彼女はいつも……
宇野眞和

「あんたってさ、ほんと、バカにだまされやすいよね」
 のどかな春の午後だった。佳奈のひとことに、向かいでシェイクを飲んでいた絵理は、ぴくっと眉毛を動かした。
「ちょっと、それ、どういうこと?」
「そのまんまんだよ。いっつもそうじゃない。よく懲りないね」
 確かにその通りだった。絵理が恋愛に失敗するのは、いつも相手の男にだまされるからだ。それも、決して頭のよくない男に――。
(そりゃあ、一昨日だって彼氏に嘘つかれてそれが原因で別れたよ。でも面と向かって言うことないじゃない)
 絵理は、ハンバーガーショップを出ると、佳奈と別れ、ぷりぷりしながらバイト先に向かった。
(私が悪いんじゃないの。だます男が悪いの!)
 そう大声で叫んでやりたい気持ちだった。最初、絵理はバカな男なら自分がだまされることはない、と思って、わざわざ頭の悪い男を選んでいたのだが、しかしどうして、男というものはこういったことに関しては悪知恵が働くものなのだ。絵理も、最近になってそれがわかってきた。
 青い空が、やけに憎たらしかった。

 絵理はアイスクリーム屋でバイトをしている。彼女は、店長のすきを見て、すこーしだけアイスを口に運んだ。そもそも、そういう小さな幸せがあるから、彼女はこのバイトを選んだのだ(しかし、よくシェイクを飲んだあとでアイスなど食べられるものだ)。
 そのとき、彼女のポケットの中でケータイが鳴った。着信メロディ――今はやりの曲だ――が店内に響き渡った。店長は、ギロリと佳奈をにらんだ。店にいるときは電源を切っとけよ、と言いたげな表情である。
 絵理はばつの悪そうな顔で控え室に入り、電話をとった。
「はい」
「あ、絵理?」
 佳奈の声だ。何だか慌てているようだが、こっちだって早く持ち場に戻らなければ、店長に何を言われるわからない。
「何? 佳奈? ちょっと、今バイト中なの。知ってるでしょ? 悪いけどあとに……」
「バイトどころじゃないよっ!」
 やけに切迫した口調だった。さすがに絵理も顔をひきしめた。
「何? どうかしたの、佳奈?」
「あんたの、お母さんが……」
「うちの母さん? 母さんがどうかしたの?」
 絵理は声をあげて尋ねた。
「さっき、あんたの家で、倒れてるのが見つかって……」
「母さんが!? 倒れたっ!?」
「そう。今、あんたんちに救急車が向かってるから、早く……早く帰ってきてっ」
「わかった! すぐ帰るっ!」
 絵理は電話を切ると、店長に早口で事情を説明し、店を飛び出した。
(母さんが……どうして?)
 絵理は全速力で自分の家に向かった。母との思い出が、次々と彼女の脳裏をかすめる。
(お願いっ、無事でいてっ)
 絵理は息を切らしながら家にたどり着いた。
「母さんっ!」
 彼女は勢いよくドアを開けた。
「何? やけに早かったね。どうしたの?」
 母が、のほほんとした顔を台所から突き出した。
 絵理はあんぐりと口を開けた。
「母さん……元気なの?」
「これが病床でうなってる顔に見える?」

 絵理は、自分の部屋で、顔を真っ赤にして佳奈に抗議の電話をかけた。
「ちょっと、佳奈っ、何であんな嘘つくのっ!?」
 電話の向こうで佳奈は、げらげらと笑いながら答えた。
「だから今日忠告したじゃない、あんたはいっつもバカにだまされるって」
「何? 何のこと言ってんの、それ……」
 そこで絵理は、今日の日付けを思い出した。
 そうだ。確かに彼女は、いつも四月“バカ”の日にだまされていた。
 絵理は唇を噛みしめながら、電話のスイッチを切った。

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