お尋ねしてもよろしいですか?
宇野眞和

「まあどうぞ、お座り下さい」
 ソファに座っている男は、気さくな口調で片手を差し出し、目の前に立っている刑事に、自分の向かいに座るよう促した。
「ああ、どうも」
 刑事はゆっくりとソファに腰を下ろした。こぎれいで、いたってまじめそうな刑事だった。
「部屋を片づけられたんですか?」
 刑事が尋ねた。
「ええ。昨夜のままじゃ、落ち着きませんから」
「しかし」刑事は部屋に整然と飾られている絵画や彫刻を見渡した。「立派な品々でございますね」
「趣味でしてね。あちこちから集めて回ったんです」
 男は笑って答えた。刑事は壁に飾られている絵の一つを見て言った。
「あの絵だけゆがんでいますね。直しましょうか?」
「え? ああ、あとでやっておきますから、構いませんよ。おっと、そうだ、お茶でもいれましょうか」
「あ、いえ、結構です」
 刑事はソファに立てかけていた杖を使って立ち上がろうとした男を制した。刑事の視線は男の片足に向けられていた。男はそれに気づき、
「ああ、これですか」
「打撲傷、でしたっけ」
「先日、階段から落ちたんです。情けない話です」
「だいぶひどいのですか?」
「ええ。しばらくは杖がないと……。参ってますよ。車にも乗れないし、好きなゴルフもできない」
 男は部屋の隅に置いてあるゴルフクラブのセットに目をやった。会話がそこでとぎれると、刑事はポケットをまさぐり、メモ帳を取り出した。
「ええと、それでは、本題に入らせていただきます。あらためまして、奥様のことは……」
「まあ、そう堅くならないで。仕方がないことですよ」
「はあ」
「それに、私はあれが殺されたことには別段、悲しみを感じていないんです」
「と言われますと?」
「はっきり言ってせいせいしています。妻は自己中心的でこうるさく、金遣いが荒い、わがままな女でした。殺されてよかった、とさえ感じています」
「感じ方は人それぞれですから」刑事はメモ帳をぺらぺらとめくった。「では、昨日の、あなたが警察に通報なさるまでの経過を、もう一度おっしゃっていただけませんか?」
「はい。昨日は、私は夕方からガレージの地下の書庫にいました。まあ、この足ですので、あまり外を歩き回ることもできませんし、退屈だったのでそこでゆっくり本でも読もうと思ったんです。ガレージは家の裏口から出入りできるので、そこから入って、書庫へ降りました。……こんなところからでよろしいですか?」
「ええ」
「そこで本をあさって読んでいるうちに、しばらくしてそのまま眠ってしまいまして、目が覚めたらもう夜中でした」
「そしてあなたが上がってこられると、すでに家の中は荒らされていた」
「ええ。昨夜ご覧になったとおりです。すぐに、やられた、と思いましたよ。まったく、派手にちらかしてくれたもんです。まあ、さすがのやっこさんも、ガレージの地下書庫までは気づかなかったようですが……」
「あ、そうだ」刑事は思い出したように言った。「玄関の鍵なのですが、こじ開けられた様子はないので、最初から開いていたと考えているのですが」
「それは妻が悪いんです。妻はよくドアに鍵をかけるのを忘れて寝室に行っていました。ですから、せっかく警報装置を取り付けてあっても、まるで意味がないんです」
「なるほど。すみません、お話を中断させてしまって……。お続け下さい」
「それから、とりあえず、妻の寝ている二階の寝室に向かいました。とりあえず、ね」
 男はにやりと笑った。刑事は質問を続ける。
「奥様はいつもその時間帯にはお休みになっていたのですね?」
「はい」
「そこでベッドの上で殺されている奥様を発見なさった」
「そうです。居直り強盗ってやつですか」
 刑事はメモ帳から目を離さなかった。
「それからは?」
「一応各部屋の状況を確認してから警察に連絡しました」
「書庫から上がられて、荒らされているのをご覧になってから、何か家のものに触れたり、お持ちになったりしましたか?」
「いいえ。現場の保存は確保しておかないと」
「そうですか……」刑事の目はじっと、閉じたメモ帳の表紙を見ていた。「あなたは実に勇気がおありですね」
「お褒めにあずかり、光栄です。しかし、なぜです?」
「普通の人なら犯人がまだ家の中にいるかも知れないと警戒して、何か武器になりそうなものを手に持ったりするものです。たとえば、あのゴルフクラブなんか最適ですね」刑事は部屋の隅のゴルフバッグを横目で見た。「特にあなたは足を負傷しておられるわけだから……。しかしあなたはそのようなものも何も持たずに二階に上がられ、家の中を散策なされた」
「いやいや、それは違いますよ。ただ、気が動転していただけです」男は微笑を漏らしながら首を振った。「そこまで気が回る状況ではなかったですから」
「なるほど」刑事は無表情でうなずいた。「次に、現場の状況をお聞きしますが、あなたが寝室に入られたときには、もう奥様の息はなかったわけですね?」
「はい。妻を見て、すぐにわかりましたね」
「心臓をナイフで一突きです。争った形跡もありませんし、シーツの乱れもない。恐らく即死だったようです」
「まあ、苦しまなかっただけ幸せだったでしょうね」
 刑事は男の台詞を無視して次の質問をした。
「――昨夜作っていただいた盗品のリストを確認したいのですが」
「ええ、いいですよ。どうぞ」
「では、申し上げます。奥様の腕時計が五点、指輪が十五点、ネックレスが十点、未加工の宝石が十三点、、それからブローチが十一点。間違いございませんか?」
「はい、間違いありません」
「何かつけ足すことは?」
「ありませんね」
「おかしいと思いませんか?」
「何がです? すべてかなり高額な品ですよ」
「あなたのものが一つも盗られていない。この犯人は、ここに飾ってある絵画や彫刻などには何一つ手をつけておりません」
「おや、本当だ」男は部屋の中を見回し、おどけた表情で言った。「まあ随分見る目のない強盗だったんでしょうね」
「そうでしょうか。素人である私でさえ、一目見ただけで高級品だとわかりましたが」
「では、あなたはどうお考えで?」
 一瞬の沈黙の後、刑事はおもむろに口を開いた。
「――あなたは、これらを手放せますか?」
 男は口元をゆるませ、ゆっくりと首を振った。
「――いいえ。手放すには惜しいですよ」
「……どうも」刑事は男の顔をちらりと見たが、目は合わさず、すぐにメモ帳に視線を落とした。「では、次に、この件についてのご意見をうかがいます」
「この件、と言いますと?」
「犯人はなぜ奥様を殺したのでしょう?」
「いまいち話が飲み込めませんねえ。どういうことです?」
「奥様はベッドの上で、争った跡もなく殺害されていました。シーツを乱した様子さえない。つまり寝込みを襲われたのです。なぜ犯人は寝ている奥様を殺害する必要があったのでしょうか?」
 男は、笑みを漏らしながら、刑事の言うことを黙って聞いていた。刑事は続ける。
「顔を見られたり、暴れられたというのなら話はわかります。しかし強盗はただ寝ているだけの人物を殺す必要はありません」
「――あなたは、犯人はその状況でなぜ殺したと思っているのですか?」
「犯人は最初から奥様を殺害するつもりだったのです」
「そして金目のものを盗って、強盗殺人に見せかけた、というわけですか」
「はい。しかし、それでも疑問が一つ残ります」
「何です?」
「犯人が奥様の遺体を移動させずに、ベッドの上に残したままにしていた、ということです。遺体をベッドに残したままだと、前述したように犯人が奥様の寝込みを襲ったとばれてしまいます」
「じゃあ、どうして犯人は死体を移動させなかったんでしょう?」
「考えられる可能性は一つです。犯人は遺体を移動させることができなかったのです」
「ほう……。なぜできなかったんですか?」
 刑事はまた一瞬口をつぐんだが、瞬きを一度し、それから口を開いた。
「――杖が必要なほど足を負傷していては難しいでしょう」
 男は自分の片足を見ると、にやりと笑った。
「――でしょうね。無理をして動かそうものなら必ず不自然な形跡が残る」
「はい」
 男は嬉々とした表情をしていた。
「では、私が犯人だとして、動機は何です?」
「まず、多額の金が手に入ります」
「保険金とかね」
「それに宝石やアクセサリを売ればかなりの額になるでしょう」
「なるほど」
「そして何より、煩わしい存在がいなくなります」
「的を射た、という感じですね。しかし、証拠がないのが惜しいなあ」
「それはどうでしょう」
「何か考えがおありで?」
「……あなたは足を負傷してらっしゃる。ご自分でもおっしゃったように、外を出歩くのは容易ではなく、もちろん車にも乗れない」
「何がおっしゃりたいんですか?」
「ということは、外に持ち出したとは考えにくい。つまり、今のところまだこの家のどこかにあるはずなのです」
「――何がですか?」
「もし強盗であれば、必ずこの家から持ち出すもの、です」
「――なるほど。たとえば、どこです?」
「そう、たとえば……」
 そして刑事はゆっくりと立ち上がった。男は刑事の行動を黙って見ていた。刑事は、壁に掛けられている一枚の絵画の前に立った。
「たとえば、私がゆがんでいると指摘させていただいたこの絵です」
 刑事は、額の縁をもち、壁からはずした。壁の後ろからは、はめ込みの金庫が現れた。
 男はふふん、と鼻を鳴らした。
「――おみごと」
「番号を教えていただけますか?」
「ええ」
 男は、刑事に金庫のダイアルの番号を教えた。刑事は言われたとおりにダイアルを回した。かちっという音がして、ドアが開いた。刑事は金庫の中から、ビニル袋を取り出した。
「――腕時計が五点、指輪が十五点、ネックレスが十点、未加工の宝石が十三点、ブローチが十一点……。盗まれたはずの品物が、どうしてあなたの金庫に入っているのですか?」
「お手上げです。どうしてそこだとわかりました?」
 男は、ビニル袋を持って再び自分の前に座った刑事に尋ねた。
「確信はありませんでした。ほとんど直感です。最初私が絵がゆがんでいるを直しましょうかと申し上げたとき、あなたは柔らかに拒否し、話をそらしました。そのことによく映画などであるこういった隠し金庫のシチュエーションをリンクしてみたのです」
「もう少し几帳面にしておくべきでしたよ」
「しかしここで私が気づかなくても、家宅捜索をすればすぐに判明することです」
「いやいや。なかなかどうして、あなたには頭が下がります」
 男はにこりと笑った。
「恐れ入ります。――私もいくつか気になっている点があるのですが、お尋ねしてもよろしいですか?」
「どうぞ。何です?」
「どうしてあなたは足が治るまで奥様の殺害を延ばさなかったのです? そうすれば数々のミスは犯さなかったはずです」
 男は深くソファに座り直した。
「まあ、私の身になって下さい。足をけがして外に出られず、この家であいつと二人きりでいなきゃならないんですよ。早く殺したいと思うでしょう」
 そう言うと男は肩をすくめた。刑事は軽くうなずいた。
「なるほど……。もう一つよろしいですか?」
「構いませんとも。おっしゃってください」
「あなたは奥様の遺体を移動できないとわかったいたはずです。ではなぜ、あなたは寝ている奥様を起こして、ベッドから降ろされたうえで殺害なされなかったのですか?」
「ああ、そんなことですか」男は口元をほころばせた。「だって、寝てるところを起こしたら、何言われるかわかったもんじゃないでしょう?」




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