のだめカンタービレ![]() 《放送》2006年10月〜12月 フジテレビ 《原作》二ノ宮知子 《出演》上野樹里 玉木宏 瑛太 水川あさみ 小出恵介 《HP》 1.のだめ序章 2.レッスン1のその1 3.レッスン1のその2 4.レッスン2 5.レッスン3のその1 6.レッスン3のその2 7.レッスン4のその1 8.レッスン4のその2 9.レッスン4のその3 10.レッスン4のその4 11.レッスン5のその1 12.レッスン5のその2 13.レッスン5のその3 14.レッスン5のその4 15.レッスン6のその1 16.レッスン6のその2 17.レッスン6のその3 18.レッスン6のその4 19.レッスン7のその1 20.レッスン7のその2 21.レッスン7のその3 22.レッスン7のその4 23.レッスン7のその5 24.レッスン7のその6 25.レッスン8のその1 26.レッスン8のその2 1.のだめ序章 (覚書兼おさらい) 原作は講談社より発行の雑誌「KISS」に連載の二ノ宮知子による漫画『のだめカンタービレ』。一説によると、当初、某大手事務所所属のタレントが千秋にキャスティングされるも、このタレント属するグループの歌を主題歌として使うように同事務所がゴリ押ししたことに二ノ宮が反発。かつて映画『殴者』を観た二ノ宮が、「こんなに陰のある眼をした役者が日本にいたのかと思った」という、同映画の主役を自ら製作者側に推したことから、玉木宏による千秋が実現したとか。 それでも当初、千秋への玉木起用には巷でかなりのブーイングが。にもかかわらず、このハードルの高い役柄に果敢にも挑戦し、そのプレッシャーにめげなかった玉木の精神力には畏れ入るところ。何より、ドラマの進行と共に困難な課題を一つずつリアルタイムで克服し、「千秋真一」その人に成っていく、そして原作・千秋を越えていくこの俳優に、気付かない間にエールを送っていた視聴者がどれほどいたでしょうか。 役者であれば役作りのための努力は当然のこと。役柄ごとの特殊な課題(特異なハンディや技能、外見など)に応えるという、目に見える、分かり易い努力だけではなく、役者自身による「人物理解」がいかにドラマに深みを与えるか。千秋について「天才肌でどんなことでもやれてしまう・・・それ故に強がりでもあるので、そこが鼻について演じづらいところがあった」(写真集『COLOR』添付「玉木メモより」)「(最初、千秋は)人を見下すことしかできなかった・・・でも、繊細な部分・見せなきゃいけない要素がたくさんあって、撮影に入るまでにそれを掴むのが大変だった」(「『のだめ』スペシャルDVD特典映像より」と語る玉木。更に、千秋を演ずる過程で監督に幾度となくダメ出しをされたというエピソードからも、この役作りが難しかったことが窺えます。 一応「少女マンガ」にくくられる『のだめ〜』では、登場人物の内面が余り(特に物語の前半では)描き込まれていません。原作「千秋」をそのままTV画面で表現してしまえば、トゲトゲしいだけで人間としての温かみ・面白み・魅力のないまま終わってしまったでしょう。それを避けるには、脚本家、演出家、役者による積極的な解釈と肉付けが必要だったはずです。こうして、原作では平板な存在感しか持たず、2次元の世界の住人でしかなかった千秋が、ドラマでは、特に回を重ねるにつれ、生身の人間として(時にはむせかえるような色香をたたえて)観る人に肉迫してくるようになりました。これが、本作を原作漫画の単なる実写化を超えた奇跡のような作品にならしめた所以の一つでしょう。 最後に、どうしても触れておきたいのは「モノローグ」です。 (特に長ゼリフでの)言葉の抑揚や言い回しの拙さ、声を荒げる場面での発声の奇妙な揺れは課題として残るも、「のだめ」のモノローグでは、言葉の一つ一つを噛み締めるように語れる玉木の強みが活かされましたね。こうした「語り」の上手さ、受け手の心に訴えかけるその表現力は、同年代の俳優の中でも傑出しているんじゃないでしょうか。(私見ですが、この「語り」の力は、玉木自身が大変に感情豊かで涙もろい「感動屋さん」なところから来ているような気がします。)そしてその「語り」には撮影の過程で更に磨きがかけられていきました。今後を期待させる要素です。 更にモノローグで予想外だったのは、玉木の声の良さです。知らない間に聞き惚れてしまうような深い響きを持ったその声! (おまけに息もれまでふんだんに聞こえてきて、声を堪能する、にとどまらず、その色気に悶えるハメに。ホント、罪な俳優ですこと。) では以降、最終回のベト7での感動屋さん大決壊のシーンに至るまでどんどん進化していく玉木・千秋の魅力を、改めて振り返ってみたいと思います。 2.レッスン1のその1 (激しくネタバレ・レビュー) 美しいプラハの町並みと、そこを流れるモルダウを前に、幼い日の主人公・千秋真一(かわいい!)が恩師ヴィエラと語るチェコ・プラハの回想シーン。そこでは玉木のモノローグにより、千秋の幼少の頃からの恵まれた(=お坊ちゃまな)音楽的背景が紹介されます。またこのプラハシーンからのカットバックでは、原作よりたっぷりと時間を取り、千秋に自室で物憂げに煙草をくゆらしながら空を見上げて涙を流させ、「なぜ僕はここにいなければならないのでしょうか」と長々と独白させる構成を採り、早くも製作者の思い入れの深さが窺い知れます。 しかし、このシーンを初めて観たときは、濡れた瞳に長い睫毛、横顔の唇のぷっくり感に「えらく艶っぽい千秋だなあ」と思ったものです。原作ではたった1ページ、2コマのシーンに、情け容赦ない高解像度での接写と、肌の細かな凹凸まで見える挑戦的な角度からの照明。それをものともしない被写体。千秋の苦悩を印象付けておきたかったからこその念入りな撮影なんでしょうが、この人のオブジェとしての美しさにまず眼がいかない人がいるでしょうか? 更に、大学構内を「不機嫌に」「ズカズカ」と千秋が歩いてくるはずの次のシーンでは、キャット・ウォークを闊歩するモデルにしか見えません。PRADA製だと言われるシャツ&パンツのせい? ポケットにかけた指のせい? いや、プロポーションが良すぎるせいでしょう。頭が小さくて、それに何て身体の線がきれいなんだ! 肩が、腰が、・・・・以下、キリがないので略(笑)。 ・・・とまあ、この役者にとって、その類まれな容姿は大きな武器であると同時に、観る側にしてみればノイズ(それも甘美な)でもあるんですね。ストーリーに集中できないじゃないですか! 難儀なことです。この落とし前(笑)を付けても尚余りある極上の芝居を見せてもらわねば、割りに合いますまい。 内心「ハム」と蔑む指揮科の早川がドイツに留学すると知り、ベートーベンのピアノ・ソナタ「月光」第三楽章を、自らの苛立ちをぶつけるように弾く千秋。それに怒るハリセン教師・江藤。 ここは演ずる側としてはこの回の見せ場の一つでしょう。短いけれど集中力を要する勝負どころですね。お相手は極道歴、じゃなくて極道演技歴が数々あるらしい豊原巧補氏。 上手い! ・・関西弁の滑舌が良くて「借金の取り立て」そのものです。受けてたつ玉木は棒読みすれすれのリスキーな台詞回しではなかったかと。確かに、豊原に呼応するような抑揚付けたらヤクザ二重唱になっちゃいますが。お坊ちゃま千秋は怒っても気品を保たねば。そこは見開いた眼の眼光の鋭さ(←素晴らしい!)と首筋に立った腱で、千秋のノーブルな怒りのほどは充分に表現されていました(注:怒った眼、いいですねえ、あの視線を浴びたいくらい(S笑))。一瞬だけ口元を大写しにするカット割りも絶妙。台詞を吐き捨てるように言う仕草といい、立ち姿といい、ちょっとシェークスピアの舞台を思わせます。 ハリセンと一戦交え、「もう来んでええ」と破門を言い渡され、「そうだよ、俺は指揮者になりたいんだ」と呟きながら夕日の中を歩く千秋の耳に聞こえてきたのは、同じピアノ科ののだめの弾くベートーベン・ピアノソナタ「悲愴」第二楽章。そのjazzyで気ままなノリは、特別な何かを千秋に感じさせます。 「でたらめだけど、間違ってるんじゃない」音楽。 その音の主を探し当てると、それは夕日の満ちた学内の部屋の中で旋律の流れに身を委ね、恍惚としてピアノに向かうのだめでした。その姿?その音楽?に涙を浮かべる千秋。 このシーンや冒頭のシーンを始め、このドラマでソフトフォーカス&単色系で撮影されるシーンの美しさはため息もの。あの有名な催眠術シーンは言うまでもなく。 その部屋へ入ろうとしたところを呼び止めた元カノ・彩子とバーで飲むシーンでは、私、当初勘違いをしておりました。このドラマ、このシーンでは完全にコメディ・モードだったんですね。(対・江藤戦でも突然、千秋が空中をすっ飛んだんですもの。うかうかシリアスな気持ちのまま、観ていられません)飛行機恐怖症の話を彩子に持ち出されてウソっぽくガタガタ震えてみたり、「簡単に言うな!」と声がひっくり返ってみたり。「な〜〜んだ、大根じゃないの、この役者」と思ってしまいました(懺悔&涙)。おまけに見え見えのおもちゃの飛行機が出現するし。ちょっと先行き不安になった瞬間でした。しかしすべては演出の一部だったんですね。失礼。白目を向いて海に沈んでいくチビ千秋を見たときに、「もしかしてあれもこれもコメディ?」と悟った次第。 プラハ・ロケまで敢行して高級感を出しておきながら、この胴体着陸のシーンの「わざと狙った」(監督談)というB級感。コメディであることが前提の漫画チックな芝居と、入念なシリアスな芝居。そんな綱渡りのようなバランスがあちこちに仕掛けてあることになかなか気付けなかった私はおバカな視聴者でしたか。 飲み過ぎてアパートの自室の前でつぶれてうたた寝をしている千秋をのだめが見つけ、なぜか(って不思議ちゃんですから)耳に息を吹きかけます。 夢の中でアルカイックな微笑を浮かべ、風(=のだめの息)を浴びながら草原で腕を広げる柔らかな表情(=絶品!)の千秋。草の穂が風にゆれ、その風を受ける千秋の前髪(と、ついでに睫毛)の質感の軽やかなこと、爽やかなことといったら。このまま環境映像にして部屋の中で流しっぱなしにしておきたいくらい。癒しパワー全開のこのシーン、個人的には4話のベンチでウソ寝シーンのお顔より好きですよん。 「悲愴」の流れる草原から眼が覚めると、そこはゴミに埋もれたのだめの部屋。こうして千秋はのだめ(という生き物)に遭遇します。 音楽的素養に恵まれ、ヴァイオリンもピアノもこなし、実は指揮者を目指しているという知性の人・千秋と、「幼稚園の先生になる」ことが夢で、自己流だけれど人の心を動かすピアノを奏でられる感性の人・のだめ。音楽の道を志すものとしては互いにアンチテーゼなこの二人の関係が、この物語の核になっていきます(と同時に、それはクラシック音楽の永遠の命題の一つでもありますが)。 (レッスン1 その2に続く) 3.レッスン1のその2 のだめの部屋を脱兎のごとく飛び出た千秋はシャワーを浴び・・・って、ここで罪作りなサービス・ショットでしたね! 妙に赤みを帯びたお身体だったのが、また一層なまめかしい・・(うらめしい、ではない)。「『メン』だけじゃなくて、ボディもイケるのね、この俳優さん」と思った、まだ玉木をよく知らなかった頃の私。それがこんなことになるとは(遠い目)。 自分に向かって手を振ってくれたと思った彩子が、実は背後のハム早川(←終に命名)に手を振ってたり、のだめと同じく、落ちこぼれ専門教師の谷岡が担当になったり、極めつけは、(ちょっと先のエピですが)廊下ですれ違ったハム早川が、「留学先のゲルハルムで受講生オーディションを受けるからヴィエラに会えるかも」と、チラつかせたり。 と、ドラマではとことん追い込まれて落伍感を募らせる千秋。 「くそっ、何であのハムなんかと!」 荒れる千秋がタバコを吸おうと自室のベランダに出ると、のだめ部屋から侵入してくる紫色のゴミ汁を発見。勢い余ってのだめ部屋に突入&掃除夫と化す。ここで玉木腐ァンとして見逃してはならないのは、ゴミの山の中にのだめのブラを見つけてつまむ時のエロい笑みですかね。あれが「地」だったら面白いのにな〜〜(ニヤリ)。 掃除後の千秋にのだめから供されたのは、黒焦げのアジのマヨネーズ掛け。このとき、つい流れに乗って「ミレリーゲ・・」を作り、のだめにおだてられて「こんどはもっとうまいの作ってやるよ」と言っちゃう千秋なんですが、たったこんだけの部分なのに、やっぱり生身の人間が、生の声で語ってくれると面白さ倍増! がんばって口調を抑えてるのに微笑がこぼれてる、ってのが。カッコ付けながらもちょっぴり嬉しい千秋がカワイイなと思える場面でした。 ついでながら、BGM(R・コルサコフによるコミカルな『熊蜂の飛行』)が入るまでの「千秋as掃除夫」のシーンでも、彩子とのバーでのシーンと同じことを思いました。玉木の漫画チックな誇張気味の立ち振る舞いが少し「浮いてる」ように感じたのです。バーのシーンでは彩子を演じる上原が玉木の芝居を充分「受け」てないことや、漫画チックとは程遠い、ムードのあるセット、掃除夫のシーンでは「引き」のままカメラ固定×BGMなし、も原因の一部かと。例のCGによるお絵かきを加えてもよかったかも知れません。あの芝居は説明なしにTV画面で見ると「大根」に見えかねないと思うのですが。 おまけにダンボールでのだめをボコっとやるシーンなど、DVまがいのシーンには正直、ドキっとしました。 実験的だったという、漫画チックな大袈裟な演技、CGを使った撮影、DV、果てはおもちゃの飛行機も、「漫画だから」という監督の心づもり(orひとりよがり)があったかも知れませんが、何の説明や道具立てもなしに観るには、そして慣れるまでは、かなりの抵抗感がありました。 ここで怪しげ&妖しげなオジサン=ミルヒー登場。竹中さんの名前をキャストに見つけたときには笑うしかなかった。どんなミルヒーになるのか、「観る」前から「視え」ちゃう。 服装からして、髪型からして、イッちゃってます! あ〜、ミルヒー人形が欲しい!(笑) 落ち専・谷岡の指導の下、モーツァルトの2台ピアノのためのソナタを弾くことになった千秋とのだめ。「(遅刻ののだめを待つより)コーヒーでも飲んできたら?」と言われて千秋は教室を出るのですが、その後ろ姿をみつめる谷岡を演じる西村の眼はいかにもタヌキでしたね。こ〜んな眼で人を見る人が、あ〜んな調子の良い(or良すぎる)&インチキ臭い飄々とした口調でしゃべってたら、そりゃあ〜要注意ですわ。 結局千秋が現れることなく、でもスキップしながらなぜか意気揚々と(ってやっぱり不思議ちゃんですから)大学を後にするのだめの前に、ミルヒー出現。このオッサンも悲しいくらいにインチキ臭い。そして「ビテ(ドイツ語:bitte=英語でプリーズ)、案内もらえますか?」などとのだめに接近。(これ以来、このドイツ語「bitte」が異様にインチキ臭い言葉に聞こえるようになってしまった、どうしてくれる゛ぅ・・) ここでレッスン1で何よりの芝居の見せ場が、このミルヒーとの間で繰り広げられます。やり取りの呼吸も絶妙! いそいそと手の込んだ料理をして待つ(!×10)、赤いエプロンも可愛い千秋の部屋に、ミルヒーがのだめと共に乱入。 このときの玉木の表情の芝居は千変万化、贅を尽くして味わい深し。圧巻でした。 顔の微細な神経発達が尋常じゃないって感じ。どんな小さな表情筋も自由自在って感じ。 ・「ワインを飲むんじゃねぇ〜〜っ!!」険しい目付き+サウスポー指差し。 ・(自分の居るホテルに「フカフカのベッド♪フカフカのまくら♪」とのだめを誘うミルヒーに対し)痛そうな?悔しそうな?歯を食いしばった何ともいえない表情。 ・「今日は特別に練習みてやるよ」っていう時の眉を上げた「ちょっと譲歩したゾ」って表情。 ・(『え〜、練習ぅ?』って言う嬉しくなさそうなのだめに対し)「こっちにもあるゾ、うでまくら」っていう時の、「決死の覚悟で言ってみました(はあと)」的な表情と声音。 あ〜、楽し。 写真集の中のキメ顔も、自然な笑顔もいいけど、やっぱり演技している玉木宏が最高です。イキイキしてる。演技中の「表情見本帳」みたいな写真集がほっすぃ〜〜〜。 ミルヒーに勝ち誇ったようにデリヘルのチラシを「これ、やるよ」と放り投げる千秋ですが、ミルヒー去れば落ち込みモード。それを気遣うのだめ。このとき、上野演ずるのだめは不思議ちゃんじゃなくて暖かい血の通った地球人でした。そんなのだめに「俺もやりたくない、おまえも練習したくない、そんな無意味なレッスン、止めよう。」と千秋は言います。 それでも2台ピアノのソナタのレッスンを重ねていく二人。 そのさなか、激しい憤りが噴出してしまう千秋ですが、その憤りは、優れた音楽家に共通する「今まさにこのタイミングで、この音が、こんな風に」鳴らねば許せない・苦しくてたまらない、ように感じる不思議な内なる力でしょう。この力が音楽を磨いていくのですが。 「これじゃハリセンと同じだ。あんなに嫌っていたレッスンを俺はこいつにしているのか」 対照的に、のだめの髪をシャンプーするシーンでは、千秋が本当はとても優しい人なんだってこと、あのこぼれるような「微笑・ウィズ・睫毛」で実感できましたね。 谷岡との約束の日。 膝の上に広げた楽譜の上で必死に浚うのだめと、それを心配そうに見つめる千秋。このときの玉木の慈愛にあふれた眼といったら! のだめがミスタッチをしたらしく「あっ!」とビクつくと、千秋は一瞬眉を上げ、ちょっと呼吸を置いて言うのです。 「のだめ、テキトーに、今日は自由に弾いていいから。」 原作にはないこの「テキトーに」って言葉、言い得て妙。クラシック音楽の拍と音への縛りから解放されて「テキトーに」「自由に」弾いていいと、他ならぬ知性の人・千秋がのたまうとは。 千秋は思います。 「俺には分かる。こいつには絶対、特別なものがある」 「そしてこいつに合わせられるのは俺様ぐらいだ」 千秋の息に合わせて、弾き始められるモーツァルト。 このシーンは実写の強みを活かして瞬間瞬間が丁寧に撮られています。跳ねるのだめの指や、かすかに微笑んだ横顔、それを時折見つめる千秋の優しい眼差しを、綺麗なソフトフォーカスと柔らかな光で追っていきます。何より、音楽の歓びに身をあずけて楽器を演奏してる人って、ミョーに気高い色香を醸し出したりしますが、これを玉木で見られるとは至福の極み。うっすらとにじんだ汗に上気した頬、強拍で揺れる肩、かすかに浮かんだ笑み・・・って、何を見てるんだか、分からなくなってきます(←18禁)。 更に千秋はヴィエラの言葉を思い出します。 「身震いするほどの演奏ができることは本当にまれなんだよ」 そう、確かに。身体全体が震え、魂が揺さぶられるような音楽にはなかなかめぐり合えるものではありませんよね。この台詞をこの場面で本物の音楽家の口から聞けたことは何故だかとても嬉しかった。チェコフィル指揮者・マーツァル氏、ありがとうです。そして冒頭でヴィエラとの会話にたっぷり時間を割いたことで伏線が強くなり、プロットに奥行きが出たと感じました。 疾走、を通り越して暴走気味なのだめのピアノに“合わせて”いるはずの千秋。でも、その奔放で輝くような興奮に知らず知らずに煽られていき、 「でも今確かに、俺は小さな身震いを感じている」と。 弾き終え、心から満足し切ったような表情を見せる千秋に谷岡は言いました。 「ブラボー! ブラボー! よかったね、千秋君、何か壁、越えたみたいで。」 壁、だったんですね。焦りが壁になってたんでしょうか。 夕日に染まった構内で「コンクールになんか出ませんよ〜、幼稚園の先生になるんです」とのだめは千秋に告げます。千秋を駆り立てていた妄執とは対照的な、拍子抜けするようなその軽さ。のだめを見つめる千秋の表情と目の輝きからは、それまでの鬱々とした陰が去り、清清しさすら感じられました。 ラストは、あのミルヒーが世界的指揮者シュトレーゼマンとして登場。自分のオケを作ると言って、自ら選んだメンバーの写真を教師陣の前に差し出します。 レッスン1、おしまい (「なっげ〜な〜」)。 最後におまけで一言: あのお〜、RA☆MG inグアムで、ですね。お部屋訪問時に赤いエプロンをしてもらうってのも、どうだったかしらん(殴)、コスプレはなしですか(殴×2)・・・・などと頬を赤らめつつ、ニヤけつつ、PCに向かって書いている自分って・・「最悪のアホだな」。 4.レッスン2 レッスン2は真澄ちゃん&峰の紹介エピ中心です。一応、玉木ファンサイトなので突っ走りますが、峰を演ずる瑛太さんの演技にも初めて目を見張った回でした。要マーク。上手いですなあ。 そして既にレッスン1からですが、原作の各巻にまたがるエピをシャッフル&てんこ盛りに入れ込んでます。ミルヒーの合コンシーンを短いながら随所に挿入することで、合コンばっかりやってるエロ指揮者ぶりが知らない間に脳裏に焼き付いてしまう、似非サブリミナル効果?を狙った仕掛けに。演ずる竹中も合コンシーンでノリノリ。本当はシャイなお方なんて、誰が信じますか? ではクイズです。ミルヒーはこの回だけで合コンを何回したでしょう(笑) 答えは最後。 指揮科への転科を決意し、谷岡に転科願を出そうとした千秋の前にミルヒー現われ、それを破り捨てます。千秋のことが嫌いだから、というめちゃくちゃな理由を真顔で言うワガママぶりは、もはや爽快。ここでミルヒー名(迷?)言集のうちの二つ: 「超ム・カ・ツ・ク」(手のひらで一文字ずつ押さえながら)、と 「だまらっしゃーい」。 ここって撮影時、玉木が竹中のことを「何だ、この異様なテンションの高さは!?」と思ったというシーンでしたね。竹中の唾が玉木にかかってないか、心配です(笑) さてそんなミルヒー、Sオケとの初顔合わせで「オーケストラは家族だから」と早速、合コンのセッティング。どんなエロ家族。 一方、千秋が内心「ロック・バカ」と呼ぶ峰、廊下でのだめを発見。自分の再試での伴奏者に誘います。この場面ではヴァイオリニストNAOTOさんがさりげな〜く俳優陣に融け込んでます。自然です。後で出てくる軽部アナ演ずる指揮者と比較しても面白いかも。 捨てバチになって退学届を書いてみたり、「海外にも行けず、転科もできない、俺はこの先どうしたら」と悶々と悩んでみたりする千秋。それでも大学からの帰りに魚屋で魚を2匹買うんですよね。「今夜はパ〜っと行きましょう!」というのだめの言葉を思い出して。(アジのどこが“パ〜っと”なのか分かりませんが・・・)最初は1匹と言ったのに、躊躇して2匹と言う、このシーンのためらいがちな玉木の表情の、ああ、そこはかとなくいたいけな趣よ。やっぱり明暗のコントラストが強いと映えるお顔立ちを堪能。むふ。光源は魚屋の裸電球なんですけど、マジカルな効果をあげてます。 なのに、裏軒でごちそうになってるのだめ、おまけに裏軒おやじが「何せ龍太郎の運命の人だからなあ」などと言うところを目撃したヤキモチ妬き千秋(→餅焼き玉木、とつなげて早口言葉、どうぞ)、アジ1匹をサウスポーで(玉木だもん)魚屋の水槽に投げ返す→ミルヒー合コン会場の皿の上にアジの塩焼き、という流れ、粋じゃあないですか。 部屋に戻り、ヴィエラの振るCDに合わせてベト7を振ってみる千秋。このシーン、玉ちゃんには悪いけど、初めて見たときには目を覆いましたよ! 指揮、上手くなってよかった! そこでドアのピンポンが。「人をおちょくりやがって、このゴミ女!」と憤りながらドアを開けると、それは彩子でした。そこへのだめが鉢合わせ。見せ付けるように「フンッ!」としながら彩子を中に入れる千秋。この「フンッ!」、小学生みたいでかわいい!! でも、素でもあんな顔することあるのかな・・とチラと考えてみるのも、どうです?<盲目ファン。 彩子の訪問を目撃して哀れ、のだめ、“ソウル”抜け、ボロ切れのようになります。 彩子は、ライバル・ブー子にヒロインの座を奪われた愚痴を千秋にぶつけるために訪れたのでした。次の日も学内で千秋に愚痴る彩子。(ちょっと鬱陶しそうに)愚痴を聞き流しながら、木漏れ日をまぶしそうに受ける玉木千秋。寝不足もあってしかめてるはずのお顔からアンニュイな色気がこぼれてて、ほら〜、一瞬たりとも気を抜けない。 一方、のだめに不思議な&子供じみた災難が続きます。実はそれが、千秋に長らく憧れている打楽器科のオトメン真澄の仕業と判明。そして「先に千秋とデートしたほうが勝ち」という、意味不明な勝負が真澄との間に設定されます。 のだめはアパート廊下で千秋にデートを持ちかけますが、その後、千秋は「そんなもの知らん!」とにべもなし。惨敗。 対する真澄は、チェコ・フィルチケットを用意してアタックを峰に依頼するも、断られ、自分の所属する「Aオケを見に来るよう」、ヴァイオリン科の三木清良にセッティングを頼みます。 緑の美しいキャンパス内で千秋に声を掛ける清良ですが、この二人が並ぶと暗雷対月音(in『殴者』)みたいで、千秋、いきなりズドンと・・じゃなくって! なかなか絵になるツーショット。黒のVネックからあの艶めかしい頸が伸びた千秋に、トリートメントのCMそのままのさらさらヘア清良。二人共が縦方向にすらりと長い、幅の小さなプロポーションなんだもの、ちょっと二次元人の世界みたい。 Aオケ練習に、真澄、やる気MAXのファッションで登場。ここでは軽部アナの指揮者にも注目!! も゛〜〜、不思議に笑えます。“胡散臭いオーラ”を放ってて、お芝居が変に“濃い”んです。軽部さんだと思うから笑えるのかなあ〜、こんな笑いもあるんですね。新鮮。 ティンパニを叩きながらも千秋の気を引きたくて踊ってしまった真澄に、軽部指揮者から「GET OUT!」の叱声が。更にどS千秋が、最高にバカにした顔と、最高に蔑んだ口調で「最悪のアホだな」とつぶやいて、傷口に塩。という訳で真澄も惨敗。これもやっぱり、素でもこんないじわる顔することあるのかな・・・と想像して少しは冷静になれ!<自分。 ・・・しっかし冷酷な表情、イケますねえ。笑うとえくぼができ、目がタレるヒトと同じ人物とは信じがたい。 のだめ、自室で峰の伴奏をしつつも失恋?のショックでぐったり。なぜかこの部屋には惨敗の同士・真澄も。そこへ例の黒のVネックセーターの悩殺ルックで「オイ何やってんだ」と千秋現れ、「なんだ、あの演奏は。聞くに耐えん!騒音、近所迷惑!」と毒づきます。(この「なんだ」のイントネーション、同郷のよしみ?を感じマス・・喜んでる場合じゃないけど、嬉しいゾ) そこで『春』のさわりを披露する千秋。 ヴァイオリンって、見た目も本当に美しい楽器ですね。その美しい楽器の向こう側に、神々しいくらいの美しさのお顔が来た接近戦は某ダレソレちゃんとの接近戦より眩しい。 そして、ヤな奴の権化と化した千秋が究極の“上から目線”で「少しなら教えてやってもいいけど?」と言うと「おまえに教えてもらうことなんか、ねーよ!」<←ドラマ・オリジナル>と返す、せつない峰。 学内の練習室。 のだめから千秋の“アドバイス”を伝えられ、「千秋のようなふざけたやつがポロっと出てきてやる気を失わせるんだ」「ピアノ科のくせにヴァイオリンもあんなにうまいなんてインチキだ!」「どうせ俺はヘタクソだよ!」とクサる峰ですが、「あーゆーやつ(=峰)に限って突然何かを掴んで急成長したりするんだよな」という千秋の一言に気をよくしてしまう、単純明快なお人ぶり。この場面、長台詞を難なくこなしている瑛太が上手い。 実は、音楽関係者の間でこのドラマに関してある批判の多くは「現実はあんなに甘くない」というものだそうですね。実際は(特にプロの演奏家を目指す生徒には)生き馬の目を抜くような競争社会であることは想像するに難くないでしょう。そんな意味では、峰の「千秋のようなふざけたやつがポロっと出てきてやる気を失わせるんだよな」という言葉もリアルなら、千秋の「あーゆーやつに限って突然何かを掴んで急成長したりするんだよな」という言葉もリアルです。「ポロっと」とか「突然」とか、それまで自分がノーマークだったライバルにいきなり抜かれる・・かも、という緊迫感。それは音楽家のみに限られたものではないでしょうが、コメディ基調のストーリー建てでは、この辺までが出せる限界かと。 峰再試会場での待ち時間。 風邪で発熱、イモ虫化したのだめの代わりに峰の伴奏をひきうけた千秋です。 この場面の演出は優れものですね。それとも演出の手の入っていない、玉木自身の解釈でしょうか。派手な見せ場ではない、どう〜ってことのないシーンですが、「いいよな、努力しないでも報われる奴は、言うこと大きくて」という峰に、ツンツンのはずの千秋が珍しくも自分を語るところです。それも、肩から力が抜けて達観したような面持ちで。撮影自体も坦々としてるのに、やっぱり実写はいいですね。静かな表情が素晴らしい。 「言っとくけど俺はピアノもヴァイオリンも3歳のころからずっとやってきたんだぞ」 「特にヴァイオリンは大学に入るまでそれこそ朝から晩まで血ヘドが出るくらい 「まあかなり真剣にやったからトップにはなれたけど、今は少しサボり気味かな」 そこで「おい、途中から自慢になってるぞ、何が言いたいんだ? ケッキョク。」とツッコむ峰に言います。 「結局、 結局、で一呼吸置いて、宙をみつめているような視線をたたえて。更に 「だからいろいろ勉強してるけど、俺だってまだ何ひとつ報われてねーよ」 と。当たり前に苦労をして当たり前に壁に当たっている、血の通った一人の人間だということを初めて感じさせました。 ついに峰の順番が来て、 「今日はテクニックだとか、こまかいことは気にするな。 あ゛〜、このときの口調ったら! なんて軽妙で爽やかな、乾いた俺様っぷり。カックいい〜〜、玉ラン!! そして峰の弾く、暑苦しい、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ『春』。 音の出だしと終わりのしゃくりあげといい、こぶしを効かせるところといい、「光る青春の喜びと稲妻」=ロックというより、演歌に聞こえませんか。ねちっこくて、まさしく「梅雨」です。しかし千秋の伴奏に引っ張られて次第にスレンダーな音&洗練された表現に、そして「お花畑」に変化していく峰の演奏には、アンサンブルの妙を経験した人なら膝を打つところ。見事です。音源GJ!! Aオケを外された後の真澄のエピソードはTV仕様の都合の良すぎる展開になっていて、ちょっと残念でした。原作通りの3+1セッションは無理にしても。 一方、ミルヒーに千秋の転科を迫るのだめに、ミルヒー「チューしてくれたら千秋の転科を認めます」と逆に迫ります。ここでチューを迫るタコミルヒーのお顔のキモイことっていったら、うなされそうです(竹中さん、すんません)。BGMはモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』の亡霊が現れるシーンのものですね、ぴったり! ミルヒーの歩き方はあのパロディかな? 場面は一転、一向に現れないミルヒーを苛立ちながら待つSオケのところに、のだめが千秋を連れてきて「今日はこの人が指揮します」と叫びます。うろたえたキョロ眼玉木が最高にかわいいラストでした。 ミルヒーの合コン回数:答えは4回 あれ? 突っ走るつもりだったのに、どこが・・ (レッスン2 おしまい) 5.レッスン3のその1 レッスン3にはサクラの紹介エピがあります。でもこの辺りから千秋の心の動きが面白くなってきました。名物(?)鬼千秋も出現。 さて、キスを迫られたのだめが正拳付きを食らわせて失神させたミルヒー=シュトレーゼマンの代わりに、代打でSオケを振ることになった千秋。「練習の代打とは言え、オケが振れる。こんなチャンス、めったにない」と挑む「ベト7」です。 普段あまりクラシックを聞かない人でも分かりますよね、オケの音のひどさ。オーボエなんてチャルメラまんまです。 その悲惨な音を聞いた千秋の(心の中の)第一声: 「何なんだ、このオケは。ものすごくヘタッ!」 この台詞、イントネーションだけで笑えませんでした? 「何なんだ」に込められた「とんでもないものを聞いてしまった」感。すっぱり切れ味良く言い切った「ヘタッ!」。素のときのトークでも感じることですが、イマドキな口調で微妙なニュアンスを語り分けるセンスが抜群なんですね。特にドSな言葉を吐くときの切れ味っていったら!(例:「当たり前ですね」in『食わず嫌い』)。間違いなく根っからドSです(=同類の勘)。そして 「いくら初合わせといって、こんな悲しいベートーヴェンがあっていいのか」 って嘆くのですが、 「いくら役だからといって、こんな色っぽい指揮者がいていいのか」 とお返ししたい。顎を突き出したままオケを見下ろすような視線と薄く開いた口元で、オケのメンバー(一部の男性も含む)を殺す気でしょうか。 怒り心頭でオケに檄を飛ばす場面の滑舌には少し問題ありかな。少し聞き取りにくい。ピッチが高めの怒声での早口は苦手かも。 ただ、一方で「滑舌が良すぎる」というのもドラマのリアリティにとっては確かにネックだとは思います。普通の人はそんなにはっきりしゃべらないもの。そこら辺のさじ加減が難しい。滑舌が良すぎて何の役をやっても○HKのアナウンサーのように聞こえる役者がいるかと思えば、舞台メインの俳優がTVドラマで大袈裟な台詞回しをして“浮きまくる”のを見てゾッとした覚えもあります。TV画面に映し出されたときの“リアリティ”がどの辺にあるのか、って本当に難しい。 もう一つ、拍感が少し甘いような気がしました。手首が硬いせいかな。でも初めて実際のオケ相手に指揮を執るという設定から、ちょうど許容される程度なので逆に好都合かも。SPではそうはいきませんぞ。 そして遂に、音のひどさとは別に、極めつけの例のダーティ・ペアの嫌がらせが。クラリネットが出すはずのG音をオーボエが。オーボエが歌うはずの旋律をクラリネットが。 このとき、この瞬間です。玉木の底なしの眼力を初めて目の当たりにし、驚愕したのは。眼光炯々という言葉はこの人のためにあるんでしょうか。おまけに二ノ宮大先生が目を付けられたように、この人の眼には時折“陰”が宿るんです。陰を孕む光。弱冠27、8歳の眼ではないような。これほどの凄みのある眼力を持つ人、昨今、大量生産されている感のある「若手俳優」の中でも他に思いつきません。 うなだれて、怒りと嫌悪感と蔑みがごちゃまぜになった表情の千秋。 そこでいつの間にか現れたミルヒーに「失格で〜す」と言い渡され、千秋指揮者、降板。このときまで実は千秋のお手並み拝見とばかりに後ろからじっと見ていたミルヒーの面持ちが印象的です。 ここでコントラバスのサクラが遅刻して参加。 ミルヒーは「君は大事なことに気付いてない」と千秋に告げ、指揮台に立って各メンバーに軽く助言をします。それも音楽表現ではなく、体調だったり、関心の向かっている方向(=千秋)だったりと、各楽器を操っているモノが実は生身の身体とそれぞれに独立した心を持つ人間だという、当たり前なことを思い起こさせるものでした。その辺に想いが至らない千秋が指揮者として、もっと言うなら人としてデフォルトな状態にあることが、この場面で既に窺い知れます。 ミルヒーの引き出す伸びやかで艶やかな音。 「音が出る」以上の、まさに「鳴る」です。 どういうわけか竹中ミルヒーがかっこよく見えてしまいます(竹中さん、再三、すんません)。デキる人はカッコいい。 「あの人が振るだけでオケが鳴り出す」 「あの人はきっと音楽を、人を尊敬していて、それが自分にはね返ってくる」 「これが本当のマエストロなんだ」 クレッシェンドの頂点に向かう指揮者シュトレーゼマンのタクトに呼応するように、ひたひたとした感動に心をさらわれたまま迎えるタイトル・バック。技あり!!もう素晴らしいとしか言いようがない、小粋なオープニングでした。 6.レッスン3のその2 場面変わって、転科願を差し出した千秋に、ミルヒーは「転科する必要はない、その代わりに私の弟子にしてあげます」と言い渡します。この言葉に打たれて、絶世の美男がキラキラの目で思わず「先生!」と呟いたのに、 「車、買ってあげるから」(注:『食わず嫌い』参照) と続けなかったミルヒー竹中、人格者です(笑)。 練習室。 2週間後に迫った定期公演でSオケがデビューすること、そして千秋を副指揮に任命することを告げたミルヒーはさっさと「クラブ・ワン・モア・キッス」へ。しかし指示を出すたびに、その声に含まれた怒気で各メンバーをビビらす千秋。その都度反省してソフトにはなるのですが、「人と向き合う」ことに慣れてない感じ。それにこの場面、練習不足のサクラを一瞬ギロっと睨む千秋玉木のデカ眼が最高! 映画『変身』でも見られた眼ですね。 コワカッコいい〜〜! 大学からの帰り道、千秋の携帯に次々に他愛ない相談の電話が。 「俺は子供相談室か」 確かに。玉木一人だけ、メンバーの役者の中では老けてます(笑)。あ、失礼、近藤公園さんもいたわ。 部屋に帰ると、のだめ+サクラ、手におちゃわん持って現る。「これも副指揮者の仕事なのか」と嘆きつつ、今回は黒エプロンに身を包んだシェフ千秋に。 千秋の手料理をあっという間にたいらげた後、父親の営む会社と家庭の経済的窮状を救うために「バイトが忙しくて練習できない」とうったえるサクラ。でもはなっから冷たい千秋。 「バイト辞めたら大学に通えません」 「うまくなりたいです」 こうやって文字で書いても、徹底的にヤな奴。「既に」がヤですね〜。冷たい記号の羅列のような正論。共感性の無さはもはや哀れなくらいです。しかし肩越しに見える千秋の表情からは、冷徹さ以外の何かが見えるような気がしたのは気のせいでしょうか。芝居としてはちょっとオトナ過ぎる、「青さ」のない千秋でした。 千秋の部屋を飛び出したサクラの後を追ったのだめが見たのは、「大学、辞めようかな」とこぼしたサクラの涙。 一方、Aオケの練習風景を見学し、コンマス三木清良の鮮やかなリーダーシップにショックを受ける峰。 ミルヒーの現れない練習室。サクラも現れなかったことに、のだめ: 「千秋先輩のせいですよ! 千秋先輩の鬼!悪魔!」 と責めます。このときの千秋の表情の何と辛そうなこと! やはり生身の人間の芝居は凄い威力です。生きた千秋がそこに居る。そしてこの人の心に、なぜかのだめの言葉だけは届くことが不思議です。 それでも「あれくらいのことで・・・やる気がないから来なかったんだろ」と突き放す千秋に、 峰「お前みたいな人間には分かんね〜んだよ!いつもみんなに頼られて、いつもみんなの中心で。」 と泣き面に蜂。いつもオチャラケに見える峰の抱える強いコンプレックスが仄見える一言。瑛太、やっぱウマい! オケのメンバーが千秋を見る視線もうっすらと冷たい。それを見返す千秋玉木の後ろめたそうな表情たるや、これまた何と言っていいものやら。 一方、学内ベンチで油を売っているミルヒーに、ハリセンが 「学生だけにオケまかせて、一体何をたくらんでいらっしゃる?」 と問いかける短い場面。エロおやじとしか思えない指揮者が何を考えているのか、興味を持たせるところ。この老獪ダヌキな指揮者を見上げるカメラ・アングルがモノ言いたげです。一番教えたいこと、伝えたいことは、案外言葉では伝わらないものなのかも知れません(←どっかのキャッチ・コピーみたいだ)。特に千秋のような人には。 夜、のだめに発見されたサクラは言います、「自分でも分かってるの。時間が無いのを言い訳にしてるだけだって。本当は貧乏が悪いんじゃない。私が悪いの。私が下手だから・・・」と。峰だけでなくサクラも、コンプレックスと戦いながら音楽を続けていこうとしていることに胸を打たれます。それが音大内の残酷な実際でしょう。千秋はレア・ケースなんですね。 一向に練習に現れないミルヒーに痺れを切らし、クラブ・ワン・モア・キッスに赴く千秋。 「じじい! あんたは本当に毎晩こんな・・・」と切り出すのですが、逆にミルヒーの強い非難の放火を浴び、呆然なのがカワイイ。そのままホステス群になぎ倒されてオンナまみれになってることは全然同情できないけど、よりにもよって巨大な「メロン」を食わされている玉木、役とはいえ、哀れ。 帰った千秋の部屋のドアを、ガスを止められて風呂に入れないのだめが叩きます。そこで例の名セリフを吐く千秋: 「鬼で悪魔のオレ様に何の用だ」 これ、つい 「どSで変態のオレ様に何の用だ」 に聞こえる私、重症です。 のだめ「先輩みたいな人には分からないんです」 「先輩は貧乏を知らなさすぎです」 のだめが『フランダースの犬』のテーマソングを歌いながらお風呂に入っている間、耳をふさぎ、ソファの上に体育座りした千秋。はぁ〜、このコンパクトなオブジェ感、エゴン・シーレの絵みたいな手首足首の赤みとスジスジ感。うぅ〜〜、玉りません。だめですか? こんな変態な感覚。18禁? のだめのかばんの中に、サクラが忘れていったコントラバスの教本を見つける千秋。(教本を開きながらなぜか深いため息・・この至福&禁断の瞬間を無限リピートで楽しみましょう(笑))そしてお風呂から出たのだめにこう、洩らします。 「俺は今まで学費や生活費のこと、心配したことなかった」 でしょうとも、オボッチャマン千秋。自分の経験したことのない痛みに気付くこと、想像することは難しい。それは役者とて、しかり。 携帯も持たず、電話も止められたサクラの家に、千秋は仕方なくのだめと共に訪問します。そして案内された隠し扉の向こうにあったヴァイオリンの名器の数々に驚くのですが・・・。 この場面はまたしても、暗い部屋を照らす照明のために玉木の顔立ちのフォルムの壮絶な美しさが際立っていますね。絵心のある人なら最高のモチーフです。 1台数億もするヴァイオリンを何台も隠し持っていて、娘はバイトで大学生活が危なくなっているという、有り得ないほどコワれてるこの父親に「何億円のバイオリンより、娘が音楽を学びたいという気持の方がよっぽど価値があるんじゃないですか」と諭す千秋。サクラも音楽を続けたいという意志を訴えます。それにしてもこのサクラの父親役の升毅さん、いつも濃い味出してますねえ。濃すぎて画面からハミ出してます。珍味だし。いや、おもしろい! あっさり目覚めた父親がヴァイオリンを売却し、会社も立ち直ったおかげで、サクラ、豪華弁当持参で大学生活に復帰。 冷たかったコンバスのメンバーも含め、オケのメンバーに暖かく受け容れられるサクラを遠くから見る千秋のまなざしに、今では優しさが。 「オーケストラにはいろんな人間がいる。プロオケともなればそれこそ、いろんな国の演奏者がいろんな事情を抱えてやって来る、マエストロはそれを俺に伝えようとしていたのか、まさかな」。最後に軽やかに付け加えた「まさかな」の一言が洒脱。 練習室にミルヒー現れ、突如、Sオケ脱退を宣言。 ここで出た!ミルヒーの名言その2: 「私に劣るとも勝らない色男」 の千秋がSオケには居るから脱退すると。 このミルヒーの言葉に、千秋、涙ぐむ+鼻の穴ヒクヒク・・確か氷壁でも見られた合わせワザです。さすが変顔の名手、表情筋の発達は小鼻にまで及んでます(←誉めてます+いじくり少々) 「まさかキャバクラのことをうらんでるんじゃ」 (注:「キャバクラ」という言葉が玉木の口から発せられたぐらいのことでいちいち萌え死んでいてはなりませぬ<自分) ・・・「当然です!恨んでます!」 とミルヒー。 「こんなことでくじけるSオケじゃないよな」と鼓舞する峰ですが、 「Aオケに対抗しても恥をかくのがオチだろ」 と千秋も後ろ向きな態度で、冷ややかな空気。 しかしサクラの 「でも私、このオケやりたいです!」という言葉に動かされ、Sオケ存続の意志を一つにするメンバーたち。 「打倒、シュトレーゼマン! ジークジオン!」と士気が上がるオケを前に、 「おれがこのオケの正指揮者・・」と半ば呆然とする千秋でした。 代打から副指揮者へ、そして正指揮者へ。成り行きに流されているだけに見える千秋が、実はどんどん成長に向か「わされて」いたレッスン3でした。この人を守ってあげたい人がたくさん、いますねえ。いえ、千秋の話をしてるつもりです。才能は、それを守り、育てる人を必ず呼ぶもの。 フォルテ! 新しいエピソードのはじまりです(in『のだめカンタービレ』第4巻)。 7.レッスン4のその1 さあ、『のだめ』で玉落ちしたファンの多くがこの回で落ちた、というレッスン4です。後から改めて見ると、「玉木に惚れろ〜」と言わんばかりの珠“玉”の萌えシーンを作り手が意図的に次から次へと並べた感すらします。よくぞここまで。 また、物語の背景や登場人物の説明的なエピも一通り終わったことで、人間・千秋もグッと描き込まれ始めました。それと共に千秋の雰囲気が変わってきたように、そして千秋としても“こなれて”きたように、感じました。演ずる玉木自身の「3話目ぐらいまで・・(中略)・・この作品を掴むことができなかった」(写真集『COLOR』添付「玉木メモ」より)という実感も演技に出ていたかも知れません。何より、ここから「玉木千秋」が原作千秋から解放され、独自の表現を得ていったように思います。原作千秋との表現の違いを場面ごとに逐一比べてみると感服せざるを得ません。俳優って凄い。役柄を自分のものにするって、凄いことですね。 というわけで。 千秋の部屋。 千秋のSオケ正指揮者就任に一人だけ沸く、のだめ。千秋は「うれしくね〜」と物憂げです。のだめ、目を閉じた千秋の横顔にLOCK ONするのですが、千秋の生殺しプレイを食らってちょっと不憫(え? 全然不憫じゃない?)。ホント、いったいどれほどの女たちが(やはり一部、男性も含む)TV画面の前で、あの長い睫毛を惜しみなく見せた物憂げな表情で生殺しに遭ったでしょう、大量殺戮だわ(涙) 練習室。 千秋の「俺が鳴らせてみせる」という意気込みとは裏腹に、SオケTシャツなんぞを用意したメンバーたちのノリは千秋とは異質です。挙句に、突如始めた「ジミヘン弾き」で千秋の着火も秒読み態勢・・・。 さらに峰、恐れを知らずに「7番って、これくらいやらないとつまんね〜よ」と。 千秋「・・は? つまんない、だ?」 (あの、これ、目がイッちゃってますよ! 大丈夫ですか? 千秋サマ、コワイよ〜) そこへ、 峰「冒険しようぜ! ロックなオケ、これ最高!」 とメンバーを煽り、「管も何かやろ〜ぜ〜」とオチャラケなクラリネット玉木(紛らわしいなぁ、もう)やら何やら、他のメンバーもワイワイに。・・・・着火・・・爆発。。。 怒れ!玉木、じゃなかった、鬼千秋! 玉木千秋、(おそらくは睡眠不足で)涙目+充血したパワフルな目で、譜面台を叩き付け、 「時間が無いんだ!」 「いちいち口答えするな!(このときの声、すばらし!)」 「ちゃんと俺の求めてる音楽を鳴らせ!」 「峰、これ以上じゃまをするなら、コンマス降ろすぞ!」 (ここで横目からゆっくりと峰の方に、身も凍るような視線を移す、その目がコワくてステキ) 「ヴィオラ!ひとりだけ弓が違う!」(このときの「弓が違う」の声もすばらし!) そして出ました! 「オーボエ、クラリネット! ヘビ使いかおまえら、絞め殺すぞ」(重低音+充血目、そして「絞め殺すぞ」の低音・・・) スッバラッシイ〜〜〜〜〜〜!! コワい〜〜〜っ!! カッコいい〜〜!! ビバ! 「ヘビ使い」! (何だ、それ) ビバ! 充血! 狂気じみたヒステリックな言葉の畳み掛け方が絶妙! いつもなら耳に痛い中音域以上の金属質な声の成分が、キレた感じにかえって拍車をかけてて絶妙! いや〜、美しい人の激高は目の保養ですねえ、いくらでも怒っていただきたい(殴) さらにマニアックな声フェチ上級者の方は、是非是非ヘッドホンでどうぞ(笑) この人の声の低音域の素晴らしく豊かな倍音構成をご堪能あれ。「倍音」で怒ってます。倍音が“鳴って”ます。「通る声」に関して関心のある方はこちら↓なぞ、いかがかと。(←真剣に怒ってる人に向かって、何て高見の見物な態度かというご意見、ごもっともです) 「音のソムリエ」2007年1月 http://www.blog-animo.net/sound/2007/01/index.html ありゃりゃ、この場面だけでどれだけ語るつもりなんでしょ、私。 楽しみですね、千秋信長、じゃなかった、玉木信長。 (レッスン4のその1おしまい) 8.レッスン4のその2 「ガラガラガラガラ、ただいま〜〜っ!!」(←ミルヒー@冒険王) まる2日間、冒険王「のだめカンタービレクラシック講座」で「こよなく千秋玉木にまみれて」きましたっ!(←当地のホテルCM風) 「千秋篇」、たった20分足らずですが、千秋ならではの美しさ・気品はそのままに、自らの「オレ様千秋」の演技をパロディにしてるみたいな玉ちゃんのノリ、そしてちょっぴり“ナルちゃん”な千秋も垣間見れます。でも、「オレもまだまだ、勉強しなくては・・」と独り言のように言う瞬間(注:3限通しバージョンにはありません)のまなざしの哀愁には「あれ?これ、演技?」と思わされましたよ。 さて、レポと化している「のだめレビュー」を続けます。 裏軒にて。 桃ヶ丘音大講師陣が集まって何やらSオケを俎上に。変なフランス語訛りの講師が 「では(今度の定期公演で)AオケにSオケを打倒してもらって、解散♪ってことで」・・ と毒、吐いてます。 「師」と名の付くコミュニティにはどこにも居ますねぇ、こういう真性ダヌキ。 千秋自室にのだめ、鍋材料を持って現る。「先輩、練習うまく行ってないんですか?」というのだめに、千秋「そんな訳、ねーだろ」ととんがった口先で返すところ、小学生みたいでカワイイ〜。 そして包丁さばきも鮮やかな、黒エプロン姿のシェフ千秋at台所登場です ・・・ぽわ〜〜ん(←厨房に立つ玉ちゃんを妄想中。。。) 準備完了。「実は今まで、こたつに入ったことがない」という千秋がおそるおそる、こたつに足を入れます(「おそるおそる」感を足首にまで出してます。器用な足です。それに足首もラインがキレイだわ・・) ・・いえ、足首どころではすみませんでしたね、“こたつ寝”千秋、という大変おいしいシーンが続くのでした。ここまで来ると玉木、完全にこのドラマのお色気担当ですね。特にこの回は笑っちゃうくらいに撮影、照明、そしてメイクスタッフ、気合い入ってます。 千秋の部屋のシーン、漫画チックな照明が特に利いてます。千秋の肌がピンクなんだもの! ピンク色の美男が、真っ赤な唇をして!睫毛バサバサで!汗ばんだ艶やかなまぶたで!うたた寝してるんですよ! 「据え膳」ですか?! 激しくゴージャスな状況(笑)・・ のだめだけじゃなくて誰でも(含む、一部の男←しつこい)LOCK ONしますよ! 絵的には充分に18禁に値します! ・・・っていうか、落ち着け!<自分 でも哀れのだめ、寸でのところでかわされて、この据え膳を食せず。 朝。 真っ赤な唇をして、睫毛バサバサでピンク色の美男が起床。オグシが少し乱れて、かすかに汗ばんだオデコが出てます。「何てキレイな額なんでSHOW!」 ・・もう、息を呑む、美しさ・・ &あふれるフェロモン。辺り一面、手が付けられないほど(?)のフェロモン大洪水。 我が家のTV、知らない間に新機能搭載した?かと思うくらい、画面から妖艶な物質が飛沫になって飛んできますが・・・幻覚? 見てる自分が恥ずかしくなってきます。“イケナイもの”見てるような。 フツ〜〜に、さら〜〜っと起きられないっすか? この人。 「つやなし無造作ヘア、シュテキシュテキ!」 って、のだめもはしゃいでます。この場面、本当だったらこたつで程よく暖まって汗ばんだ千秋玉木から、さぞかしイイ匂いがしたんだろうなぁ〜〜〜・・と、遂に匂いまで妄想(←はい、バカです)。とどめは、のだめからビールを手渡されて「気が利くじゃね〜か」と言う、しっとりと濡れた斜め横顔の微笑み。ふぅ〜〜、あっ気に取られるしかないですわ。この世の美とエロスが、この瞬間、この人に凝縮したような(大げさ?)。 千秋が“こたつDEフェロモン”やってる間に、図書館でせっせとコンマスの勉強をしている峰。そこへ清良が現れてアドバイス風冷やかしを浴びせます。 再び千秋の部屋。 「こたつってなかなか出づらい」という、日本人なら誰でも頷きまくる一言。今度はうつ伏せ寝の千秋。いろいろなアングルで悩殺してくれますねえ。 一念発起した千秋が掃除に乗り出したところへ、峰+真澄が急襲。「突撃!となりの晩ごはん」状態に。 しかし瞬く間に、汚れた皿が山積みになるわ、マーボーをぶちゃけるわ、ポップコーンは散乱するわ・・・こたつの上がとんでもない惨状に。このとき、キチャナイものを嫌そう〜に見るときのオボッチャマ千秋の目、オモシロイ! のだめがお風呂を借りに来て頭をポリポリしてたときにもこの目でしたね。目の形が千変万化です。 も一つ。我慢ならなくなった千秋が「みんなでコンビニ行ってこい!」と1万円札を取り出したときのいじわるな目は、この後でこたつを捨てたときの、かの有名(?)なデビル顔の前奏曲です。見逃してはなりませぬ。 皆のいぬ間にまんまとこたつを捨て・・た、つもりのところへ、難なく合鍵を使って再度、こたつと共に乱入してきたのだめたちに、「たのむから勉強させてくれ〜!!」と教本を片手にボ〜然と立ち尽くす姿、かわいくって、オモシロイ。 学内掲示板。 定期公演のポスターが貼られています。大写しになったミルヒーの手の中に、「手玉に取られた」ような、はかなげな面持ちの千秋。これも笑えますね。 練習室。 Sオケを振る千秋。指揮棒を持っていない方の、立てた左手人差し指が!たったこれだけのことが!既にステキ!(=アホ) しかし、千秋のレーダーのつもりの峰、じろじろ見過ぎて、またまた鬼千秋の発火点に。またしても「コンマス降ろすぞ!」と言われてます。 「ホルン二人、まだ全然合ってねえ!」 「管楽器、デカ過ぎる!」 「チェロバス!弱すぎる!」 「それから全体! バランスがめちゃくちゃだ! お前ら本当に練習してきたのか?!」 ・・・鳴き竜ですか?と言いたくなるくらい、けたたましく怒鳴り散らす千秋。そして極め付けの、鋭く睨みつける眼。 圧巻です。 「思い通り」に“鳴ら”ないSオケに、苛立ちを募らせる千秋。 最悪の空気が漂うSオケ。そしてそれを心配そうにみつめるのだめでした。 (レッスン4のその2、おしまい) 9.レッスン4のその3 関係ないようですが映画『アヒルと鴨のコインロッカー』、見てきました。 (以下、この映画に関してはネタバレしません、ご安心を) ひたひたと静かに胸を打つタイプの感動、です。 う〜、切なかった! 瑛太も濱田岳も素晴らしかった! でも何より演技以前に、瑛太のつかみどころのない飄々とした軽さ、濱田の「どこにでも居る男の子」的なアノニマスなキャラ、この二人の持ち味を十二分に活かしたキャスティングと演出が見事でした。画材のチョイスがいいと、そしてその画材の良さを活かせば、絵全体が生きてくる、そのいい例。 では翻って、俳優・玉木宏の持ち味って何なんだろう?・・と考え居る今日この頃。ってケッキョクそこです(笑) でも本当のところ、このことは『のだめ』のこの回以降、ずっと考えてきたことなんです。 さて、レッスン4も佳境に入ってきました。 ミルヒー率いるAオケの「第九」は順調。しかし「あとはヨロピク」と清良に言い残して(キャバクラに)姿を消すミルヒー。 対するリハ室でのSオケ練習は悲惨を極めているようです。ドアからなだれ出てくるメンバーが口々にする言葉から、中にいる千秋の荒れ模様が目に浮かびます。見えないことが不思議と笑えちゃいます。それに、眼鏡のずれたしずかちゃん、「千秋のバカ〜」と小学生のように泣く峰、と、このドラマ、ハッチャケるときはめちゃくちゃハッチャケたコメディになって、芝居も「こんなのアリ?」って思える程、思いっ切りマンガ・タッチに。そこがいい。時折ピリリとシリアスになったりしてメリハリが利いています。 その悲惨な光景に、「指揮者はまず人間性! 千秋真一、怖るるに足らず!」と調子ぶっこく(失礼)指揮科の大河内を目にし、心配げなのだめ。指にはめたカズオ人形をみつめてます。そう、ごろ太でなく、カズオをはめているところがカワイイ。 屋外のベンチ。 真澄が清良にSオケの惨状を「ドロドロのどろだんごよ!」と報告。「まさかみんな、ボイコットしないわよねえ」と心配げです。「俺だってアイツには腹、立ってんだよ!」とクサる峰に「指揮者が辛いときに手を差し伸べてやるのがコンマスの仕事だと、私は思うけど」と文字通り“言い放つ”清良。 練習室。 清良の言葉に打たれたのか、峰はSオケメンバーに「練習しよう!」「千秋が表現したい音楽に少しでも近づくように」と呼びかけます。少しずつ心の動いていくメンバーを嬉しそうに見つめながらも、何か考えるところがあるような様子ののだめ。 千秋の部屋に突然、山のようなおにぎりを手に現れたのだめは、「いい気分転換に」と例のアニメ『プリごろ太』を持ち出します。「まさかこのアニメの中にオケのヒントが?」となぜか(!)真剣に思う千秋。言うまでもなく、このアニメ、まるっきり 宇宙の妖精プリリン=のだめ いつもごろごろしているやる気のない小学生、ごろ太=峰 いじめっ子のカズオ=千秋 宇宙船=Sオケ のたとえ話になっていて、オッモシロ〜〜イ! 「すってき! 私、宇宙って初めて!」なんて台詞も出てきますからね。 のだめに「カズオの気持、分かりますよね、似た者同士」と言われ、逆上してカズオ人形を投げつける千秋。しかしこのとき、玉木の目の形も黒目の大きさもホントにカズオ人形にそっくりで、笑える〜〜♪ 朝、のだめのおにぎりを一口食べ、「何で俺がカズオなんだ?」と思いつつ定期公演をあと3日に控えた練習に向かう千秋。そんな千秋に峰が「今まで邪魔して悪かった」と言えば、真澄「私たち、ちゃんと練習してきましたから」と言い、深くうなづく宇宙船の、じゃなかった、Sオケのメンバーたち。このときの真澄の表情と言い方に、そしてオケのメンバーから歩み寄っていることに、ジーンときます。 でもどこか自信なさげな、「模索中」と顔に書いてある専制君主・千秋。「カズオ」に何か感じ入るものがあったんでしょうか。 練習を初めてすぐに千秋は驚きます。 「すごい!できてる! ゴミみたいだった一音が・・」 「俺の指示通り、譜面どおり」 しかしみんなが自分の指揮を見ていないことに気付き・・・。 このとき、「模索中」の面持ちから、瞳を閉じて音に聞き入る顔、微妙に指揮からずれていく演奏にハッとした「???」の目、「みんな指揮を見ていない」ことに気付いたときの「!!!」の目。この刻一刻の、微妙だけど確かな表情変化、面白い! 「気持ち悪い」 倒れる瞬間の千秋の手を掴む峰と、宇宙船から飛び出しそうなカズオの手を掴むごろ太が重なります。倒れた千秋の口から、朝のおにぎりに入っていた宇宙アメがぽろりとこぼれ出たとき、その向こうに立ち尽くす姿はのだめでした。 同じく練習室で、夕日の差し込む中、意識を取り戻す千秋を見守るのだめと峰、真澄。千秋の指揮を見ていなかったのは、実は楽譜を見るのに必死で指揮を見るのを忘れてたからだったこと、そして「あいつら、本当はお前の要求に応えたいと思ってんだよ」と告げる峰です。この場面、短いながらもこの4人の間に何か暖かい「同志」的なつながりを感じさせますね。ほっとさせられる場面です。そう、「宇宙船」は千秋だけでは動かなかったでしょう。 (のだめレッスン4のその3、おしまい) 10.レッスン4のその4 またまた『アヒ鴨』の話。 一緒に観に行った友人との帰り道の会話です。 私「でもあのストーリー、あの年代でないと書けないよね。特有のケダルさがそのまんま“青春の甘酸っぱさ”みたいな。」 友「うん、あの監督も若そう(注:正解でした)。」 私「思う思う、あの映画のメガホンも執れないや、私。」 友「昔、村上春樹が出てきたときと同じ感じがしたよ。」 にゃ〜る。勝手に納得。その年代でしか出せないものがあるってことかしらん。 『群青〜』で玉木の芝居を「えらく肩に力が入ってて、青いな〜」と思ったけど、あの映画では不思議に正解に思えました。それは玉木演ずる鉄男の若さと同調してたから。名子役と言われる子役の芝居のあざとさが、自然な子供の無邪気な姿を写し出すには邪魔に見えることだってあるし。 さて、のだめのレッスン4も終盤です。 自室でシャワーを浴びながら悩む千秋。 「あれが俺の求めていた『7番』?・・・」 泳ぎたくなるくらい(?)広い広〜い♪背中の海♪を、楊貴妃の湯浴みのシーンのごとくこぼれ落ちる水のしずく。 んまぁ〜〜、とんでもない美しさ! 文字通り、「水も滴るいい男」に、照明はグリーン系、と来ました。粒粒の水滴が頬を飾ってます。これでもか、これでもか、と、笑えるほど目を楽しませてくれますねぇ、フジテレビ様、ごちそうさま。 濡れそぼったキャメルな横顔から僧房筋にかけたラインがダビデ像のようです。 そしてシャワーから出た千秋、ピアノでベト7を弾くのだめに 「お前、7番を覚えたのか?」 と声を掛ける、その声音の何たる優しさ。 更にベト7を弾き続けるのだめを、これまた何て慈しみのこもったまなざしで見てるんでしょうか。こ〜んなにキレイな人が、こ〜んなに優しい眼で人を見つめるなんて・・・・・・さっきまで“ダビデ”やってた人が、今度は匂い立つような菩薩サマです。 ハイ、“大日如来「玉」観世音菩薩”(←何だかよく分かんないけど)、合掌(笑) のだめの弾くベト7で、モーツァルトの2台ピアノ・ソナタの連弾を思い出す千秋。 やっぱりのだめのピアノはドライブ感に充ち満ちています。 「相変わらずメチャクチャだけど・・・、すごい! あの時と同じだ」 「わき上がる」 「はしゃぎ回る」 「迫ってくる」 「純粋で、計算のない個性」 そう、のだめの繰り出すベト7に「純粋で、計算のない個性」を感じ、ひらめく千秋。 「あいつらみんな『のだめ』なのか」 「何でマエストロはあいつらを選んだのか」 「何で峰がコンマスなのか」 「何でSオケに表題のない曲を」(←これはドラマ・オリジナル。原作では3番の『英雄』でしたね。) 「学内中のヘタクソをかき集めたようなオケ」と馬鹿にされてきたSオケ。 ではミルヒーはなぜ彼らを選んだんでしょうか? 洋の東西、時の今昔を問わず、大きな組織に属すると個性を失いがち。 「場(=集団)が個に繰り込まれる」というやつです。その組織が規範や価値観を潜ませていれば尚更、個に対する影響は巧妙。自分にとって「当ったり前」な芸風や価値観・常識が、実はその限られた集団の中だけでの「規格」ってこと、あらゆる分野にあるはず。 しかし一方でこの「個性」という言葉、クラシック音楽では厄介ですよね。 「個性」を単なる「クセ」と捉えてしまって矯正し続けたり、完全に削り落としたりすると、レッスン1でミナコ・モモダイラ学長が言っていた「な〜〜んか、面白みに欠ける」音楽になるような。原作にはないこのミナコの言葉がSオケ版『7番』の伏線・兼・種明かしになっているところがミソ。そして余談ながら、これはそのまま日本の音大組織に対する根強い批判を反映しているようです。 Sオケの「ヘタクソ」の中身は、実は、無垢の個性と、音楽に対する無邪気な情熱なんじゃないでしょうか。研ぎ澄まされたテクニックと引き換えに失いがちの。 ミルヒーが置いていった点と点を、線でつなげた千秋、といったところ。 のだめの弾いた「ベト7」に打たれ、翌日に公演を控えたその日、「演奏を全部変える」と千秋はSオケに告げます。 この瞬間、“あの”鬼千秋が、どこかためらいがちな表情なのが人間っぽくって嬉しい。こういう部分を丁寧に描き込むと登場人物が魅力的になってきますね。 「ごめん、おれのせいで振り回して。たのむよ、コンマス」 ここでドラマ・オリジナルの台詞、 「お前たちの持ってる力強さとか、躍動感とか、活かせるように俺も考えてきたから」 ドラマ版千秋率いるSオケの個性は「力強さ」「躍動感」だそうです。 「ロック」なオケ、だもんね。 「じゃ、あたまからテンション上げて!」 当初の自分の頭の中にあった理想形とは違う音楽に向かい合う千秋です。 定期公演当日。 緊張におののくSオケ・メンバーに「俺も初めてだよ」と千秋。 それにしてもこのときの千秋玉木の頼もし〜〜っこと! ついこないだ「ドはドコですか?」と言っていた人とは思えない音楽家ぶり! このリーダーシップというか牽引力のリアリティの鮮やかさは玉木自身の「仕切り屋さん」の部分から来ているように思えます。 千秋が上着を脱ぎすてる時の、大きくエコーをかけたその衣ずれの音。それを聞いた瞬間、ぐいと引き込まれます。冴えてますね、演出。 今、まさに目の前で、千秋率いるSオケの初公演開幕の瞬間。 峰のファッションが最高! (客席からは失笑を買ってますが) 金髪爆発ヘアに、黒のトップス、赤のレザーパンツ+腰に何やらストラップをぶら下げて。こんなコが演奏するクラシック音楽、聴いてみたい気がしませんか。冒頭でチラッと出演したヴァイオリニストNAOTOが雑誌インタビューで「のだめや峰みたいな子が音大に入学できるなら」と語っていたのが思い出されます。「面白みのある」音楽が聴けそう。 千秋はといえば、舞台袖から現れ、オケのメンバーを起立させるときの上向きの掌から、客席への一礼後の一瞬の佇まいまで、流れるような気品ある動き。見事です。 立ち上がりの主和音によるテュッティから、千秋が導いていく音の群れ。序奏部から主題提示部へと、モチーフを順に受け渡していく各楽器。特にオーボエがソロでメロディ・ラインを歌うとき、表現指示なのか、千秋玉木がかすかに優しく眉を上げるのを見逃してはなりませぬ。 玉らん!(笑;いつもこれ。) プチ・モルト(petit mort)です!!! ↑キワドい意味です、調べたい人はご自分で調べてください(笑) さらに第4楽章コーダの部分の加速感、凄い!! 畳み掛けられるようなリズム、低弦のオスティナートを背景に、モチーフが次々と引き継がれ、繰り返されていき、聴く者を興奮の高みに連れていきます。そこで峰を初めとするSオケ・メンバーが「ジミヘン弾き」をせがんで合図を送ると、千秋、微笑みながら応じ、「やるならここだろ」のタクト。頼もしい! 指揮棒の切れ味ある振りと共に身体が揺れるのがセクシーだ! そしてカッコいい! 唇をかみしめた表情が男らしい! カッコいい! もうこうなったら何でもカッコいい! とにかくカッコいい! この興奮の頂点で、千秋は心から感じます。 「楽しい!」 何よりこの千秋を演じている「感動屋さん」自身が本当に楽しそうじゃないですか! 何てことだ! 顔が本当に輝いてます。 最高に素敵だ! ついでながら(再三いじってごめんなさい、竹中さん)、客席で見守るミルヒー竹中も興奮でわなわなしてます。ヴィエラの言っていた「身震いするほど感動する演奏」です。 そう、一寸のスキもない完璧なテクニックより、若さの「熱」が奇跡を起こし、人の心を動かすことがあるんですね。 身も心も高いところに放り投げられた気分のまま、玉木千秋の指揮棒が静止して、ベートーヴェン交響曲第7番は終わります。 こうしてSオケの初公演は大成功。 ラストは歴史的名場面?ですね。 「ベンチでうそ寝」の据え膳・千秋のもとへ、のだめがやってきます。 まるで生け花のように、腕はここ、膝の立て方はこう、と入念にアレンジされた寝姿。 色温度も光度も解像度もアングルも、すべてに入念な配慮を尽くした撮影。 私、そのポージングや“TV史上最高の絵”を造るのにスタッフが腐心してる光景を想像しては、「笑っちゃうよ〜」と自分を納得させようとしていました。え? 何を納得って? だってだって、 我が目を疑いたくなるような、悲しいぐらいに美しい黄金比を見せる、あの寝顔。 神が手遊びに傑作を造ってみたとしか思えない完璧な彫塑。 大きく切れ込んだ瞼のラインを縁取る長い睫毛。その眉間の高貴な彫り。 シャープな直線で構成された冷徹な鼻の線と、 対照的に「おひとついかが」(笑)とでも言いたげな丸みを帯びた唇。 どうするべ。 え? 何をどうするって? (と、何が何やら分からないまま、最終回まで観ておりました。) そして、のだめにほっぺたキッスを許した後、黄金比を備えたお顔の持ち主が重低音でひとりごちます。 「バーカ、これはお礼だからな。」 「バ〜カ」、ですって。それも極上の響きの重低音で。 とまあ何だかんだ言いつつ、いつかこの人にこの声で「バ〜カ」といって欲しいホントにバカな私の煩悩を、どなたか断ち切ってくださいましまし。 (レッスン4のその4、おしまい) 11.レッスン5のその1 考えるところあって(というか、ぶっちゃけ、著作権がらみの配慮なんですが)、以降、今までの『のだめ〜』レビュー・スタイルから少し変えます。レッスン4まででも、「転載」と捉えられかねない部分を順次、改稿していくつもりです。 さてレッスン5ではピアノに玉木に燕尾という地上最強のレシピに舌鼓を打ちましょう。フォアグラにシャンペンにキャビアといったところ。 ついこないだまで「ドはドコですか」と(←くどいけど)言っていた人に、なぜこんなにピアノが似合うんでしょうかっ!? 世の中にあまたいるチンチクリンのピアニストはどうすればいいのでしょうかっ!?(いえ、外見だけが勝負ではないんでしょうが、興行的には外見も大きいと聞きます。) 来るべき学園祭に向けてSオケの出し物を仮装オケにしようなどと相談している峰たち。これにクサる千秋。クサってはいますが、何気にSオケ・メンバーに融け込んでその一部になってるのも何だかほほえましい。そしてノリノリな周りのメンバーの口々の意見に、ピクピク・キョロキョロしてる首の動きもオモシロイ。この場面だけでなく、玉木の“ピクっと反応“が満載なんですよね、『のだめ〜』。反射神経がいいせいか、何かに反応してピクッと顔の向きを変えたり、ビクついたり、目を丸々にしたり・・が、鳥類並み(笑)の瞬速。笑えるし、やっぱりカワイイ。 そこへミルヒーが「合コンしましょ!」と現れるも、相手にされないので千秋を使って「合コンするもの、この胸止まれ!」と反則ワザ。 TVに向かって挙手&即答したおバカは私だけでしょうか・・・(汗)。 相変わらず夕日のキレイなキャンパスを後に、Sオケ・メンバーを引き連れて合コンに向かうルンルンのミルヒー竹中です。 「ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴー!!!」って、もう感心するしかない竹中ワールド炸裂! 完全にこのドラマのスパイスになってます。それも「ガラムマサラ」とか、「ゆず七味」とか、珍味なスパイス。彼のアドリブには、マンネリズムを超越した、彼にしかない独特な持ち味がありますね。俳優として稀有な立ち位置。 ミルヒーの幸せ(?)も長くは続かず、はるばるドイツから来た秘書エリーゼに捕らえられ、強制送還されます。「おれはまた師匠を失った」と、ミルヒーを乗せた車を見送る千秋はやはり寂しげ。ついでにその長くて美しいキャメルな首筋もご鑑賞あれ。余分だけど(笑)。 場面変わって、峰・真澄・のだめトリオが裏軒でTVを見ながらモモダイラ理事長VS.シュトレーゼマンの恋バナに花を咲かせています。対照的に千秋は不機嫌延長戦。玉木が語っていた「周囲のノリに徹底的にノっていかない」と言う千秋像がここでも。それにしても何故か似合います、周りに距離を置いて一人で不機嫌でいるのが。憂いを帯びた面持ちにも彼特有の魅力がありますね。 そこへ「ヒコーキから飛び降りました!」と現れるミルヒー。(「そんなわけないでしょ!」と真澄がツッコミを入れるところなんか、まるっきり漫才。)ドタバタ・コメディ調のこの場面のミルヒー竹中、髪の毛はボーボーで鼻から血をたらし、映画『妖怪大戦争』@“油すまし”の続きをやっているのかと思いたくなるぐらい不気味。見てるこちらが悪酔いしそうなノリも最高です。見た目にすんごい風体なのに、シリアスな芝居+時折の異次元?なアドリブ。これをやっても不思議と違和感を感じさせないのは、竹中という役者に対して、観る側に免疫がついてるからだけでしょうか。 学園祭でラフマニノフのピアノ協奏曲2番をAオケバックに弾くこと。ミルヒーは千秋にそう命じます。 しかし千秋はその指示に対して「どうして僕がピアノを?」と、抗議をしに音大ホール・ロビーに。ここで、いつもは“俺様”な千秋が、師匠ミルヒーに対してはちょっとヒヨっこな従順さを漂わせてるのが嬉しい。どこか「奥寺」を髣髴とさせるような生真面目さも感じさせます。だけどモロ手を挙げて「尊敬!」じゃなくて、基本「エロじじい扱い」なのがイマっぽい。 ワーグナーの『タンホイザー』(←ほんとにドラマチック)をバックに、ミナコとの劇的な再会を果たすミルヒーの姿に、「いいかっこしたいがために俺にピアノを弾かせるのか」と邪推する千秋は、『ただ君~』の誠人並にニブいオバカさんでしゅね。 練習室では仮装オケ準備がすすみ、「ピアニカならできます!」とのだめも意気揚々。 オケ室でエリーゼがミルヒーとミナコ・モモダイラ理事長との秘話を千秋に明かしますが、それ以上に、ミルヒーが今まで弟子を取ったことがなかったことを告げられ、ようやくミルヒーの気持ち(←変な意味でなく)に気付いた千秋です。 エリーゼの言葉に打たれて一人、夕日の中にたたずむ場面の千秋玉木。その表情の美しさは、千秋の志の高さ、まっすぐな純粋さを窺わせて格別。 さらにダメ押しで、シーンは理事長室でのミナコとミルヒーの会話。 「あの子(=千秋)、もう見つけてくれたのね」というミナコに、「あの二人、おもしろいことになってくれたら」と、のだめと千秋に、自分とミナコを重ねあわせるミルヒーです。このシーンにうならされた人は多いでしょう。ミルヒーの千秋に対する指導者としての人間愛は、そのまま、ミナコがミルヒーを指揮者として引っ張り上げた人間愛の相似形になってますね。この人間愛がさらに千秋とのだめの間にも生じ、「お互いを高めあう」(←どっかで聞いたなあ)という形に育っていくのでしたね。 (のだめレッスン5のその1おしまい) 12.レッスン5のその2 えらく間が空いてしまいました〜、すみません。何せ私も仕事をおざなりにはできませんゆえ。 今回はストーリーはさておき、オタクのゴタクのみです。 さてレッスン5で疑問が。 エロじじいの姿を借りた?巨匠シュトレーゼマンは千秋に何を教えたかったのか、ってことです。 何だと思われますか? 可能性: その1. エロじじいなので実はな〜〜んも考えてない。千秋をおちょくってるだけ。 その2. 「没頭」すること。 その3. 「魅せる」こと=ショーマンシップ? ではなぜ「ラフマニノフ」なのか その1. 悶えさせたかったから。 ・・・ あはは、半分冗談です(殴)。でも本当ですよね。 ラフマニノフの音楽。 ・・・って、どこか「浪花節」に聞こえませんか(天国のラフマニノフさん、ごめんなさい)。 ロシアの作曲家で有名どころには他にもチャイコフスキーがいますが、同じ叙情的、感傷的なのでもチャイコは物語性やファンタジーが前面に出てきますね。しかしラフマ、この人はひたすら暗い。何せ、“短調”が大好きですから。 聞いてると、「どうだ〜〜〜!!!泣け〜〜〜っ!!!」って言ってるように聞こえてきませんか。人の強い感情を揺さぶり、掘り起こすようなメロディーは大泣きしたい時にはいいかも。 そうは言っても、ここまでのレッスン5までの玉木千秋、そこかしこでホロっと人間臭さは見せるのですが、ドSで俺様で「ツン」の基本ラインは崩しませんでした。そして「周りのノリにノッていかない」。そんなシレ〜っとした、ある意味でヤな奴が、泣かされ、悶えさせられる・・、見てみたいじゃあないですか。 で、見せて(魅せて)くれましたね。それも極上の気品と色香を漂わせつつ。 あんなピアニスト、反則だ! (・・・・と、プロの方でも思ったはず・・・) 原作を読んでいたときには「千秋の弾くラフマを想像してみる」、そのことさえ思いつかなかったんですが、いざ、この俳優の演じる千秋を目にすると想像力の膨らむこと、膨らむこと。不思議です。そんなわけで、ここで千秋が弾くラフマ2番に一番近い演奏なのは誰か?という、マニアックな話題をご紹介します。アシュケナージ、ツィメルマン、アンスネス・・・。シレ〜っとした冷静な表現ならアシュケナージ、この線は堅いそうです。あと、シュトレーゼマンの影響を受けてどれくらい粘っこくなるか、ですね。時間的・経済的に余裕のある方、気力のある方は、いろいろ取り揃えて思い巡らせてみるのも楽しいかも知れません。 も一つ。 ともあれ、千秋玉木が練習シーンで冒頭の和音連打からアルペッジョへ至るまで、その運指を導く肩や首、髪の揺れにご注目あれ。 え、フェチで言ってるのではありませんよ。リアリティの話です。聞けば、このドラマの撮影に入る前の段階で梅田先生(か茂木さんのどちらか忘れました)が、「玉木君には絶対、実際にピアノを打鍵してもらわないと。」と強く要望していたということです。ピアノを打鍵したときに身体にかかる衝撃が画面に映らないとリアリティがない、ということで。・・何てこだわりようだ。難儀なこってス。 でも、そこです。 今までピアニストを描いたドラマや映画で、何とも言えない歯がゆさ、ウソっぽさを感じていたのは。本物のピアノ、それもグランド・ピアノ、更にはフルコンともなれば、一つ一つのキーの重いこと、重いこと。それなのに、指の位置こそ合ってるだけで電子ピアノを弾いてるようにサクサクと弾いてたりして・・。なぞってただけ、だったとは。 聞こえてくる音は、芯のある和音の強打なのに、演奏者の姿勢や動きがそんな音を出せるはずのないものだったら・・・ 悪寒、違和感、とんちんかん・・。 そんな映画やドラマを観てサム〜〜い気分になったこと、ありませんか。 (いや、上↑のだじゃれがサムかったらすみません;汗) ああ、それなのに!! ああ、何てこった!!!(←めちゃめちゃ褒めてます、分かりにくいけど(笑)) ピアノの前に座ったこの俳優の、何とまことしやかに(笑)、何たるピアニスト然としたことか! 確かに予め収録してある音源に合わせて腕を動かしていったんでしょうが、実は想像を絶する難しさだったろうと思います。おまけに第一楽章はハ短調。黒鍵が何度も出てきますが、その度に微妙に腕が上がるという芸の細やかなこと。音源を録られた清塚さんも語っておられました、「その俳優(=玉木)の方が持つ観察力、そして“まね”の力が凄かった」と。 ああ、ひたすら感服します。尊敬します。 観察力、模倣力、そして何より“執念”ですね。 演技 では次回はまじめに(笑)ストーリーを。 13.レッスン5のその3 ご存知の方も多いと思いますが、またまた余談です。 ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、『のだめ〜』では第一楽章と第三楽章が使われてますが、第二楽章は何と映画『恋愛小説』のサントラとしてアレンジして使われてるんですよね。この同じ映画『恋愛小説』で『ベト7』の第二楽章が使われてることは有名ですが。 玉木氏の『のだめ〜』出演に、何か運命的なものを感じるのは私だけでしょうか。 さておき。 音大練習室で、そして自室でラフマのピアノ協奏曲2番の練習を重ねていく千秋。 それにしてもつくづくピアノの漆黒が、その艶やかな黒さが似合う人だと思います。この人がひとたび千秋となってピアノの前に座っただけで、辺りの空気までピンと張り詰めるような。YAMAHA社ご自慢の鏡面塗装技術の威力だけではありますまい。 時折、その絶妙な長さの(笑)黒髪を震わせ、白シャツor燕尾の肩から長く伸びた腕の先でフォルテッシモを叩き出す。鍵盤の白と黒の世界に閉じ込められたピアニストというストイックで孤独な闘い。そんな孤高が激しく似合います。ホントは靴下嫌いで、古着のタンクトップを重ね着したりして鎖をじゃらじゃらぶら下げてる(茂木氏談)系のファッションの好きなこの方、不思議なことにどんなカッコしてもしみったれた生活感が漂わないんですよね〜。神様はとことん不公平だ、どんだけ〜(笑)。 そんなお方が白シャツを召す、とな? あげくの果ては燕尾、とな? 史上最強のコスプレですね(殴) さて場面は夜、練習を終え、練習室のある棟から出てくる千秋です。 このときちょっとお疲れなのか、脱力感が漂っててふんわりモードなのが、これまた目にごちそう。でもそれまでとはちょっぴり雰囲気の違う千秋じゃあないですか? そんな彼の脳裏にふとSオケが。 「そういえばSオケ、どうしてるんだろう(←ドラマ・オリジナル) ・・のだめ、泣いてるかもな」 そこへ「千秋せんぱ〜い」と現れるのだめに、「のだめ・・」と、嬉しそうに・・・ 何と値千金の微笑み漏れ! 出たああ〜〜〜、いえ、お化けではなくて大日如来“玉”観世音菩薩、再登場。 禁じられた微笑み(←なんか一昔前のクサい映画のタイトルみたいだ)が漏れ過ぎです! 監督から笑顔禁止令が出てたんじゃなかったんですか! この場面の玉木千秋、確か原作原理主義?の方から「千秋がウェット過ぎる!」と批判が集まった場面の一つですね。 かすかに眉毛を上げてのだめを見つめる目の優しさったら! そのまつ毛ったら! 超低解像度の(=古い)我が家のボロTVでも見える、暗闇に浮かび上がるバサバサなまつ毛のキャメルぶりったら! おまけに樹里ちゃん、ドサクサに紛れて触りすぎっ!触りすぎっ! 腕なんかスリスリしちゃって!(怒)×100。 「それでね、先輩、悲しいお知らせが。 寂しいだろうけど・・」云々、云々・・ 思い切り調子こいてます。後ろから飛び蹴り食らわせたいくらいです(おいおい;汗) ともあれ、なにげに撮影スタッフさん、GJな美麗なシーンでした。 場面変わってゲネプロ・シーン。 第一楽章終盤、旋律が上昇していく盛り上がる部分で、ルバートをかけずにあくまで冷静なイン・テンポで弾いていく千秋です。 その冷ややかで落ち着いた表情に、ミルヒー、 「何ですか? 今の弾き方!」 と激高。 そ、そ、シレ〜っとしちゃって、「ほれ、弾いてやったわ」みたいな(笑)。 ここ、原作ではミルヒーが「少し遅く」弾くように、そして「千秋は速く弾くと音が軽くなるし、あっさりしすぎる」と指摘する部分ですが、音源の清塚さんもホント、GJ。 ミルヒーの求めてる(らしい)「もっちりした、重いフレージングと音」ではない千秋の音をよく出せてます。 「もっと美しく、悶えるみたいに」というミルヒーに、 「だいたい何で俺がラフマニノフでくねくねしないといけないんですか」と千秋。 このときの言い方と表情の小憎たらしいスカしたおぼっちゃまぶり、「ドついたろか」と思っちゃいます。おっと失礼。 「君は自分のこと、な〜〜んにも分かってない!」「もっと没頭しろと言ってます」 ・・・・と言うミルヒーですが、彼が千秋のことをどれほど分かっているのか、私には分かりましぇん。がしかし、「半端は、私は許しません」というミルヒー竹中の気迫に満ちたまばたき無しの形相、これには圧倒されます。同じく千秋も圧倒されて神妙に受け容れる表情、今まで無いに等しかった師弟関係や師への尊敬の念を窺わせて、何故だか嬉しい。 こうしてミルヒーの言った「悶える」「没頭する」ことの意味を考えつつ、ひたすらピアノに向かう千秋。汗ばんだ横顔がセクシー。(常に汗をかいて欲しいらしい、ワシ・・) 一方Sオケ、仮装の準備を着々と進めつつも、千秋不在の不甲斐なさ、そして卒業を控えたメンバーからは「最後なんだから」という、それなりの寂しさも感じられます。でもこの部分、演奏の練習風景も一瞬だけでも入れて欲しかった。原作にはワン・カットだけ、あるんですけどね。千秋不在でも自分たちだけで頑張る姿を見せてくれてたら、ドラマとしてもっと奥行きが出てたと思います。少し物足りないところでした。 そんなSオケを気にかけて練習を覗きにきた千秋、清良に見つかって「やっぱり気になるんだ」と言われ、「いや別に」と立ち去ろうします。ちょうどそこに中から「打倒!千秋!」という峰の声が聞こえ、「ほらね?」って感じの表情の千秋。そんな強がりさんぶりも、これまたすっごくチャーミング! 因みに原作では千秋、Sオケのことなんて全く気にかけてないんですね。学園祭当日のプログラムを見て「Sオケが活動してるなんて知らなかった」というぐらい薄情?です。やっぱりドラマでの千秋はホットです。 さて、学園祭当日。 仮装中止で羽織袴でキャンパスに現れるSオケが注目を浴びてます。 のだめのマングース着ぐるみだけでなく、真澄の鎖骨コンシャスなドレスに注目!何とも毒々しい色だけど、そこが可愛い! 実写だとこういう小道具でもインパクトが出せますね。 ミルヒーの言った「魅せる」「色っぽく」「悶えるように」に相変わらず悩み中のまま、確かに(誰も見てないのに無駄に)「美しく、色っぽく、悩ましげに」(笑)練習に励む千秋。彼のところにマングース?がやってきて、そっとSオケのチケットを置いていくドラマ・オリジナルも洒脱。 Sオケ「伝説のステージ」会場。 「あいつら一体、何をやるつもりなんだ」と客席に現れた千秋の耳に聞こえてきたのは、ガーシュインの『ラプソディ・イン・ブルー』。 ガーシュイン、39歳に亡くなった夭折の「半音階の巨匠」(←私がたった今、勝手に命名;笑)。半音階を自由自在に使った作曲ぶりは、もう一人の「半音階の天才」(上に同じ)のポール・マッカートニーに並ぶ天賦の才を実感させます。 のだめの弾くピアニカ・ソロに始まるこのアレンジは作曲担当の服部隆之氏がされたのかしら? Sオケにぴったりなライトタッチですね。因みに私自身はポリグラムから出てる『The very best of Gershwin』の中のロリン・マゼール指揮、イヴァン・デイヴィスがピアノ、クリーブランド管弦楽団のものしか持ってませんが。これ、オムニバスになっていて、ガーシュイン初心者にはお勧めですよん。 さて、Sオケの『ラプソディ〜』、ステージングが何ともオサレ〜〜!!大河内君の指揮がチイパッパなのもご愛嬌。演奏者たちにも動きがあって、このオケの「若さ」があふれてます。残念なのは、カメラワークのせいなのか、編集時のつなぎのせいなのか、ワンシーン、ワンシーンが短くてせわしく感じることです。それも躍動感や、学園祭の荒削りな賑わいを出したかったからなのでしょうが。でもラスト、ヤマ場で全員が整列し、峰が見せる(魅せる)恍惚とした表情も彼のショーマン・シップの真骨頂(瑛太の弾きマネもウマい!!) でもその賑わいも、このSオケの中の卒業組のことを考え合わせれば「おもしろうて、やがて悲しき」な感じで切ないですね。 会場を後に、一人ホールを出る千秋。ここで、かの有名な一言。 「悪いな峰、トリは俺様なんだよ」 この、勝ち誇ったような、イキイキとした目、ヤですね〜〜(笑) ぷん!と高く上げた鼻が、ドついてやりたいくらい、「俺様」です。 でもやっぱりめちゃくちゃカッコいい、頼もしい、痺れます。 こ〜んな俺様ぶりが似合う俳優なんて、一体どこのどいつなんだ? <「玉木ですってば」読売CMより (レッスン5のその3おしまい) 14.レッスン5のその4 FC会報が来ない! ・・・とジリジリしてたら、奇しくも(なぜ「奇しくも」なのかは会報をご覧になった方はお分かりのはず)、アル・ゴアさんのノーベル平和賞受賞のニュースに「やたっ!」と小躍りしていたその日に、ポストに。 みなさま、映画『不都合な真実』はご覧になりました? まだでしたら是非、ご覧になって背筋をマイナス100度(←数字に根拠なし)くらいに冷やしましょ。そんでもって冷え過ぎたら玉木画伯の(絵の方ではなく)“真っ白な”キャンバスに身も心も熱くしましょ♪ 更に映画の話題です。 玉木さんが『信長』で共演した市川染五郎さん出演の『朧の森に棲む鬼』をゲキシネで見てきました。 すんばらしかった!!! エンターテイメントの極致ですっ!!! 演劇×映画という、一粒で二度+αもおいしい「ゲキ×シネ」という新分野のこの作品、撮影装置、撮影技法、音響、映像処理にもこだわった上に、染五郎さんの歌舞伎風“濃〜〜い”演技をドUPで観られるの、芝居好きにはコタえられない!おまけに『こころ』で玉ちゃんが共演した阿部サダヲさんの相変わらず弾け切った芝居と殺陣のごっつ鮮やかなことといったら! 劇場公開は26日までですからね、みなさん。これを観ないのは一生の損失! いえ、ホント、大袈裟じゃなくてお勧めです。 は! 2本もお勧めしてしまいました(汗) 玉ラッシュの昨今、みなさま、それどころではないでしょうかしらん。 で、この映画を観てて改めて思ったんですが、演技のクセというか芸風って、共演者と芝居を呼応させてる間に、つられるっていうか、感染(うつ)っちゃう部分が面白いと思いませんか。峰と千秋のアンサンブルみたいに、ちょっとした所作とか間合いが共演者同士で似てくるような。玉木さんも『のだめ〜』の終盤でなぜか、時代劇?っぽく(台詞を吐く前に“ため”を作ったり、肩を斜めに構えて見得を切るようにしたり)なってましたね、お気づきでしょうか。及川さんから?それとも遡って上川さんから? などと思って観てましたが。 一人の俳優が共演者や監督、そして作品そのものの影響を受けてどんな風に感性を磨き、演技を高めていくか―――、それを具(つぶさ)に目撃していくのもファンの醍醐味。この歳にして初めて特定の俳優のファンにならせてくれたこと、そして作品毎に違う顔を見せて、その醍醐味を存分に味わわせてくれるこの俳優に感謝感謝です。 さて、やっと(笑)『のだめ〜』レビューに入ります。 演奏シーンのリアリティと演奏そのもののクォリティ。 この二つがこのドラマの成否に大きく影響すること、そしてそれを達成することが至極困難であることは撮影前から誰しもの脳裏にあったはず。何せ「音楽」がドラマの中心軸ですから、要求されるレベルも高い。 観る側にしてもプロや小姑なクラヲタともなれば、鵜の目鷹の目で演奏シーンの出来を吟味するでしょう。そんなこともあってか、梅田先生の演奏演技指導は相当、厳しかったと聞きます。それを考えればこの俳優、この役をよく引き受けたわ〜 (・・・と、今や高みの見物調で(笑)。つくづく私、『のだめ〜』まで俳優・玉木宏を知らずにいて良かったな〜〜、と。きっと心配のあまり不眠性ゾンビになってたわ・・・) 私の周囲のクラヲタ達の間では、 「それっぽく見える“近道な演技”で充分だよね〜」 な〜んて後ろ向きな声もあったほど。でもね、近道な演技っていう「嘘」はなかったんですよね、このドラマ。インチキなことの多い昨今のTV界、本当にありがたいことです。 ここで『のだめカンタービレ・コンサート』パンフ中の茂木先生のコメントを引用します。 茂木先生、文句があったら遠慮なく言ってきてください、・・・ただし、当サイト管理人の豆吉さんに(笑) 「・・・(略)・・・ラフマの第3楽章はカットがほぼなく、演奏し続けなければならないので、玉木さんは音楽をすべて覚えて、鍵盤上を動く指、上下左右を飛び交う腕の運動をすべて暗記して、音楽とシンクロしてその演技に臨んだ・・(略)・・・」 驚きましたよ!第三楽章全部!! 11分を越える楽章ですから、楽譜にしたらどれくらいの長さでしょう。いえ、おそらくは楽譜が読めない玉木氏には、楽譜から全体を俯瞰して曲の構成を掴むことはできなかったでしょうから、この長大な曲を迷子にならずに演奏演技できるまで清塚さんの演奏映像から目と耳で、それも短期間で暗記されたはず・・どれほど大変だったでしょう・・(涙)。 さてストーリーの流れとしては: 『ラプソディ〜』を終えたのだめのところにミルヒーがやって来て、言うシーンです。 「今のままでは千秋とは一緒に居られない」と。 これに関しては、のだめオケ公式ブログでも話題になってましたね。同業者で、尚且つ同じレベルであっても指揮者・デュトワとピアニスト・アルゲリッチみたいな不幸なケースもあり。信条・教条が軋轢の火種になるように、求める理想の音楽像への思いが強すぎるのも不協和音の原因になるし。 かと言って、レベルが違っても、のだめが音楽家として(or幼稚園の先生として?)千秋から“得る”だけでなく、千秋がのだめから得るものは大きいはず。しかし、こうして「お互いに高め合っていく」関係が成り立っていくには、この時ののだめの居場所が千秋にとって余りに低過ぎることは誰の目にも明らか。片方の居場所が低過ぎたら、高め合おうにも「手」も「声」も届かないですからねっ!・・・ って、え? 千秋真一の話をしてるつもりですよ? また、ですけど(笑) 一方、控え室で鏡に向かう千秋です。 ・・、このシーンでびっくり仰天。 何が仰天って、このドラマで初めて見せてくれた玉木氏の額の何て美しいこと!! 額が、それだけで、美しい・・って、アリなのね、こんなことだったのね、って実感。きっと、足の裏まで美しいに違いない、この人。(・・と思いきや、実は偏平足でした;笑) 美しい、美しい、匂い立つくらいに美しい(って、しつこいよ)・・その上に! ご丁寧に漆黒の燕尾服に身を包んで佇んじゃったりして、己が身が放つ色気に全く気付かないご様子。そんな宇宙一罪な男、玉木・千秋のところへミルヒーが現れて告げます。 「大事なことは君がどれほどこの曲と向き合ったか、ということ」、そして 「これでしばらく日本ともお別れですから」と。 これに、「えっ?!」っと声もなく驚く千秋。・・・にしても美しい・・・(←関係ない) ハイ、ミルヒー、巧いですねえ、「悶える千秋」に向けて心理的な罠を仕掛けました。 この場面の撮影や照明、見せ場だけに映画タッチで凝ってますね。ミルヒーの顔の下半分だけに照明を当てて、不敵な笑みと、その言葉に注目させて。 開演のブザーがなり、千秋、それに続いてマエストロ登場。 ピアノに手を置き、客席に一礼する千秋です。 放送禁止にしなくていいのか?と思えるほどの、ピアノとの犯罪級のツーショット。 もう既にピアノすら、ウラヤマっすぃ〜〜、あのピアノになりたいっ!! ああ、この美しい人の、この指で・・・以下、18禁。ご想像あそばせ。 黒服ってのはそれだけで人を凛と見せるものですが、こんなに造形のキレイな人だと美しさが神がかって見えます。しかも私には、黒服に身を包んだこの人の「神」はキリスト教のそれではなくて、どこかギリシャ神話やローマ神話の中のそれ、特に「牧羊神」を思い起こさせます。美しいのに、どこか無邪気に罪を犯す「神」。 冒頭の有名な10度の和音に始まり、オケの奏でる主旋律に見え隠れするアルペッジョのアラベスクを編んでいく千秋。残念なことに曲はあっと言う間に第三楽章に。スラブ民謡風の副主題、フォルテッシモを打つときにのけぞるのは清塚さん流なんですね。(でもそれを見るたび、別の意味でTVの前で悶えのけぞってる私を、どなたか、どついたってください;笑) 和音の強打が繰り返されるこの副主題では、目に映ってるのは苦心惨憺でピアニストを演じている俳優のはずなんです。 なのに! 「ああ、やだな。もう終わりだ。 もっと教えてほしいことがあった・・・」 引き込まれるって、こういう瞬間のことなんですね。 「ああ、やだな、もう終わりだ・・」この台詞の味わいの何たる深さ。絶妙な間を置きながら、言うに言えないイントネーションで、次第にスローになる映像に重ねられた一言一言。 何より、一瞬シュトレーゼマンを見上げた視線のやるせない熱っぽさ。 そして師への強い尊敬の念から、でしょうか。 千秋の固い自我のガードが解けていき、冷えた覚醒の壁を突き抜けていく熱い感情。 でも千秋らしい、あくまで抑えたその興奮。 抑えた分だけ、悩ましい表情。 もう〜、観ているこちらが狂おしくなるよ。 この瞬間、小手先の弾きまね演技のことなんか、正直どうでもよくなった。 確かにそのときピアノの前に居たのは、師との別れを惜しみ、その気持の昂ぶりが今その場で、自らの音楽に新たな深い色合いを付けていっているヴィルトゥオーゾでしたから。 魂萌え!! (注;“たまもえ”と読む by 桐野夏生) & 玉萌え!! 「ラフマニノフ終止」と呼ばれるラストの和音連打を打ち終えるその瞬間まで、いえ、弾き終わった脱力感でしばし呆然とするその瞬間(←絶妙!)まで、この俳優は「千秋真一」でいてくれた。 そう、演奏家が音楽の流れに自らの心の動きを添わせ、それらを織り合わせていく作業は、役者が役柄を自分に引き付け、自分のものにしていくプロセスと似ているはずです。 と、ここでもまだ、気を抜けませんでした。ラストで放送禁止?シーン再び! そ、このときの千秋の伴奏は「あなた色に染めてちょうだい」なんですよね。 たっ、た、玉木千秋が、「あなた色に染めてちょうだい」だなんて・・(悶絶中・・) 恐るべし! 上野樹里! (いえ、役ですから;汗) でも本当に「恐るべし!上野樹里!」と思わされたのが、第三楽章のカデンツァを登り詰め、降りてきたときの一瞬ののだめの一瞥。 「ね? うまくいったね?」みたいな? カワイイというか、色っぽいというか、うっすらと笑みを浮かべた表情で千秋を一瞬見つめた、あの目。・・・それも一度ならず、二度までも・・・ 許せん! って、冗談です・・あ、いえ、半分本気です(笑) 実はわたくし、樹里ちゃんのお芝居を観るの、これが初めてでして、このシーンまで「な〜〜んだか、“ノリだけ”というか、“カンだけ”で芝居をしてるみたいなヒトだなぁ〜」って感じてたんです。それがこのシーンで、「うん?ナヌ?」って思えました。 それが更にこの先、あの「ぬるいこと言ってんじゃないですよ!」のシーンでぶん殴られる思いがしましてん。 この樹里ちゃんの目と「会話」する玉木の「目」も、う〜ん、最高。 厳しさと、愛情と。 ・・そしてちょっぴり「充血」と(笑) 何て美しくて、崇高なラブシーンなんでしょ。 画と音もぴったり、素晴らしい編集の仕上がりにも唸らされます。演奏を終えた後のつかの間の静寂もすごくリアル。 職人芸ですねえ。 ところで、何ですかね〜、相手の呼吸の読み取り方からしても、音楽のアンサンブルと芝居の掛け合いって、やっぱり似てますね。 そんなことを徒然、考えてしまいます。 満足感からか、弾き終えたのだめは鍵盤の上でご就寝。 そんなのだめに千秋は上着を掛け、「こいつ、どうすればいいんだ」と呟くのですが・・普段ツンなだけに、こういう優しさが目に(身ではなく)しみますねえ。 場面変わって、千秋、学内ベンチで「今日からコンツェルトの勉強だ」とのだめに言い渡すのですが、そこへSオケ・メンバーなだれ込み、卒業後の進路に沸きます。 でも、心ここにあらずで、どこか不機嫌そうな千秋。 何を想う? おまけに黒ジャケットが不機嫌に映えます(どんなんじゃい) その黒ジャケットをひんむくと(笑)、中は黒のVネック・セーターになってまして、 お次の場面です。 練習室で、2台のピアノを前に: 「のだめも卒業と同時に結婚したいですぅ〜・・」とはしゃぐのだめに 「のだめ、うるさい!」 と、またまた不機嫌延長戦。・・・声に張りがあって、これまたかっこいい! あの声で怒られたい! (はい、バカですから・・) そこへ峰が現れて言います。 「なあ千秋 Sオケ続けねえか」と。 このときの玉角度(←遂にこんなネーミングまで;笑)、一体何事でしょう? 照明の具合なんて後光がさしてるみたいです。仏様の光輪ですかね? 肌の質感がきれ〜〜い。 目にも露な鎖骨コンシャス具合。なまめかしい喉仏。 しなやかに伸びた、ほんのり赤い頸! ち〜ちゃな頭。 ・・・・奇跡ですね。 おまけに露出した肌、特に頬にミョ〜な艶(つや)があります。 何か塗ってます? ・・天然ですか? あの艶は。 ・・・そうですか、天然ですか・・・。 (と、お肌カサカサな妙齢オバサンはしみじみ思ってみるのでした・・) 「おまえがコンマスで、もじゃもじゃとさくらがいて、俺が指揮者か? そんな仲良しごっこ続けてど〜する?」 ほらね、冷た〜いことをペラペラと冷静かつ雄弁にまくしたてるの、似合いますね〜。 こうして峰を振り切るように練習室を出る千秋と、それを追うのだめでした。 (レッスン6のその2おしまい) 追記: 雑誌『CREA』で「私が“究極の愛”に目覚めたのはこの映画!」という特集が組まれてましたが、玉木氏が挙げたのはラリー・クラーク監督の『KIDS』。 おお! ラリー・クラーク!! ・・・って、知らないです(笑) 前に別の雑誌で映画『猟奇的な彼女』を「面白かった」と言ってましたね。 この2本、近々観てやろうと計画中。 因みに大沢たかおさんが挙げてたのが、私の好きなQ・タランティーノ監督の『トゥルー・ロマンス』でした。 たかちゃん(←誰だよ)、ナイスでございます。 17.レッスン6のその3 本『のだめ〜』レビュー、何とか年内に、と思っていたのですが全然無理ですねえ。 他にも書きたいものもあるし。 ま、ぼちぼちやっていきます(苦笑) 11月29日号の『週刊文春』に「TVを斬る」との特集が組まれ、あの脚本家・山田太一氏が、漫画を原作とするTVドラマが多すぎることはけしからん!として次のような点を挙げておられました。 1. 若いTVドラマ脚本家が育たない 2. 俳優陣としても、TVドラマで出来るはずの中間的で曖昧な表現ができず、くっきりとした説明的な表現になってしまい、力を振るえない。 1の点については山田センセでなくとも長らく言われてきたこと。 「優秀な脚本家が少ないから漫画に頼っているんだ」という論法のはずの製作側にしてみれば、「漫画に頼ってるから人材が育たない」と言われたのでは、議論はいつまでたっても下向きスパイラルのままでしょ。 でも、ま、これは置いといて。 2についてはみなさん、どう思われるでしょうか。 私個人は(かなり昔になりますが)ながら見していた『イグアナの娘』以来、久しぶりに漫画原作ドラマをちゃんと見ることになったのがこの『のだめ〜』でした。 確かに『イグアナ〜』のような一種荒唐無稽な設定ではないにしろ、CGやマネキン人形を使った演出、果ては芝居にまで漫画チックな誇張のあるこのドラマには当初、度肝を抜かれました。 が、次第に「結構イケるな、新しい表現領域だな」と思いなおすように。 むしろ、小道具を使った演出よりも、デフォルメされた芝居の方が、そしてシリアスな演技とのそのバランスの方が面白いと感じさせられた次第。 特に『のだめ〜』の場合、千秋真一のようなどこか近付きがたい優等生然とした人物が、更にそれを演じている何だかヤケに美形な俳優が突然クズれるというそのギャップが新鮮で、キッチュで、カッコよかった! この意図的な「ハズし」感、「なんちゃって〜♪」な裏切られ感は、存在自体があり得ないような(しかし実在するんですね、リアルのだめさん)「宇宙な」キャラの「のだめ」と相まって、クラシック音楽に持たれる堅苦しいイメージを払拭するのに大成功! こんな芸当は山田センセがお好きな「中間的で曖昧な表現」だけではできなかったはず。 映画と違ってTVドラマはタダで(電気代はかかってますが)視させていただいてるんですから、「こういうものを作りたい、見せたい」っていうポリシーがある限り、いくらでも自由で実験的な表現を試みていただきたいのです。 と、偉そうなことを書いてますが、すいませんね、山田センセ、根が不真面目なもんですからアソビと冒険が大好きなもので。 (でも『星ひとつ〜』では冒険されましたよね。) も一つ、偉そうついでに。 『のだめ』で漫画チックな芝居が頻出してもドラマ自体が安っぽいオチャラケ・ドラマとならなかった理由の一つは、上野・玉木を初めとする役者陣がシリアスな場面を本当に真剣かつリアルに演じ切ったからか、と。 特に千秋を演じているこの感動屋さんに至ってはドラマ中、何度も、役に入り込み過ぎて声を詰まらせたり、涙ぐんだりと、忙しいこと、この上なし。 こうしてシリアスな場面が本物の感情の重みを持ったおかげで、漫画チックな場面との絶妙なバランスが生まれ、そのバランス感覚が、ともすれば「うぜ〜よ」と一蹴されそうな熱いメッセージをイマっぽくスタイリッシュに偽装させた、そんな風に感じられるんです。 子供の苦手なものは、調理を工夫して食べさせるのが、親の役目。 そんな訳もあって、漫画原作じゃないけど『鹿男〜』、すご〜く楽しみにしてるんです。 千秋の延長線上になっちゃうのかなぁ〜、 人間的な魅力のある、だけど軽さもある人間像になるといいなあ〜。 と長く語ってしまいましたが、さて、『のだめ〜』、どこまで行きましたっけ(笑) あ。 「スーパーひとし君」でした。 魚肉、鹿肉(・・なんか笑える・・“鹿”にご縁が・・)、熊肉、とかごに入れていく千秋に、のだめが「いじめ?」と呟くと、「カンガルーの缶詰」を手に取る千秋・・・ そ、そ、目が冷た〜いデビルの目です、笑える〜♪ ほら、カズオ人形をのだめに投げつけたときの「カズオ目」にも匹敵する、目の輪郭の柔らかさと言ったら! 三角の目とか、できそう。(いや、できても何の得もないけど・汗) そしてお次の回転寿司の場面で、ウニをほおばり(ご愁傷様っ♪)、「ふん、まあまあだな」とほざく(失礼)ときの視線と、フン!とした鼻先の、何とまあ、あからさまに漫画っぽくも憎たらしいこと! この「デビル目」と「鼻フン!〜 ほれ、やる、ガリ寿司。」って、演出上とことん漫画っぽく芝居が付けてあるところなんでしょうけど、台詞のリズムや間がよくて、コメディとしてナイスな切れ味。 原作千秋ではこんなお茶目&悪ノリな部分をここまで色濃く感じなかったんですが。 おそらく、控室にいる小出真澄君(←注;不正確)たちにトイレット・ペーパーのロールを隙間から投げつけたという、27歳の男としては信じられないくらいのオバカなセンス(←100%、褒めてます)が活かされた場面かと(笑) そ、役者って、どうやって隠しても本人の「素」が芝居ににじみ出てくるそうで。 回転寿司からの帰り道、物憂げな千秋。 彼には「ラフマ」の達成感に浸っているヒマはないんでしょうね。 我々凡人には優雅にすら思える虚脱感です。 のだめにまで心配されて・・・と自嘲しながらも、「何でもっと上を目指さないの?」君は日本で何をするつもりなんだ」という佐久間たちの言葉をハっと思い出す千秋。 「俺がのだめを思うように、みんなも俺のことを心配してくれてるのなら、それはありがたく、光栄なことかも知れない。」 このときの憂い顔は、その美しさだけでなく、ゆっくりとしたまばたきの繊細さ、綺麗さがそのまま千秋の気高さを思わせて、心を奪われます。 熱でもあるのか?と、瞳を閉じた千秋玉木の額に手を当てる樹里ちゃんが、これまた羨ましいったらありゃしない・・・ ・・・でもあんな高貴なお顔には畏れ多くて手を触れられんぞい。 さて、キャンパスで。 「君は日本で何をするつもりなんだ」という佐久間の問いかけに、一つの答えを出したのは、三木清良でした。 「一緒にオケをやらない?」と、上昇志向満々の清良の誘いに 「やる!」と即答する千秋。 (+それを遠くから覗き見するのだめと峰) 意中のオケ・メンバーを得々と説明し、「千秋君が声を掛ければ集まってくるんじゃないかな、千秋君、いまやスーパースターだから」と清良。 ミルヒーが置いていった『夢色クラシック』特集号という布石が、千秋の突破口になったのですね。 資質に恵まれ、それを活かそうとする努力を怠らない人には、人が、それも「力」のある人が惜しみない後押しをし続けるということで。 そうそう、上の山田太一センセ、玉木さんが掲載された『婦人公論』12月7日号でこんなことを書いておられました。 「書き始める前に俳優さんを決めて、その人に合わせて台詞を書く、いわゆる“当て書き”をしています。・・・できることなら、その俳優さんが、内側に持っているけれど、まだ誰もその側面を引き出していない部分を引き出したい。だから、初めての方の場合、ときには会って食事やお酒をともにして、その人を知るようにもしています。」 やはりあの、素直で無邪気で純粋な岩崎大樹という人物は、この俳優の一面でもあったのでしょうか。 感慨深い記事でした。 (レッスン6のその3おしまい) 18.レッスン6のその4 はい、「究極のイマサラ感」って言われちゃいそうですが、終わってないのでした・・ のだめ連ドラのレビュー再開です・・・腐った落穂拾いとも言うかも・・(汗) ところで、先回のレビューで「TVドラマなんだから実験的な試みも歓迎!」みたいなことを書いたら、『鹿男』は本当に実験てんこもりな演出になっててビックリ! 私は好きだなぁ〜、ああ言う個性的な作り。好き嫌いは分かれるでしょうが。 更に、風景、仏閣、町屋造り、おばんざい、等々、隅々から『和』を味わえ、 日本人であることをしみじみ感じさせられたドラマでもありました。 そして最終回、小川先生に「おまえ、もしかして寂しいのか?」と問われた鹿。 言葉ではなく、「びぃ〜〜〜」と鳴いて答えましたね。あれは原作にあったのでしょうか。 試しに「牡鹿鳴く」で検索してみてください。 風景の描写に自分の心中を語らせる、その興趣あるジャポネスク。 小粋です。 さて、連ドラのだめ、 清良にオケを一緒にやろうと誘われた千秋。二つ返事でOKするのですが、先回のレビューではちょっと私、この状況を持ち上げすぎたでしょうか。 雑誌『クラシック・ライフ』に取り上げられた千秋ではあります。 しかしメディアの俎上に上る、旬のヒトになる、ということは、ご存知の通り、諸刃の剣。 寄ってくるのは烏合の衆。 清良とて例外ではないことを疑ってみるのは老獪に過ぎるかも知れませんが、後の「なぜ峰を笑う?」の事件の端緒がここにあることを考えると、「人が集まる」だけでは単純には喜べないことを思わされますね。 何はともあれ、清良と握手を交わした千秋玉木の手の赤さに、生物学的興味大!(笑) 「武士」みたいにやたらに姿勢がいいのにも、興味大! ついでに 「千秋のオケなら何でもいい!」 と異様な熱さで仲間入りを請う峰の志向(=嗜好?)にも、興味大大大!(爆) そして迎えたSオケ解散飲み会。 例のダーティペアの背後の張り紙「謀(はかりごと)」だの、「腹中の思惑」だの、 『恋のバカンス』を歌う美人双子姉妹が不思議に音痴(失礼!)だったり、 その薫ちゃんに意中を告白しようとしたのに千秋目当てに席を立たれてしまい、「白目を剥くのに失敗した?」と思えるような、カナしい表情のオーボエ玉木君だったり、 「私が千秋さまにビールをつぐのよ!」と頭上でモメる女たちに「されるがまま」の感じのカワいい千秋だったり、 『地上の星』に反応してなぜか無駄なくらいの重低音で「この曲知ってる!」と立ち上がる自信満々の千秋だったり・・・ と、こまごまと後から楽しめる仕掛けがさりげなーく♪ そして酔いつぶれたのだめが、トイレで何と多賀谷彩子に遭遇! ここ、OA時とDVDではBGMが違いますね。 OA時はサン=サーンスの『チェロ協奏曲第一番』だそうですが、DVDでは何かの弦楽四重奏曲? こちらも低弦が悲痛な悲鳴を上げるような旋律。 鬼気迫る表情の(でもやっぱりコミカルな)彩子の失恋の痛手にぴったりです。 よくこんなに絶妙な曲を探してくるものだと感心します。 でもでもここで! またしても私にとって原作との痛恨の違いが! 原作では、洗面台に突っ伏して寝てしまったのだめの「手の大きさ」に 「あの男はこーゆーのに弱いのよね」 と彩子はつぶやくのでしたね。 「こーゆーのに」ってのが、芸が細かい二ノ宮センセ。 それに先回のレビューで書き忘れましたが、千秋とのだめのラフマ連弾を目撃してしまった彩子がドラベッラを歌いながら涙するシーンも、削られたエピソードの中でとても惜しいもの。 「すごくキレイだ、 と、(内容的にちょっと笑えるところでもありますが)千秋から言葉をかけられた、その大事な思い出。 それを振り返りながら歌ったドラベッラ・彩子なのです。 「今はただ・・・憧れて尊敬してやまない彼のあの言葉を信じたい。 私には歌がある のだめも、千秋も、彩子も、みんな音楽バカなんですよね。 その音楽バカさ加減が何とも愛おしい。 「○○バカ」というのは素晴らしい尊称じゃあないですか。 さて、宴会もおひらきで二次会はゲーセン。 「太鼓の達人」を千秋にやらせようとするダーティ・ペアの策略も、「この世の打楽器は全て私のものですよ」とバチを横取りした真澄に阻まれ。 何気に素というか、マジで真剣?な小出君as真澄ちゃんも、ちょっとカッコよく見えちゃう場面です。 宴の後、境内ではしゃぎまくるSオケメンバーの姿に 「最悪だな」 と冷たく吐き捨てる千秋。カッコよ過ぎです! 言葉のキレ・ニュアンスもいい! こんな瞬間的なドS芝居がこんなにぴったりカッコよくハマるって、なぜなんだっ! 真澄の巧みなバチ捌きに、新生オケへの参加を持ちかける千秋ですが、あの美人双子姉妹を含め、「今できる最高のオーケストラを作りたい」と、断られたメンバーが陰にはいたんですよね。よく考えれば身につまされるエピソードです。 「それでもオレを見返してくれれば」 と千秋。 何度も書きますが、何か大きな芝居をするわけでない何気ない一瞬、それでも意思の強さや思慮深さを思わせるような場面で、丁寧な芝居・いい表情を見せてくれる人ですねえ、このヒトは。 こうして清良に導かれ、桃が丘音大を訪れた オーボエの黒木(立ち上がっての一礼が、ホント、「武士」そのもの。笑える〜) チェロの菊地、 (そして原作ではここにいない)ヴァイオリンの木村 に千秋は対面するわけです。 この場面に流れるのはベートーヴェンの『皇帝』。これも「そう来たか!」っていう選曲ですよね。何か凄いことが始まろうとする予感と期待。 同じく、のだめの身にも「何か凄いことが始まろうとしている」のでした。 そう、のだめの担当が何と、ハリセンに。 さて、本レビューはレッスン7へ。 正直、この回辺りまで私の脳内では「玉木ナニガシという何だか顔のイイ俳優」扱いだったんです。それがレッスン7以降、どんどん深みにはまり、今や、嗚呼、底なしの玉木沼に・・・(涙)。 果たして私は今の状態でRA☆MG@ハワイに行けるのかしらん。 せめてこのレビューを完走したいと思う昨今の惨状・・・トホホホ・・・ (レッスン6のその4、おしまい) 19.レッスン7のその1 いつものように練習室を訪れたのだめを待っていたのはハリセン・・・ 迫力のシーンでした。 ハリセンを演ずる豊原が怖い! 熱い! そして声がデカい!(笑) こんなガラの悪い音大教師がいたら誰も音大なんか入らないゾ! 「おまえ、おまえ」を連発し、のだめの弾いた「メリーさんの羊」に激怒したハリセンに吐いた、のだめの歴史に残る(?)名言、 「『おまえ』」言うな」。 心意気が素晴らし! こんな女の子、好きだ! この場面での樹里ちゃんのキレ演技のキレ味も素晴らしい。 それまでタダの極楽トンボと思わせるような芝居だったのに、これでまたのだめという人物の中の大切なスパイス、「芯」みたいなもの、が出たと感じました。 ついでながら原作ではこの場面でのだめが弾いたのは『きらきら星』でした。 このタイトルだけだと本当に幼稚園のお遊戯の曲を思い浮かべられる方もおられるかも知れませんが、この曲、オリジナルはフランス民謡で、それに対してモーツァルトが12の変奏曲を付けたものがあります。モーツァルトをお遊戯呼ばわりしてしまうことに抵抗があって変更になったのかしらん。 ところでこの12の変奏曲、SPではお城のリサイタルでのだめが弾いた曲の一つでもありました。 ともあれ。 そうして元の担当、谷岡に泣きつくもつげなくされ、肩を落として練習室を去るのだめです。谷岡の口元越しにのだめの悔しそうな表情を見せ、続いて、去っていくのだめの後姿をローアングルから見上げる形で取ったカメラワークは、定石ながら、丁寧な仕事ぶりです。 それにしても 「面白そうだと思ったんだよね、君と江藤クンとのコンビ」 という谷岡先生の言葉も、実は決してテキトーなこと言ってる訳ではないですよね。 流儀の違ういろんな師・同志に出会い、自分の持っている「表現」を削られ、あるいは付け加えられ、変形させていく。それが意図的であっても、気付かないうちであっても。 そんな成長の仕方はいずこも同じ。 うってかわって千秋、毛穴ゼロの滑らかフェイスで(←余分な情報)、新生オケのメンバーとなごやかに学食で談笑。 そこへ峰から、「Aオケ入ったぞ!」とのサクラと2ショットの写メを受け取り、微笑む千秋。あったかいな〜〜&ステキだな〜〜〜、百万ドルの笑顔ですよ(←思いっ切り古い!) なのにその笑顔を「ヤらしい笑顔!」とホザいたホントにヤらしい菊地君には 「人は第三者のことを語るとき、もっともよく自分自身のことを語る」 と言ったオスカー・ワイルドの名言を進呈しまひょ。 さてお次は、学食での談笑に飽き足らず(?)、レストラン「TRIBECA」(当サイト、リンク欄のロケ地マップ参照)で結成飲み会の千秋たちです。このお店、画面のあちこちに「TRIBECA」の店名を出させた上に「CAFE deのだめ」の開催場所にもなったんですものね。ついでに本レビューでも宣伝してあげましょ〜(←と、エラそ〜に言ってみる)。 で、早速、千秋にムシ、もとい、フルート女が付いてます。「私、去年シベリウスの〜」とか、話しかけてます。ドラマではそれを目ざとく見つけた峰が、なぜか絶叫! 「真澄君、千秋が危険だ! イケ!イケ!」 ・・・・。 この親衛隊は後に千秋がヴァイオリンの高橋君に「襲われる」場面でも瞬時に結成されました(汗)その場面では清良が号令をかけるんだけど、実働部員はやはり真澄ちゃん。とんでもなくヒールの高い靴を履いてる割には、フットワークは良好なのです(笑) そしてメンバーの紳士&淑女〜な語らいぶりに 「なんか変な感じだな・・・みんな落ち着いてて、大人というか・・・」 という千秋のモノローグ。 それがやけに鼻声だってところ、無駄にエロっぽい・・・ ありがとう! 鼻声! (笑) そして、策士・菊池に協奏曲を提案されて「いいね、コンチェルト、このオケ、ソリストが結構いそうだし」って言うときの、宙を見つめたような、ちょっと寄り目でどこか不思議な表情。いたずらっぽい子供のような不思議な目です。 なんだこりゃ♪ でもでも、うん、かわいい。すごく、かわいい。 隅々まで「贅を尽くして味わい深し」(←意味不明だし)。 結局、片隅で一人お酒をたしなんでる・・・って感じのトコトン武士なクロキンこと黒木君のオーボエでモーツァルトに決定。 このオケへの期待に瞳がきらきらして、顔自体まで輝いているような千秋。 そのショットが見事です。 対する幽霊化・のだめ。 千秋を求めて裏軒を訪れ、そのまま夜の街を彷徨い・・・ その道すがら、TRIBECA帰り(←くどくも宣伝)の千秋たちと、気付くことなく行き違いになるのですが・・・本当にせつなくなる場面。 幽霊というよりはオランウータンのような歩き方ののだめと、 道路を隔てて反対側を行く千秋たち。 ここ! 夜闇の中にスローで映し出される、どこか憂い顔に見える千秋玉木の横顔が絶品なんです。 それほどくっきりと見えるわけでもないのに。 まつ毛が長いから、チロっと伏し目がちにして悲しげな音楽が流れただけで憂い顔に見えるんでしょうか。 そしてその憂い顔が美しく映える、という・・・・ため息モノ。 掌が大きいと特に舞台での芝居が「濃く」なるってのは聞いたことがあります。 掌の表現が増幅されるからです(が、これは一長一短。ヘタクソに演じてしまった場合もそれも増幅されてしまうので)。 その上、まつ毛の威力も侮れなかったんですね! それにしてもつくづく俳優仕様な造りのお方だと、妙に納得。 おまけにこのときバックに流れるのは: 「甚だ勝手に命名シリーズ」第?弾! 「千秋真一の第一のテーマ」 ですよ! そう、夜更けの街のバックに流れてるのはショパンの「別れの曲」。 エチュード、つまり練習曲なのに、何て情景豊かな曲なんだ! ・・・と言うか、ショパン嫌いの私にとってはこのドラマがこの曲に情景を与えてくれました。もうショパンの「別れの曲」=「夜闇の中の、千秋真一の横顔」。 これで決まりです。 クラシックの中でも特に標題のない曲はイマジネーションに結び付かなくて、得てして取っ付き難いものなんですが、のだめでは数多くの場面がBGM(通っぽくは「劇伴」というんですね)にぴったりで、「この場面=この曲!」になってませんか。 選曲が本当に素晴らしい。 ついでですが! なぜかサクラちゃんがやたらと千秋にベタベタしてるのを怒っちゃいけません。 (↑って、自分が怒ってる・汗) 「あなたはダ○ちゃんでしょう!」などと、虚実ないまぜにしてもいけません。 (↑いや、自分が混ぜてる、←錯乱中) そんな哀れなのだめの後姿と、ショパンの上行する旋律を引き継ぐ形でオープニング・タイトル。 今回のこのつながりも絶妙ですね。 あ〜〜っ!! 気がつけば、このシーンにこんなに語ってしまった! こんなにとろとろ書いてたら『篤姫』が始まっちゃうじゃないか〜!! ・・って、正しくはもう始まってますが。 「玉がらみ」だと何かと認識が歪んでしまう<自分(泣) 今回は短いけどこの辺で。 え? 「千秋真一の第一のテーマ」があるなら、第二は何?って? そりゃあ、ほら、「背中」ですよ。 (レッスン7のその1、おしまい) 20.レッスン7のその2 大学構内でのだめを探し回るハリセンに対し、 練習室では新生オケを率いて指揮台に立つ千秋です。 このときの千秋の白シャツは高そう&ドレッシー♪ さらっとした生地の質感が目にも爽やかぁん♪ 連ドラ千秋名物の、逆毛を立てたような短めヘア(←好物)にもぴったり。 その上に、縫い代がはっきりと見えるくらいに、ありがたくも何気に「シースルー」なのです。察するにシャツの下はモロ肌らしい・・・・(←言うまでもなくコーフン中・笑) おっと、おまけにこのシャツ姿、例の週間誌『女性○身』にも掲載された写真が超美麗なんですよね。数ある雑誌掲載写真の中でも文句なしに横綱級のお宝。 それにしてもこの練習室場面での指揮演技も、最初の頃を思えば上達しましたよねっ!! 当初、まだ玉落ちしていないにも関わらず、贔屓のクラヲタ・ブログで非難を目にするのが辛かった・・・。 打点のずれ、とか、左手がぁ〜云々とか。 「いいじゃん、そんなの〜、この『玉木ナニガシ』、ガンバってるよー、レッスン4辺りを見る限り、この俳優は動作模倣が苦手に違いない、ダンスが苦手に違いないよぅ〜」って思っていました。当たってましたね(悦!) 曲はモーツァルトのオーボエ協奏曲KV.314。 クロキンこと黒木君の険しい表情は、ちっとも能天気なモーツァルトっぽくない。 オーボエを吹いているというより尺八吹いてる虚無僧みたいで、ちょっと笑えます。 新生オケを前に、輝かしい、晴れ晴れとした表情で 「このオーケストラはイイ!」と、千秋。 「“イイ”のはアナタだ!」と、ワタシ。 この新生オケメンバーを称賛の浮かんだ&うるんだ瞳で見回す、千秋。 この指揮者・玉木を称賛の浮かんだドライアイで 練習風景を眺めていた峰は 「うまい・・、みんなすごくウマい」 と凹みまくってます。 その台詞の吐き方・間の取り方は小気味よくコミカルな演出なんですが、この峰の劣等感に思いを至らせれば胸が痛くなります。この劣等感はこの回最後の「なぜ峰を笑う?」のシーンにつながっていくと思えば、更に胸が痛い。 さて、裏軒にて。 場面は千秋のアパート。 のだめにスタミナ定食が供されています、それも千秋御自らの手で。 「先輩がモーツァルト? ぶぁ〜はっは!」と相変わらず破天荒に陽気なのだめに「あの、“のだめ幽霊化情報”は何だったのか?」といぶかしげな千秋なんですが・・・ はぁ〜〜〜、目が行くのはひたすら・・・ 「千秋玉木の腕」・・・・ 手の甲のフォルムが絶妙だっ! 芸術的だっ! (↑コマカい) わたしゃ〜内心、この定食を勝手に「千秋の腕定食」と呼んどります(←バカ) ええ、それが本当の「スタミナ」定食。 だって、あの腕でご飯をよそってもらえるなら、ご飯何杯でも食べますね、 で、ご飯を何杯もよそわせ続けて、それを眺めるという・・・・・(←大バカ) 千秋の心配をよそに、「今度オケに差し入れに持ってきます!」と宣言するのだめに、「来るな!絶対!」と千秋。 不機嫌顔で怒鳴ってる千秋は、やっぱりカッコいい。 今度のオケは真剣にやりたい、「今、日本でできる唯一のことだし」という千秋の言葉に、さすがののだめも何かひっかかった様子です。 そして新生オケ、改め、「R☆Sオーケストラ」練習。 さて、カフェテリアにて。 さて、図書館で千秋と彩子との会話を盗み聞きしてしまったのだめ、 千秋のアパートでご飯をごちそうになりながら訊きます。 「先輩、海外行けないって、本当ですか?」と。 「おまえ、盗み聞きしたな?」との千秋の言葉に 「いえ、風の噂で・・」とのだめが答えると、千秋、 「ウソつけ!」 と。 怒鳴り声がカッコいい!! やっぱりワザと嘘ついて「ウソ付け!」と怒鳴られてみたい!@RA☆MG ん〜〜〜〜・・・(←ウソネタ、思案中) これもまた、レッスン1のころの“カリカリ&トゲトゲ”玉木の再来ですね。 で、見逃してはならないのは次の場面で 「もしかして飛行機が怖いとか?」 と問うのだめの言葉に、なぜかワイングラスで水をガクブルしながら飲み干す千秋様の右腕の血管!ケッカ〜〜ン!!カイカ〜〜ン!! はぁ〜、「血管フェチ」という味わいをこの俳優で始めて知りましたよ。 「ようこそ、変態の森へ・俳優」の称号を与えようぞ。 うなだれた千秋が、 「今やれることをやってみようと思うんだ、あのオケで」 と言いながら、ふと思い出して取り出したのは、裏軒でミルヒーに渡された彼の最新録音の『ブラ1』。 因みにこのCDをかけた千秋の部屋のオーディオ・セットを紹介したHPを見つけました。 ココ→http://www.phileweb.com/news/audio/200611/21/6932.html 凄い! 55万円! このシーン、千秋の黒カットソー(?)と、赤みを帯びた肌のコントラスト、そしてガラス・ブロックから透けた緑色の光・・・・ため息が出るくらい、きれいです。 ミルヒーのCDのライナーノーツにはこう、ありました。 「完成までに20年を越える歳月を費やしたといわれるブラームス最初の交響曲」 「(この音楽を)聴けば、彼の20年に一秒たりとも無駄な時間がなかったことが分かる」 ここでドラマ・オリジナルの回想シーン。 ミルヒーとの練習で彼から掛けられた言葉の数々を思い出す千秋です。 「もっと音楽に没頭しろと言ってます」 「大事なことは、どれだけこの曲と真剣に向き合ったか、ということ」 「ハンパは私は許しません」 このミルヒーによる数々の言葉と「20年を越える歳月」という言葉を、さりげなく&見事にシンクロさせた衛藤凛さんの脚本に、またしても脱帽! その軸にあるのは、「楽譜に書かれた一音一音を、作曲家の血のしずくだと思え」とまで言われるような、音楽の完成度を極限まで高めていこうとするクラシック音楽の精髄ともいえる姿勢ですよね。 ここで、「無駄な時間」というキーワードが、「なぜ峰を笑う?」という後のシーンで頂点を迎える千秋の焦りの根っこにある点、そして焙り出されたその焦りの強さ、は、原作を遥かに超えているのではないでしょうか。ストーリー圧縮のために細かいエピを削っただけでなく、前後を入れ替え、それでいてストーリー展開を成り立たせ、登場人物の心理をより強く浮き彫りにする こうして千秋はバタバタと(センパイ! いくらなんでも焦りすぎ!焦りすぎ!)書棚から『ブラ1』の総譜を取り出し、アナリゼに。 では今回は脱線話も長くなったのでこの辺で。 あれれ、玉萌え話もほとんどありませんでしたね。 (レッスン7のその5、おしまい) 24.レッスン7のその6 ご無沙汰してます。2ヶ月ぶりですね。 気付けば本サイトBBS欄にも読み応えのあるコメントが蓄積してきました。 まだご覧になってない方、よろしければそちらもどうぞ。 身辺も一段落付いたので本レビューに取り掛かろうとしたところ、今月のRA☆MGの案内をサガワさんが届けに。封を開けながら、一層ワクワク&何だか気恥ずかしい・・・ 玉木ピック、種目に変更がありました。 ナニ?「ポーズ」って? ああ、こんなオバさんにカッコ悪いことやらせるんだよなぁ〜〜、これが。 よし! がんばるゾォ〜〜!! ←単細胞 それにしても・・・ またしても、あんなにキレイ〜な人の目の前に立つんですよね、私ってば(嘆) はじゅかし〜〜〜〜゛゛゛゛ 仮面をかぶっていきたいぐらいだ〜、今度はグアムのときのような「ハガキ仮面」じゃなくて、できれば歴代(?)の“噂の彼女”たちの「カノジョ」仮面とか〜。 と、トロい話はこの辺で(汗) のだめレビューの続きです、えっと、『ブラ1』のアナリゼを始めるシーンでしたね。 焦りすぎな千秋が本棚から手に取ったのは、高価な高価なヘンレ版の総譜かしら。 やっぱり焦りすぎな感じでページをめくっていきます。 笑えるのは! 見よ! 左手親指の第1関節の反り返り具合! (注:言うまでもなく、笑うとこじゃありません、ホントは。) それにしても、一俳優の、しかもたかが手のひらごときをこんなにまじまじ見る気になってしまわせる画面にありがたいやら、自分に呆れるやら。 でも千秋君はほんっとに真剣に楽譜に向き合っています。お目め丸々です。 カメラもほんっとに真剣に千秋玉木に向き合っています。 何もそこまでアップにしなくても!って言いたくなるぐらいの接近度なので、 観ているこっちはついついカブリつきで「玉木 宏の世界」に没頭。なむ。 さて翌朝。 こちらは「ブラームスの世界」」に没頭すべく、例によってプラダのスーツ+スタスタ歩きで練習室に向かい、ライジング・スターの結成記念公演決定を報告する千秋ですが・・・ この瞬間のすんごい誇らしげ!なのが、すんごいこの俳優に似合う! ほら、前にも触れたように、少し“ため”を作ってから台詞を吐くのが、こんな場面では本当に見栄えがしますね。かっこいい、頼れる感じ、男らしい感じ。 アンドっ!(蛇足ですが) この「すんごい誇らしげ」がすごく似合うってとこに、 「きっと、ずっと“頼れるあんちゃん”を頑張ってやってきたんだろうなぁ〜」などと勝手に想像してしまって、勝手にちょっぴり切なくなってしまいますです、ハイ(汗)。 しかし清良をはじめ、コンクールで多忙なオケの面々がダラダラと遅刻して入って来たことに、峰は「もっと集中してやれよ!」と激高。 ついでながらこの場面の峰のファッションは最高。 (↑なにげにダジャレですから、一応ウケてね・はあと。) そんな峰の言葉を受けた、オケの面々。 ここで彼らの表情を何度もアングルを変えて順繰り映していく丁寧なカットで見事に浮き彫りになってくるのは、悲しいかな、文字通り「不協和音」ですね。 さっきまでのオケの一体感が、あっという間にギクシャクした空気に。 それが目に見えるような巧みなカット。 「みんなどういうつもりでこのオケやってんだよ」という峰に対し、 「このメンバーでオケやれたら刺激的だし、・・・それに千秋くん?(ハーフクエスチョンってやつですね)、このメンバーで千秋くんとやれたら、なんかすごいことができそうな気がして」という答えが。そのヨイショな言葉にちょっぴり気をよくしてお鼻がプンっ!と高くなっている千秋玉木、イバリン坊やな感じがやっぱり似合う(やっぱり褒めてンだか、貶してンだか) この「なんかすごいことができそうな気がして」という漠然としたささやかな期待。 それとは対照的に、峰の 「人気が出て客がいつも来るようになれば金だって入るし、ずっと続けられる。 それはプロと一緒だよ。オレはこのオケならそうなれるって思ってる」 っていう、絵空事のような、しかし大きくて具体的な夢。 この瑛太演ずる峰の一説ぶつシーンは原作ではドン引きさせる場面だったのに、ドラマでは感動的に作ってあります。で、瑛太の語り口が本当に効果的。 でもでも、せっかく、声高くアジる峰のバックには、ホルストの『惑星』の『木星』がカッコよくかかってるのに! 「それはとてもいい夢だと思うけど、オレ、来年にはまたボストンに帰っちゃうよ?」というニクニクしげにスカした菊池や 「私もいずれはウィーンに」という冷ややかな清良。 オケの他のメンバーも次々に冷や水を浴びせ、高揚した峰の意気は萎んでいく。 席に戻った峰の表情たるや、見ているこちらまで辛くなります。 しか〜し、それにしても冷や水があっちこっちからバシャバシャ掛けられてるのに、そのバックに『木星』が静かながらもいつまでも流れているのはいささか興ざめなところか。 ついでながら、峰の“夢”は「理想論」と片付けることのできない素晴らしいビジョンなのに、そんなポップスやロックでは当たり前なことが、クラシックではどうして難しいのか、考えさせられます。さらに、同じ一つのモノを創り上げていこうとしているはずのメンバー全員が本当に同じ志を持つこと、同じ方向を向き続けることの難しさ、とか、昨今、この国で流行の、少数意見を圧殺する「KY=空気ファシズム」とか、etc.etc・・・ そんなしょ〜もないことをつらつら考えてしまいます。 千秋にしても、やり切れない、やるせない、行き場のない気持のまま、とりあえず始めたブラ1の初合わせなのですが・・・ バラバラ、なんですよね。のだめの言葉を借りるまでもなく、音楽だけでなくみんなの気持ちも、立場も。峰の立場はきっとこのオケの底辺なんでしょう・・・ そんなバラバラの糸を一本に撚り合わせられるはずもなく、タクトを握る千秋の表情の険しさよ! “気高い憤り”、そんなものがあるのなら、この瞬間のこの表情のことでしょうか。 そして怒った表情のメヂカラが凄い! 一瞬、映画『変身』の中の狂気の目にも似ているのですが、やっぱり千秋玉木には「気品」がありますね〜、決定的な違い。 「ふざけんなよ だって峰の、このオケに賭ける気持は千秋と共通のもののはず。 「コンクールまで練習は中止」を告げ、練習室を去る千秋。 その姿をスローで捉え、指揮者不在の指揮台を長々と映し、バックにはラフマニノフの「ヴォーカリーズ」・・・(なぜか公式HPでは「マタイ受難曲」になってますが)。 う〜〜ん、百戦錬磨(?)のドラマ・映画ファンとしては、「ベタだ〜〜〜」と笑い飛ばしたい流れだけど・・・、「ワシゃ〜、こんなもんで易々と感動せんぞ〜〜」と言いたいけど、・・・できない・・・分かっちゃいるけど、感動せずにはいられない・・・ 感動したぞ〜〜 なぜだ〜〜・・・orz 多分、ここまでの展開のスピードに求心力があるんですよね。 もっと驚いたのがこの続き。 曲はモーツァルトの『交響曲第25番』(かの有名な映画『アマデウス』の冒頭で流れたやつね)となり、それまでの『ヴォーカリーズ』のセンチメンタリズムから急旋回して不穏な流れへ。 今や足洗い(?)学園の名所となった階段で、千秋を追ったのだめの水筒が転がり・・・ そう来たか〜〜!!! でした。 転がる水筒→(飛行機内で転がる)薬ビン ですか!! 流れてるのはバッハの「小フーガ・ト短調」(後にヨーロッパ篇に出演したアリキリ石井さんのお好きな曲ですね)ですか!! やはり死生観・無常観を出すにはバッハですね。 それも、原作では千秋の叔父の家・三善家で見た悪夢の中の 「なんだ?あれ」「はじめて見る のだめに千秋のトラウマを「目撃」させてしまう、なんて! しかもこの千秋、ウルウルの涙目で、ツヤツヤの赤い唇で、震える声で・・・ 「でも、はじめて見る」と言うときの声なんて、半ばひっくり返って・・・ 夕日の入る階段の途中でたたずみ、 まるで雨に濡れた子犬のような風情で(あんな大柄な人が!)、 うなだれて、肩を震わせている・・ 後に「星ひとつの夜」などで思い知らされる「泣き玉木」のパワーを初めて見た場面。 こりゃ〜、のだめじゃなくても母性本能全開でしょ! こんなイケメンな子犬(←変な並びだ・・)が泣いてたら、女なら誰だって、催眠術だろ〜が、カウンセリング術だろ〜が、なんだって勉強しちゃう。 女・江○さんにだってなってやる! フンフン!!(←鼻息) というわけで(汗)、 のだめが千秋にとって「救いの天使」になる最高の動機付けを用意した、 畳み掛けるような、という表現がぴったりのこの回の後半。 話の筋の濃さ、ダレない展開、手間ひまかけた撮影、真剣そのものの芝居に息つくひまもない。 そしてこれまで、気性が激しく、尊大な側面ばかりが見えた千秋が、 その負側の触れ幅として、実は、弱く、脆く、感じ易く、それが故に負った心の傷を抱えている・・・。 そんな「アリガチね〜」と一笑されてしまわれかねない常人の内面を、陳腐に陥ることなく、それどころか魅力的にすら見せたのは、この役者の持つ資質?力量?それとも他に何のおかげだったのでしょうか。 (レッスン7、おしまい) 25.レッスン8のその1 お待たせしました! (え?誰も待ってない?) ほぼ1年ぶりの「のだめ」レビューです。 ふぅ〜〜、伝え聞くヨーロッパ・ロケの情報に涎たらしながら、・・・もとい、「萌え」ながら(あんまし変わらん)来たる映画公開を指折り数える日々ですが、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょ〜か・・・。ほんとに楽しみですよね! やっと!やっと!おっきなスクリーンで千秋玉木に会える! さて、この1年の間にいろんな「玉映画」「玉ドラマ」を見ることができたんですが、実はこうやって「のだめレビュー」を再開するにあたってドラマのDVDを再見して初めて胸を撫で下ろしたことがあるんです。それはある一つの不安があったから。 だって私だって所詮“女性”ファンの一人だもんね。 恋は盲目、アバタもえくぼ、明日は我が身・・・(ちと違う)。目が覚めたら「な〜〜んだ、大したことないじゃん」ってなるかも・・・ってずっと思っていたのです。 でも違いました。 やっぱりこの役者さんには実力、更に伸びる可能性、そして何と言っても、他の役者さんにない独特のカラー、芝居の面白みがある、ということを改めて再確認できたんです。 よかった、ファンになって。心からそう思います。 と真面目に始めておいてぇ・・・ レッスン8のオープニング、蘇ってきた飛行機事故の記憶に動揺する千秋の荒いハァハァという息遣いと、「千秋先輩、大丈夫ですか?」と問うのだめに対して「大丈夫だ・・」と答える、その「大丈夫だ・・」のかすれ具合に・・・ ・・・既に、腐った脳汁が分泌されるワタシ。 (なんか映画『死霊のはらわた』みたいですが・・)・・・救いようがないですな(苦笑) 場面変わって千秋の部屋です。 オケのメンバーの文字通り不協和音にクサる千秋と、それを心配するのだめ。 のだめの前に並べられたどんぶり一杯のご飯と熊肉フレークなぞの缶詰が、「ネコまんま」みたいで笑える〜〜♪ やっぱりこの部屋での千秋玉木はこのドラマ特有の照明のために「赤玉木」になってますね。で、注意!! 千秋ならではの伏し目がちにアンニュイ&クールな物腰!。 ね? このときはファンに成り立てで知らなかったこと。 何度も書いてると思うけど、彼はその「役柄の空気を纏う」ということ。 役ごとに顔つきまでガラっと変えてしまうという。「怪人玉面相」と呼びませうか。 これが完全に板に付いてる役者さんって意外に少ないんじゃないかな。 そこへ母からの電話があり、シュトレーゼマンの伝言を伝えられる千秋。 これは原作にはない場面でしょうか。千秋母親登場の伏線とシュトレーゼマン不在の穴埋めかな。 朝方になっても「この時間が無駄になることは絶対にない」とスコアに向かう千秋とそれを気遣うのだめ。 やっぱりこのドラマの撮影は神ですねえ! 朝の光を受けて陰影を際立たせたお顔と、その睫毛の長さを何度も何度も堪能できるのは、このドラマの他にないですのう。なむなむ合掌♪ さて、場面はレッスン室。 真澄ちゃんと桜ちゃんのいるところに「たまたま通りかかった(嘘ツケ!)」と言いつつ、手にはすずらんの花のクロキン。かわいい! 「まさかその花、のだめちゃんに?」と桜ちゃんが言い終えないうちに真澄ちゃんがティンパニのバチをポロリ!と落としてるところもさりげなく笑える! で、「だって」とクロキンがのだめの魅力を一息で箇条書きみたいに言っちゃう! 「かわいい」「素直」「明るくて」「優しい」「服装だって清楚」「言葉遣いがよくて」「可憐な」 ・・・多分、ワタシもクロキンと似たことをしてるかと(汗) え? 誰に対してだって? そこへ真澄ちゃんがすかさずスゴい剣幕でのだめの生態をばらし、 「変態なんだって!!!」 と力説するその力説ぶりも笑える!! たったこれだけのシーンを笑えるシーンに仕立ててしまう小出さん、お見事! おまけに! 続くのだめ×ハリセンの「おなら体操」練習場面では、あのごっつい骨ばったお顔の豊原さんが「おなら体操」を踊ってるという、未だかつて、見たかったよ〜な、見たくなかったよ〜な、・・・脳みそがむず痒くなるようなシーン!!(笑) 豊原さんならでは面白み、おかしさが出てますよね♪ そして何といってもハリセン登場場面で流れるシベリウスの『フィンランディア』は、ミルヒーのテーマ曲(?)、プロコの『ロミオとジュリエット』より『モンターギュ家〜』と並んで何とも絶妙! ここらへんの場面のつなぎと選曲の妙、曲入れのタイミングも神業のような素晴らしさで。 はぁ〜〜、やっぱしのだめチーム最高!! 場面かわって峰は清良に「(コンクールは)みんなの将来がかかってるから!」とR☆Sオケにはそんなに真剣に入れ込めないと釘を刺され、そんな清良の背中に向かって峰、 「清良のバカ〜〜ッ!!」 と。 峰君、「千秋のバカ〜ッ」ってのもありましたね。 オトナな怒り方のできない、何ともイジマシい峰を瑛太君が演じてるのも不思議にハマリ役かも(苦笑) 裏軒ではハリセンがマラドーナ・ピアノコンクールにのだめを推薦する書類を書いてます。 で、続く場面が個人的には山場の一つです! 夕闇の中、何も食べずに相変わらずスコアと格闘する千秋にのだめがプリンを食べさせるという!!! ・・・さて、みなさん、ヘッドホンのご用意はよいでしょうか(爆) 玉木千秋がプリンを「はぷっ」って! ・ ・ ・ 「はぷっ」って(←くどい)。 ・ ・ ・・・・・・・・・・・アヤすぃ〜〜脳汁が出ましたでしょ〜か・・・・ 更に、されるがままな状態でのだめにシャツのボタンを外されるという・・・ ・・・ イキました???(←アホそのもの) 一方、すずらんの花を手にしたまま(手提げに入れてはど〜かと・汗)のクロキンの前にのだめが現れ、うなぎをめぐる攻防に挑みますが、無残にも敗れ、これでクロキンはのだめが千秋を想う気持ちに気付くのです。 こののだめの回想シーンが本日の「見せ場」、いや、「見せない場」ですね! 風呂場で溺れる玉木千秋のヒザが、見えそ〜で見えない、という!!! ・・・これぞ、エロの極意(笑)。 ・・・ヒザが、・・・・いい感じです・・・・(腐) あまりにも腐りだしたので、今回はこれにて(汗)。 (レッスン8のその1、おしまい) 26.レッスン8のその2 予告編がすごいことになってる!そ〜ですが、実は私、まだ観てないんです! 多分、上映時まで取っておく・・・つもりだけど、我慢できるかなぁ・・?? 楽しみすぎてムラムラ・・・、あ、違った(恥)、「ワクワク」です・・・ &のだめコンサートに降臨されたそうで・・・ ハレルヤ! 恩寵にあずかられた方々、ご報告を楽しみにしてます♪ うなぎを手に入れ損ねたのだめの後姿にのだめの本心を知って衝撃を受けるクロキンはそのまま「全日本音楽コンクール」で大失敗、入賞すら逃し、一方、その当日に限って寝違えをしたという清良は第2位に終わり、その夜(?)峰君と「上がり☆」、一人勝ちした菊池君は例によってオンナまみれ☆の刑に(苦笑)。 そんなコンクールの結果をネットで見る千秋の脇にはのだめがうな丼を手に(自分も食べるんですね)。 黒木君の惨状を知った千秋に「お前、黒木君に何をした?」と訊かれたのだめのお答えは、「浮気なんかしてませんよ〜〜、そんなにのだめのことが心配なら鎖でつないだらど〜ですか」と。 いや〜、分かっちゃいるけどのだめを張り倒したくなる一瞬(苦笑)。 ・・・因みにぃ〜・・(訊かれてませんが)・・・私は玉木@千秋に鎖で縛られたいです!!(腐)・・あ、みなさんも?(笑) そうして次の場面は傷心の清良とクロキン君の姿、・・「あんなの僕の演奏じゃない」「今度こそ自分の演奏を」 と。 これにはプロの方のお話でもよく伺う「自分の演奏をすること、実力を出し切ること」が如何に難しいかということ、肉体的にも精神的にも万全であることが演奏家や舞台俳優といった瞬間芸術の表現者には課せられるということを思い起こします。玉木さんも某紙で「フラットでいたい」とおっしゃってましたね・・・。でもそれはホントはとても難しいことなんじゃないかな?? 対照的に、気持ちも新たにオケのリハに向かう千秋の姿にかぶせたモノローグは: 「俺は今、俺ができる最高のものを作り上げればそれでいい――」 この部分の語り、予想していたより抑え目でした、だけどどこか脱力感にも似た悲壮感を確かに漂わせてて。 それは次の場面でコンクール後のオケメンの前に姿を現した“鬼千秋”のテンションの凄まじさ(早口&熱気!)、場面のつなぎの妙、アングルの巧みさとも相まって、この後、手探りで進みつつも実は内側で焦燥感たぎる千秋の心象描写へ加速していく助走として丁度いい“湯加減”の効果的な語り口かと。 しか〜し! それにしても! 字幕によると(汗)「ヴァイオリン、8分音符強くならないで! 2小節を一つに!」 というこの場面の台詞ですが・・・・ 千秋しぇんぱ〜〜〜い、じぇんじぇん聞こえませ〜ん!!!(涙) 大声で早口で叫ぶのって普通でも難しい(←経験者@RA☆MG・笑)。 で、やはり「な行」の問題が大きいかな? さて、5時間ぶっ通し練習でヘタるメンバーの前に、佐久間学&ケエ子のコンビ現れ、チケットを100枚売ったことを告げ、それに沸くR☆Sオケです。 ここから間髪入れずになぜか飛行機の座席に千秋が居る、ってのがいいですね。 観客を軽く欺く演出がお見事。 もっといいのが・・・デコ出し&燕尾という姿で椅子の囚われの身になってるという・・・「プレイ」臭が(苦笑) あああ゛〜〜〜〜〜っ!!! あの椅子が羨ましいですっ! 「逃がさないゾ」っとばかりに「ぐわしっっ」って腕をば前に回してる・・よ〜に見え(愚)。 こうして夢から醒めた千秋は目の前にいたのだめに自分のトラウマを告白します、「お前も知ってると思うけど、・・・俺が飛行機乗れないって」って。 でもジェット・コースターは乗れるよね?(違) のだめが試しに懐中時計を取り出し、千秋の目の前で揺らしてみせると、 千秋「バ〜カ、そういうのは“凝視法”って言って・・・」 と言いつつ、ガクンと睡魔に陥落。 ・・・このあったかい「バ〜カ」の言い方が好きです・・・(ぽっ←アホ) 〜ここでまた突然「妄想!玉木にリクエスト」集〜 1. 「バ〜カ」って言ってもらう。 2. 鎖で縛ってもらう 3. 池に突き落としてもらう(そりはMマネ) おっと脱線(汗) で、のだめの眼前には「赤いサクランボちゃん」が“ふたぁ〜とぅ〜”(笑)あるのに、清らかな気持ちで千秋のトラウマを思う、といふ・・・またしても聖母のような(苦笑)のだめ・・・ このサクランボも・・・いい感じですぅ ・・・・「お一つ、いかが?」って言ってそうで(注:言ってません)。 こうしてのだめは青虫書店(笑)で「催眠療法」の本を求め、千秋はいつものリハーサルに挑みますが・・・この短いリハ場面こそが、「今、俺ができる最高のものを」という気負いの頂点でしょうか。 「自分の精神的な不安定さにいい加減、腹が立つ」 「迷いはこのオケで振り払う」 という、自分の葛藤を吐露したモノローグと共に映し出される千秋の表情の険しさたるや! ここ、玉木名物の「眉間に横一文字皺」、目に焼き付きますよね〜。 私、初めて目にしたときビックリしましたもん、この「横一文字」。 「この人の顔、ど〜なってンダロ」とも思いましたよ(殴) でもその「横一文字」に刻まれた苦悩が痛いほど脳裏に焼き付くからこそ、この回のクライマックスで描かれるあのシーン、あのブラ1を振る背中が一層、悲痛なものに見えるんじゃないでしょうか。弱冠26歳でどうしてあんなに深い表情ができるのか・・・葛藤そのもの! 並みの俳優ならごく平凡なしかめっつらになってたでしょうが・・・。 唯一無二の「横一文字皺」という、この俳優のお顔の造形、そして若干外斜視ぎみの視線も貢献してるかな? 最近の若手の俳優に「こども顔」が多いという意見を散見しますが、例外的に「オトナ顔」で、しかも顔立ち以外にも対人的な振る舞いでも窺わせる大人な内面を持つこの俳優が本当に30代になったらどんな大人の芝居を見せてくれるか・・・きっと本当の意味で身の丈にあった役柄が待ち受けているかと。 今から楽しみでなりません♪ (レッスン8の2、おしまひ) |