、雄藩の連合による新たな政の形を作ろうということで話がまとまり、 長州へ武器を与えるかわりに、長州からは兵糧米を買いあげようということになりました。 話がまとまったところで、酒。 帯刀の妻お近が酒を運んできます。 お近に小松の健闘振りをたたえ、その労をねぎらうと、 近「主人は働くなと言っても働くひとです。」 龍馬「よう知っちゅーねー。」 龍馬の豪放磊落、多少、お調子者振りが伝わるこの台詞が妙にツボでした。 さて、今回の龍馬達は忙しい。 次のシーンは、すでに@長崎であります。 この地で龍馬は事業結社亀山社中(海援隊の母体)を築きます。 グラバー邸へ、帯刀、通訳のジョン・万次郎、長州藩と共に出向き、鉄砲、軍艦を購入。 そして、舞台は京へ。 京の小松屋敷に芸子のお琴が龍馬の妻、お龍を伴い現われる。 小松にお龍を紹介した後、突然、「私、ここにおいてもらいます!」と言い出し、どぎまぎする帯刀。 同席していた西郷、大久保に助け舟を求める帯刀に、「いいんとちがいますか。」と、シレッ〜と言い放つお 龍。 帯刀、龍馬にかかわった女達も肝が据わった豪傑だったようで、思わず笑ってしまうシーンでした。 明けて、慶応2年 1月。 京都の小松屋敷では、長州、薩摩の話し合いの場が持たれていました。 長州、木戸孝充と薩摩側の交渉は互いに腹の探りあいで、一向に進展しない。 龍馬は、薩摩側に「まずは自分の腹をみせることじゃ。」と箴言し、小松も覚悟を決める。 小松「長州藩、薩摩藩、そして日本国の為に共に力を尽くしましょう!」 ここに薩長同盟が締結されたのでした。 その夜、小松と龍馬が酒を酌み交わす。 横には、お琴とお龍。 薩長が手を組んだことが幕府に知れたら、薩摩も仲介した龍馬の命も危ないと案ずるお琴に、「なんちゃな い!」と、笑い飛ばす竜馬。 しかし、その不安は現実に。 龍馬が投宿していた「寺田屋」に奉行所の取り方が集まる。 風呂に入っていて事態を知ったお龍は、階段を駆け上り龍馬に危機を知らせる。 部屋の襖をあけると取り方に囲まれていた。 龍馬が2発、ピストルを放ったところで、今宵はここまで。 龍馬、どうなる!? 9.篤姫 第42回 「息子の死」 2008年10月19日放送 さて、さて、先週は「寺田屋」にて、奉行所の取り方に踏み込まれた龍馬様でしたが、ご無事でござるか? ?? 玉木龍馬目当てに「篤姫」を見ている我にとっての一番の関心事でございます。 @伏見薩摩藩邸 慌てて藩邸に飛び込む小松帯刀。 そこには傷を負った龍馬とお龍の姿が。 「浅手じゃけん。」と、照れたように言う龍馬。 おお〜、龍馬殿、ご無事でいらっしゃいましたか〜と胸をなでおろす玉木ファン。 帯刀は龍馬とお龍を薩摩に匿うことにします。 さて、大阪城では、慶喜が大久保を召し出し、長州征伐に応じるように要請しますが、薩摩は出兵を拒 否。 そんな折、長征の疲れか家茂様が病に倒れてしまいます。 大阪に呼び寄せられた勝は、「時代が変わりつつあります。 鎖国ができる時代ではなくなりました。 世の流れには逆らまい。」と家茂に語ります。 「それでも私は徳川家を守らねばならぬ。」と、病の身で決意を語る若き公方さまでした。 @薩摩 小松家 帯刀は龍馬、お龍を伴い薩摩へ帰郷します。 妻、お近の前で挙動不審の帯刀。 しかも、バカ正直にもお琴の事をお近に告白し、平身低頭謝る帯刀。 これには龍馬も「小松さんはちくっと正直すぎるきに。」と、少々呆れ気味。 そして、小松、龍馬夫妻は霧島の温泉へ。 これが、日本初と言われている龍馬とお龍の新婚旅行ですね。 時代を動かした男達とその妻達がつかの間の安らぎを得た時でした。 温泉で帯刀に龍馬が語ります。「武士の世はもうじき終わるきに。」 その頃、旅館ではお龍とお近が女同士の話をしておりました。 「いつ死ぬかもわからへん男、何をしでかすかわからへん男。でも、惚れとるんです。 出遭っただけで幸せ。何があろうと惚れた相手が生きてさえいてくれれば・・・」 夏。 家茂の病の知らせが大奥にももたらされました。 取り乱す和宮。 大阪へ漢方医の手配を行ったのでした。 @薩摩 傷が癒えた龍馬は下関へ向かうことに。 別れ際、帯刀は総髪を願いでる決意を龍馬に語る。 龍馬「またのぅ〜」 龍馬を見送るお近が帯刀に「龍馬さまは風のようなお方でございますね。」と語る。 本当に玉木龍馬の背後に一陣の風が吹き抜けて行ったようでした。 慶応2年6月 幕府と長州の戦が始まりました。。 勝が病床の公方様を訪ねると、丁度そこに、家茂が妻、和宮の為に用意した西陣織が届けられました。 翌7月、公方様はみまかられたのでした・・・。 10.篤姫 第43回 「嫁の決心」 2008年10月26日放送 前回は、怪我の療養を兼ね霧島温泉でお龍とつかの間の安らぎの時を楽しんだ龍馬でしたが、今回は家 茂の死に悲嘆にくれる大奥の様子と、妻和宮の新たな決心を中心に話が進んでいきます。 龍馬様の出演シーンは2分あまり。 玉木君ファンには物足りなくもありますが、問題は時間ではありません。 今回は夫婦の情愛を感じさせる密度の濃〜い演技を堪能できます。 慶応2年(1986年)9月6日。 家茂の亡骸が江戸城へ運ばれました。 天璋院も和宮も悲しみに暮れておりました。 そんな中、和宮の元へ、亡夫家茂が誂えた西陣織が届けれ、和宮の悲しみも一層増すばかりです。 天璋院を訪ねた勝は、家茂の臨終は、眠るが如き穏やかな様子で、母上と宮様を頼むと語られたのが最 後の言葉であったと天璋院に告げます。 そして、家茂は穢れなきお心の持ち主であったと述懐しています。 あぁ、松田翔太くん、清廉で初々しく家茂を演じておいででした。 家茂様の回想シーンでは、玉木ファンの私すら一筋の涙が・・・。 天璋院様のお悲しみもいかばかりかと思いきや、そこは我らが天璋院。 悲しみのドン底にあっても、いち早く気持ちの切り替えが出来るお方です。 天璋院 「涙にばかりくれてもおられん。 これからのことにも目を向けてまいればならん。」 大奥を束ねる大御台所というお立場は、悲しみに浸り続けることも許さないようで・・・。 一方嫁の和宮は、夫の死後、髪も下ろさず、京にお帰りとの意向とか。 さすが宮様、徳川の嫁という自覚は微塵も感じさせぬご了見。 天璋院が真意を尋ねると、「公方様の死が信じられぬ故、髪を下ろせませぬ。」と。 夫への思いが深いだけに、その死を受入るには時間がかかるご様子です。 その頃、薩摩では、小松帯刀に上洛の命が下り、帯刀はお近にお琴と分かれる決意を伝えます。 ところが! 8ヶ月振りに上洛した帯刀には、子供が授かっておりました。(勿論、お琴さんとの間の子です。) 赤ん坊を抱き、戸惑いつつも、嬉しさを隠せない帯刀はん。 これでは、もう、別れるどころの騒ぎではありません。 さて、御所では慶喜が征夷大将軍に就任の勅を発せられ、光明天皇からの信頼も篤いものがありました。 慶喜は二条城にて政務を取り行い、御台所も大奥には入らない所存です。 さてさて、またまた舞台は大奥に戻ります。 本寿院(篤姫の姑)様は、今日も切れに切れたエキセントリックな演技で和宮に嫌味を飛ばしまくっており ます。 「髪も下ろさず、京に帰るとは何事じゃ! 」 天璋院に、「嫁の教育がなっとらんのじゃ〜〜〜!!!」と。 好きだわ〜、本寿院サマ(高畑淳子)。 キレ芸の相方、家定サマがみまかられたのが惜しまれますぅ〜。 本寿院サマのイヤミ攻撃が効いたのかは定かではありませぬが、数日後、和宮は落飾し、孝明天皇より静 寛院の院号を賜ります。 和宮さまも、ようやく公方さまの菩提を弔う覚悟がおできになったのでありましょう。 ところが、12月25日、濃疱(天然痘)が重くなり、帝がみまかられたとの知らせもたらされました。 孝明天皇崩御には和宮は勿論のこと、、後ろ盾を失った慶喜も大きく打ちのめされるのでした。 さて、京の小松邸では、この機に一気に慶喜主導の政局を牽制し、有力諸侯を募り、列侯会議路線を 進めようと帯刀、西郷、大久保が謀議しておりました。 が、赤ん坊の泣き声に気もそぞろになる、た・て・わ・きは〜ん。 もう我が息子にぞっこんです。 翌慶応3年正月、帯刀はお近に手紙で子供のことを知らせます。 『ただひたすら許しを請うのみ。』 ただひたすら低姿勢なようで、許す以外の選択肢を与えない文面ですなぁ〜。 これを読んだお近さん、「お龍さんなら、なんとおっしゃいますやろ・・・。」 って、あんたの問題ですがな。 選択肢はないですけど。 で、ここで、ようやく龍馬夫妻に話しが繋がるわけでございます。 番組開始後、30分〜32分。 @長崎 お龍と龍馬が部屋にいる。 龍馬 「そうかい、小松さんにお子がのう。」 泣くお龍。 お龍さんって、そんなことでメソメソ泣くようなタマじゃないと思っておりましたが、龍馬の前でぶりっ子入っちゃ いました!? 龍馬 「それは、お近さんの為の悲しみの涙かい? お琴さんの為の嬉し涙かい?」 泣くお龍に対して、冷静な龍馬。 なんだかお龍の嘘泣き(?)を見透かしつつ、新婚の妻に気を使っている風情です。 お龍 「どっちもどす。」 龍馬 「お子ができたがは、めでたいことじゃけぇ、喜こんじゃるべきじゃ。」 妻をいたわるような、この優しい台詞がいいなぁ〜。 「お龍、これを見てくれんろうか。」 と、龍馬が差し出したのは、『海援隊士姓名』という書面。 「海外を志す者を集め、海外をあいてに商いをするがじゃ。 海援隊、わしの子じゃき。」 篤姫のドラマで一貫したテーマは夫婦愛ではないでしょうか。 このほんの2分あまりのシーンで、龍馬夫妻の夫婦愛が実に良く描けていると思います。 玉木君演じる龍馬の夫としての優しさ、心許せる妻に語る己の夢。 短い時間ではありましたが、玉木くんの人としての温かみがじんわり出ていて、私にとっては、今までの篤姫 の中では一番好きなシーンであり、玉木くんの演技も一番輝いてみえました。 そして、長崎界隈の教会鐘の音が遠くに聞こえ、二人の部屋のシーンは終わります。 さて、京では帯刀が慶喜へ列侯会議への出座を要請。 有力諸侯を集め、帝の許しを得たうえで、政を進めようとしています。 しかし、慶喜殿は岩倉様が看破した通り、なかなかの策士でありまして、諸侯をかく乱して、結局、長州は 許されず、慶喜悲願の兵庫開港の勅許を得たのでした。 政の実権は慶喜の残ったわけです。 これに立腹した薩摩の西郷、大久保はもう討幕しかないといきり立ちます。 帯刀は、それだけはならないと二人を制しますが、もはや時代の流れを止めようもないようです。 さて、京での政局を尻目に大奥では、和宮が京へ戻る準備が進められておりましたが・・・。 和宮様は、意を翻された模様です。 「私は京へは帰りません。 徳川の為に生きねば、公房様に申し訳がたちませぬ。」 おおぅ〜、和宮さま、いつの間にお覚悟を決められたのでしょう。 そして、義母天璋院に、 「どうしたらそういう風に強く生きていけるのですか?」と尋ねます。 天璋院「もし私が強いのだとしたら、家定さまがついていてくださると思えるから。 今も慕うております。」 おおぅ〜、夫婦愛もここに極めまりという感動的なお言葉。 そして、ついに和宮と天璋院、嫁と姑の心も通い合ったのでした。 天璋院「あなたは徳川のお方になってくださったのでございますね。」 和宮さまの決心が定まったところで、本日の放送はこれにてお終い。 さて、次回のタイトルは『龍馬死すとも』ですって!? え〜、龍馬さまのご出演はもう終わっちゃうの〜!? 11.篤姫 第44回 「龍馬死すとも」 2008年11月2日放送 2010年元旦を迎えた今日、2年以上前に放送された篤姫のレビューを書くのもどんなもんかと思いますが、放置状態を2年間、ずっと気にはしておりましたのでペンを取りました。 すご〜くあっさり書いてしまいますが、龍馬はじめ土佐藩発案の「大政奉還」が薩摩藩との協調によってなされ、龍馬は帯刀と明日の日本への夢を語った直後、かの「寺田屋」で暗殺されてしまいます。 切られて畳に倒れた玉木龍馬を見て、「やっぱりデカいなぁ〜、玉ちゃん。」と思ったのが率直な私の感想でした。 志なかばでの龍馬の死は、その後の維新の際に龍馬が存命であったならば、日本の歴史はどんな風に変わっていたであろうかと、後世の龍馬ファンから惜しまれ続けていますが、それでも時代は大きく変わっていったんですよね。 そして、龍馬の死の後も篤姫の放送は続きますが。 放送から時間がたってレビューを書いているせいか、玉木君が演じた龍馬ってどうだったんだろう・・・とテンションも低めに考えてします。 痩せて、大きな目を一層大きくギラギラさせながら日本の未来を語ったというのが玉木龍馬の魅力だったのかなと思います。 それ以上は、なんとも言い難いです。(終) |