群青の夜の羽毛布![]() 《公開》2002年10月5日 ギャガ・コミュニケーションズ 《監督》磯村一路 《原作》山本文緒 《音楽》鬼束ちひろ 《出演》本上まなみ 玉木宏 野波麻帆 藤真利子 小日向文世 《HP》 (ネタバレ・レビュー) 原作には、玉木ファンなら血を吹きそうな赤裸々な性描写が一部あるのですが、そこはこの映画では上品に収めてあり、命拾い?をした感が。ピチピチ21歳の玉木の肢体、特に「美尻」シーンを、せっかくですから(笑)部屋を暗くして拝みましょう。玉木の芝居の初々しさや少し上ずった高めの声が、鉄男(玉木)の青さ/頼りなさとよくシンクロして効果的です。難点としては、鉄男とさとる(本上)の母親(藤)の関係が唐突に見えること、さとるの父親(小日向)の淡々とした独白や台詞回しが、ともすれば笑えてしまうことです。悲しいことに、狂気の描写は喜劇と紙一重ですから。以下、映画では描かれなかった背景事実を織り交ぜながら、この映画を私なりに読み解いていきたいと思います。 以下ネタバレ “モテないわけではない”大学生の鉄男が今までに付き合った女の子にはない不思議な魅力を持つさとる。 女の子に声を掛けてから美味しい関係になるまでのお決まりのパターンにうんざりしている鉄男にとって、さとるは超異国籍料理であり、鉄男は当初、その料理をつまみ食いしたいだけの無自覚な尻軽?男だったのでしょう。さとるは難なく、どころか自ら陥落します。 ベッドでの様子とは対照的に、神経質で物怖じしがちな普段のさとる。彼女に陰を落としているのがその母親であること、そしてこの母子間に空恐ろしい程の精神的なもたれ合いがあることに、鉄男はすぐに気付きます。 一方で、何気ない瞬間瞬間に心から解き放たれたような美しい表情になるさとるに、鉄男は次第に真剣に惹かれていきます。この辺り、さとるの病的に過敏な感覚や危うい心理を写し取った情景描写、ベッドシーンでの冷たい理性を思わせるシーツの群青・暖かい体温を感じさせる肉体の赤などの映像表現が、フランス映画のように瑞々しく、巧みです。 母親は二人の間にどんどん介入していきます。この母親が自分を「物分かりのいい母親」だと言いつつ、更に自身の母親との確執を語るとき、親子関係の根底に潜み、脈々と受け継がれてしまう業の深さを考えさせられます。 結婚を口にした鉄男に、さとるはかつて父親の愛人のところに乗り込み、別れを強要して自殺未遂に追い詰めたこと、その結果父親の精神が破綻してしまったことを打ち明けます(はあ〜、凄すぎ)。この下りでは、原作の「自分の中に確かにある母と同じ鬼の血」という表現の、まあ恐ろしいこと。 何と「鉄男と寝た」と告げる母親に「クソババア」と言い放ち、鉄男を求めて夜の町を彷徨ったあげく、さとるがとった行動は家に火を放つという最悪のカタルシスでした。 この映画の評価を分けるのは、ラストで、母親と寝たにもかかわらず、「ずっと(さとるの)そばにいる」という鉄男のいたいけな決意を許容できるか、鉄男を寄る辺にしたさとるのしたたかな再生を信じられるか、許せるか、そして更に、観る人自身の家族観に依るでしょう。 鬼束ちひろによるエンディング・ソングの次の一節に救いを見つけました。 |