レモンの味
宇野眞和

 私は、やっとウェイターが持ってきた、レモンソーダのコップについていたレモンを、ちょっとだけ口の中に入れた。
「うまい? レモンなんて?」
 徹司が、私の顔を覗き込むようにして尋ねた。私は小首をかしげ、
「うーん、まあまあ。おいしいと言ったらおいしいし……」
「どっちなんだよ。……どんな味がするの?」
「味? うーん」私はちょっと考えた。「そう、初恋の味、かな」
 私ははにかみながら答えた。自分で言ってもクサイ台詞。今どき誰も使わないね。私がこんなクサイ台詞を言うときは、徹司の話が弾まないとき。つまり、私は彼に「話つまんないぞ」と暗に教えてあげてるわけ。何でそんなときにクサイ台詞を言うのかって? だって、意味深な発言をしたら、そこから話が広がっていくじゃない。
「初恋? どうして」
 徹司がちょっとマジな顔で聞いてきた。ほら、こうやって話が続いていくじゃん。会話はキャッチボールなんだから。
「知りたい?」
 私はわざとじらしてみる。
「そりゃあ、まあ……」
 何か煮え切らない返事。でも、絶対知りたがってるよ、この表情は。
「すぐには教えてあげない。ちょっとは自分で考えてみてよ」
 意地悪だね、私も。徹司はさめかけたコーヒーにちょんと口をつけると、
「お前の初恋っていつ?」
「小学校五年生のとき」
「同じ学校の子?」
「うん。はい、質問タイム終了!」
 さあ、考えてよぉ。一分経過。ちっちっちっちっちっちっちっ……。
「その子が果物屋の子で、毎日レモン食ってたから」
 何言ってんだか――。あきれちゃうね。
「ばっかじゃない? そんな子いるわけないじゃん」
「だってさ、ヒントがなさすぎるよ。こんなんじゃ、まるで雲をつかむみたいな話じゃん」
 まあ確かにね。
「うーん、そう? じゃあ、特別に、もうちょっと質問していいよ」
「じゃあ、その子って、どんな子だった?」
「えっと、そう、どっちかというと、かっこいい子だったよ。サッカーなんかうまくて……」
「へえ、サッカーねぇ……元気のいい子だったんだ……」
「それで、明るくて、みんなの人気者だったの」
「ふーん。それでレモンねぇ……。わかんねえなあ」
 おっ、ギブアップか、徹司?
「もうだめ?」
 私は意地悪そうに聞いてみる。
「まだ。……今までの質問の中で、答えのヒントになるものはあった?」
 おっ、いいとこつくねえ。
「お答えしまーす。ありませーん」
「えー? それじゃあ今まで聞いたの意味ないじゃん」
 私は大きくうなずく。
「うん!」
「ああ、もういよ。お手上げ。答え言えよ」
 おっ、何だ、その偉そうな態度はっ。でも私は温厚だから、これくらいのことで腹を立てたりしないのだ。
「じゃあ言うよ。正解は、その子が、“れん”って名前だったの」
 徹司の目が、「点」になった。
「……は?」
「だから、ほら、その子を遊びに誘うときなんか、『れんも行く?』とか言うじゃない? そんなのがなまって、『レモン』って……」
「それで……?」
「それで、レモン見るたびにその子のことを……」
 うーん、ちょっと失敗だったかな、この話……。なーんか、冷たい目してるよ、この人……。
「それでレモンが初恋の味ね……」
 はい……。ちょっと苦笑い。てへっ。
「聞いて損したぁ」
 何さ、その言い方。もともとお前の話がつまんなかったのがいけないんだぞぉ。……はいはい、私が悪うございました。
 あああ、早く彼女つくろっと。そしたら、男二人でこんな話しなくてもいいのに……。



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